第10話 死者の声
「ぐげげッ」
幾度か武器を交わしたところで、モードアがそんな声をあげます。その様子は余裕を取り戻しているように見えます。
私には全く余裕はありません。
モードアの攻撃はやはり鋭く、錬生術を用いても避けるのがやっとです。
こちらの攻撃を当てることは出来るのですが、その皮膚は粘液に守られており、更に異様なほどに弾力があって、容易に切り裂く事が出来ず、効果的なダメージを与えられません。
モードアが私の胸目掛けて巨大鋏を突き出します。
後退が足りず、その鋏はハードレザーアーマーの胸当を貫き、私の胸元を傷つけました。
「つッ!」
思わずそんな声をあげてしまいます。
それほど、私が受けたダメージは大きなものでした。もう一撃喰らえば、死んでしまうか、少なくともまともに戦えなくなってしまうでしょう。
―――勝てない。
私の、戦う者としての経験が、そんな非情な予想を教えます。
敵はけして許してはならない邪悪な存在なのに、私は絶対に負けないという強烈な意思を持って戦っているのに、それでも勝てない。
強くなければ、善悪や気持ちだけでは、敵に勝つことは出来ない。
どれほど真摯な思いで、決死の覚悟で戦っても、弱ければ悪しき者にも敗れてしまう。
そんな単純で残酷な真実が私の目の前に迫っています。
やがて、私のマナが底をつき、錬生術を継続させる事が出来なくなりました。
これでは回避は困難です。
どうせ当てられるなら攻撃に全てをかけるべき。そう考えた私は、回避を考えずに、渾身の力を込めた一撃をモードアに向かって振り下ろしました。
その攻撃はモードアの左肩を捉えました。そして深く切り裂き、少なくないダメージを与えます。
「グガッ」
モードアはそんな苦悶の声を上げました。しかし、倒すには至っていません。
そして反撃とばかりに、私の首めがけて、開いた状態の鋏を突き出そうとします。
大きく体勢を崩してしまっている私に、その攻撃を避ける術はありません。
それでも、私はその攻撃を避ける為に懸命に体を動かそうと努めます。例え無駄と分かっても、最後の最後まで全力を尽くすべきだからです。
その瞬間、私の体の中で、私以外の者の意思が働くのが感じられました。
そして、私の意志によらず、私の口が言葉を紡ぎます。
「常闇よ!」
「ゲ!?」
モードアが困惑の声をあげ、その攻撃が乱れます。
モードアの鋏は、懸命に回避しようとしている私の首をかすめて閉じられました。
首から血が吹き出ます。直撃は避けましたが、このままでは遠からず出血で死ぬでしょう。
けれど、即死ではありません。少なくとも、もう少しだけは動く事が可能です。
そして今は、そのことこそが重要です。
「ゲア、ア」
モードアはそんな声を上げて首を振っています。
目が見えていない!?
モードアの挙動はそんな印象を与えるものでした。
いずれにしても、この機会を逃す事はできません。
と、私が攻撃に移ろうとしたその時、また意図せずに私の口から言葉が紡がれます。
「神よ、世にあるべからざる者へ、討滅の裁きを与えたまえ」
「ゲガアアァァァ」
モードアがそんな叫び声を上げ、その全身が激しく震えます。相当のダメージを負っているようです。
そのモードアの胸に向かって、私は渾身の力を込めてシャムシールを突きだし、ほとんど無理やり刺し貫きました。
「ガッ」
そんな声を最後に、モードアの動きが止まります。
私がシャムシールを引き抜くと、その体がうつ伏せに倒れます。
私はそのモードアの体の横を通って、呪印へと急ぎました。モードアの生死を確認する余裕すらありません。もう間もなく、体を動かす事も出来なくなることが分かっていたからです。
どうにか私は、呪印の下にたどり着き、そして、最後の力を振り絞ってシャムシールを突き立てました。
呪印から穢れたような黄色の光が消えていきます。
壊せたのでしょうか?
そう思いつつ、私はその場に倒れこみました。どうやら、ここまでのようです。
「大いなる癒しを」
そんな声が、また私の口から発せられました。
体が軽くなるような気がします。
そして、私の体から何かが抜け出ていくのが感じられます。
私が視線を動かすと、そこには、最初に私に憑依したゴースト、レーシアさんの姿を見ることが出来ました。
彼女は、あの後もずっと私の中にいたのです。そして、神聖魔法と思われる術を用いて、モードアを攻撃してくれたのでしょう。
あなたが?
私はそう問いかけようとしましたが、声になりませんでした。
レーシアさんはうなずくような仕草をします。
――――ありがとう
そして、そんな声が聞こえたような気がしました。
レーシアさんの姿は薄れ、消えていきます。
それとほとんど同時に、私は意識を手放しました。
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