第6話 出現

「……いったい誰が、そのようなことを」

思わず漏れた私のつぶやきに治療師さんが答えました。

「古代魔法帝国の魔術師だ」


「なぜそう言い切れるのですか?」

「この廃墟が古代魔法帝国時代の、魔術師以外の者達が住んでいた街だったからだ。

 私は、この辺に古代魔法帝国時代の街があったとの伝承に基づいて探索し、ここを見つけた。建築技法なども当時のものだ。竜を祭る礼拝堂がある事をみても、私が探していた街で間違いないだろう。

 そして、魔法帝国の魔術師が、魔術師以外の者を虐殺するなど日常茶飯事だった。しかも、この骨の有様に気付いたか?」


「いくつもに、切断されていることでしょうか」

 治療師さんの問いかけに、私はそう答えました。

 ここにある骨の多くは、途中で断ち切られていたのです。


「そのとおりだ。おそらく生きたまま切り刻まれたのだ。古代魔法帝国の魔術師という連中は、まず間違いなく相手を散々に苦しめてから殺す。

 この無残な様子は、犯人が古代魔法帝国の魔術師であることの証拠のひとつになる。更に言えば、主犯は相当高位の魔術師だろうな」


「高位の魔術師と思われるのはなぜでしょう」

「様子を見る限り、この街に住んでいた者達にはそれなりに戦う術はあったようだ。いくら古代魔法帝国の魔術師と言えども、低位の者にはそんな街を丸ごと滅ぼすほどの力はない。

 それに、低位の者なら、その場で人々を殺そうとはぜず、捕らえて高位のものへの貢物にする。そして、虐殺場や闘技場、或いは迷宮などで、見世物や遊戯の駒として殺される。

 そうしなければ意味がないからな。

 そうではなく、この場で皆殺しにしてしまったということは、それをなした者には、媚を売るべき上位者がいないということだ。恐らく、帝国の秘儀すら受け継いでいる者と思われる」


「……」

 私は、古代魔法帝国の魔術師たちによる恐るべき行いの一部を聞いて、絶句してしまいました。

 なんという蛮行なのでしょう。そのような行いをしていた魔術師たちこそが蛮族と評されるべきです。


 しかし、疑問に思えることもありました。

 私はその事を治療師さんに聞きました。

「ですが、古代魔法帝国時代のものだとするなら、この街も遺骨の状態も新しすぎるのではありませんか?」

 それらは、とても1200年近くが経っているとは思えないものだったのです。


「恐らく、最近までこの街には何らかの結界が張られていた。それが最近解かれたのだ」

「なぜ分かるのですか?」


「街の中の様子を見ただろう。草木の1本すら生えていない。つまり、この街の中には植物に害がある何かがある。

 そして、街の周りは枯木ばかりだった。枯木があるということは、その木はそこまで成長する事ができたということだ。しかも、枯れた後、まだ朽ち果ててもいない」

「……」

 私は沈黙してしまいました。

 治療師さんが言わんとすることは理解できましたが、それが意味することの重大さ故に、とっさに言葉が出なかったのです。


 その私に向かって、治療師さんが更に説明します。

「つまり、この街にあった植物に害をなす何かは、最近街の外にまで影響を広げたということだ。

 逆に言えば、最近まで街から出られなかった。つまり、それを封じる何らかの結界があったということになる。その結界が、風化も防いでいたのだろう」

 きっとそのとおりでしょう。そして、その封印されていたものが、植物にしか害をなさないとは思えません。


 少し沈黙してから、治療師さんは話を替えました。

「ところで剣士殿。ここで知り合ったのも縁というものだ。よければ私の調査に協力してくれないだろうか。一人でここまで来たものの、正直に言えば戦える者に護衛してもらった方がありがたい。報酬はそれなりのものを用意できる」

「構いません」


 私はそう答えました。

 この治療師と名乗る人物の素性は全く分かっておらず、不審と言わざるを得ません。

 しかし、私もこの街を調べるつもりです。どうせなら、近くに居た方がむしろ警戒しもやすいというものです。

 ですので、私は報酬の内容すら確認せずに了承しました。


「そうと決まれば、とりあえずは今晩の野営だな。もう日も沈む。私としては、少なくとも木が枯れていない場所まで戻って野営の準備をするべきだと思うが……」

 治療師さんがそう告げた時に、ちょうど遮るものがなくなったのか、窓の一つから夕陽が差し込みました。


「ッ!」

 その夕陽があたった場所に目を向けた私は、思わず息を飲みました。

 そこに人影があったからです。

 簡素な祭服のような着衣を着た若い女性が、俯いて立っているのです。

 しかし、その方が生者ではないのは明白でした。

 その姿は半透明に透けていたからです。


「亡霊だな」

 私とほとんど同時にそれに気付いたらしい治療師さんが、低い声でそう告げます。

 亡霊はアンデッドの一種です。しかし、比較的珍しい存在です。

 通常のアンデッドがその亡骸を媒体としているのに対して、亡霊は実体を持たない存在だからです。


 恨みを持った死者がアンデッドと化してしまうことは稀にありますが、そのほとんどは亡骸が動き出すという形をとります。亡骸がなくなってしまえば、めったにアンデッド化は起こらないのです。

 ですので、死者を弔う時は火葬が一般的になっています。

 しかし、特に強い未練を残して死んだ方は、肉体がなくともその魂だけがアンデッドと化してしまいます。それが亡霊と称される存在です。

 亡霊には幾種類かあるのですが……。


「ゴーストだ」

 治療師さんが答えを口にしました。


「ゴーストに攻撃手段はない。だが、憑依してくる。抵抗に集中しろ」

 治療師さんがそう助言してくれます。

 ゴーストはそのままでは何の攻撃手段も持ちません。しかし、生者に憑依しようとします。


 そして、憑依に成功すると、相手の体を操り生前と同じ力を行使できるようになります。

 要するに体を乗っ取ってしまうのです。

 私も憑依に抵抗しようと精神を集中させました。


 ゴーストが顔を上げてこちらを向きました。

 金髪に縁どられた美しい顔でした。しかし、何かを訴えかけるかのように苦し気な表情を浮かべています。

 そして、こちらへ向かって歩き始めました。一歩、また一歩と。

 更に、右手をこちらに向かって伸ばします。


 次の瞬間、私はまた驚愕しました。

 そのゴーストが伸ばした右手の指が全て落ち、床に転がったのです。


 ゴーストは痛みに耐えるかのように、顔を歪めます。

 次に手首が落ち、前腕が落ちました。

 更には倒れ込んでしまいました。

 それでもゴーストは、左手と右の上腕を使って、こちらに這い寄ろうとします。


 ゴーストが倒れた理由が分かりました。

 切断された両足首が床に残っているのです。

 次に左足が太腿の真ん中で切れ床に残ります。


 ゴーストは、それでも懸命にこちらに近づいてきます。

 訴えかけるような表情のままに。

 そのあまりに切実な顔を見て、私は、思わずゴーストに向かって右手を伸ばしました。


「だめだ、剣士殿」

 治療師さんがそう声を上げます。

 私もまた、己の失敗を悟りました。

 手を伸ばすというその行為は、対象を迎え入れようという心の動きを示すものに他なりません。それは、抵抗するという意思の否定です。


 その瞬間、それまで這いずっていたゴーストが突如浮き上がり、流れるように素早く宙を飛んで、私向かってきました。私には避けることが出来ませんでした。

 ゴーストは私にぶつかり、そのまま体の中に溶け込んでいきます。

 同時に膨大な量の記憶が入り込んできました。

 この街での暮らした彼女の人生、その思い、そしてその悲痛に満ちた最期が。

 そして私は、己の体を動かす自由を失いました。

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