第5話 廃墟にたたずむ者

 方角だけを頼りに森の探索を進めながら、私はホドリートさんの研究の事について考えていました。

 賢者の学院の方は、古代魔法帝国時代の蛮族の生活や風俗について、と言っていましたが、これはある意味で適切な言葉とは言えません。

 蛮族という言葉は、古代魔法帝国を支配した魔術師たちが、一方的に使っていた言葉に過ぎないからです。


 古代魔法帝国は、魔法の中でも特に古語魔法と呼ばれる魔法を習得した魔術師たちが支配する国でした。

 その魔術師たちは、古語魔法を使えない者達を蛮族と呼んで蔑んでいました。いえ、蔑むどころか、虐待し虐殺すら日常的に行われていたと言います。


 しかし、蛮族と呼ばれていた人々は、単に古語魔法が使えなかったというだけで、別段野蛮な生活を送っていたわけでもありません。

 ですので、彼らのことを蛮族と呼ぶのは適切ではないのです。

 古代魔法帝国に関する研究では、支配者だった魔術師たちに目が向けられることが多いのですが、ホドリートさんは、蛮族と呼ばれていた人々の方に着目していたようです。


 なお、その古代魔法帝国ですが、紆余曲折の末に、結局自らが蛮族と蔑んでいた者たちの手によって滅ぼされてしまっています。

 それは今から1174年も前のことです。古代魔法帝国滅亡の年が今も使われている新暦の元年であり、今年は1175年だからです。

 1100年以上前に滅んでいるからこそ、古代帝国と呼ばれているのです。


 そんなことを考えつつ、探索を進めていたのですが、手がかりになるようなものは一向に発見できません。

 汗が滴り落ちて来ます。

 日の光があまり差し込まない森の中とはいえ、暑い盛りの季節に歩き回っているのですから当然です。

 無理せずに休みながら探索を続けよう。

 そう思って立ち止まった時、かすかな声が聞こえた気がしました。


 気のせいかも知れません。しかし、どうせ大した当てもない探索です。

 私は、その声が聞こえたと思った方に進んでみることにしました。




 どうやら、その判断は間違いではなかったようです。

 その方向に向かうに連れて、森の様子がおかしくなっていきました。

 生き物の気配が薄れていったのです。

 今では、鳥の声一つ聞こえては来ません。

 枯木が目立つようにもなってきました。

 どこか不吉な気配が漂います。


 しかし、私が探しているのは、アンデッドと化した人物が指し示し、呪印という不吉な言葉で伝えられたものです。

 その目的とするものがこの先にある。そんな予感がします。


 やがて、周りは枯木ばかりになり、その先に石でできた壁のような物が見えてきました。

 それは、所々崩れているものの、確かに防壁でした。高さは3m程度です。

 崩れたところから壁の中をうかがうと、石を組んで作られた建物がいくつも建っているのが分かりました。


 これは街とそれを守る防壁だったのでしょう。

 しかし、それは今や廃墟と言わざるを得ないものでした。人の気配が全く感じられないのです。

 私はその防壁の中へと足を踏み入れました。


 一歩足を踏み入れた瞬間、私はその場所の異様さに気付きました。

 明らかに周りよりも気温が低いのです。

 汗ばむほどの陽気だったのに、防壁の中は寒気すら感じます。


 様子を見回すと、更におかしなことに気付きました。

 壁内は特に舗装もされておらず地面がむき出しになっているのに、雑草の一つも生えていません。

 壁の中には、命あるものは文字通り草木一本すら存在していないのです。

 このことは、この街に生物に害を与える何かがある。或いは何かがいる。ということを証明しています。


 私は、まず壁沿いに歩いてみました。

 街の規模はそれほど大きなものではありません。

 恐らく住人の数は400人から500人程だった事でしょう。


 そうこうする内に、夕刻が近くなってきました。

 今夜はこの集落の中で野営するか、それとも離れるべきか。そんな事を考えていると、また声が聞こえたような気がしました。

 街の中央近くにある、一際大きな建物からのように思われます。

 私は、その建物に向かう事にしました。




 その建物は、正面に金属製の大きな扉があり、開いたままになっています。左右の壁にはいくつもの窓が空いています。

 建物に近づいたところで、私は足を止めました。

 中から物音が聞こえたからです。

 私は、正面の入り口の扉の陰に身を隠して中の様子を伺いました。


 中は大広間になっていました。

 6本の太い柱によって屋根が支えられています。

 一番奥の壁際には、3mほどの大きさにもなる男性像が据えられています。

 その像は右手の人差し指で上を指差す姿勢をとっていました。

 男性像の手前には竜をかたどった像が置かれています。高さは1mほどですが、羽を大きく開いた形をとっており、幅は3mほどにはなっているでしょう。


 そして、その竜の像の更に手前に、1人の人物が立っていました。

 灰色のローブを着た人物です。後姿は女性のように思えました。

 その方は、竜の像の方を向いて頭を下げています。祈りを捧げているかのような印象です。

 私はその人物を注意深く観察しました。

 状況から判断して、アンデッドである可能性も考えられたからです。


「盗み見とは、あまり褒められた行いとは思えないな」

 その人物がそう告げました。

 しわがれた女性の声でした。

 そして、その人物は私が身を隠す扉の方に体を向けます。

 フードを目深に被っていて、その顔をうかがう事はできません。しかし、私の存在に気付いているのは確実です。

 私は覚悟を決めて姿を現しました。


 ローブ姿の人物の前に姿を現した私でしたが、しばらく黙りこんでしまいました。

 相手が敵意を見せていない以上、名を名乗るのが礼儀だと思ったのですが、あまりに怪しいその人物に対して名を名乗るのが躊躇われたのです。

 沈黙する私に向かって、その人物の方から話しかけて来ました。


「私は治療師を生業としている者だ。治療師と呼んで欲しい。そなたのことは、剣士殿と呼んでよいかな」

「構いません」

 私はそう答えました。名乗らなくてもすんで少し安堵しました。

 そして、私は重ねて疑問を口にしました。


「その治療師さんが、この様なところで何をしておられるのですか?」

「私は旅の途中なのだが、今はある竜の伝承について調べていてな、ここにその竜を祭る者達の街があったことを知って訪れたのだ。そういう剣士殿は何故ここに?」


「私はある方から得た情報に基づいてこの辺を探索していました。それでこの街を見つけたのです」

「ほう、普通に探すくらいではここは見つからないと思うのだが。何者から情報を得たのかな?」


「それよりも、先ほどの治療師さんのご様子は、調べものをしているというより、祈りを捧げているように見えました。本当は何をなさっていたのですか?」

 私はそう問い返して質問に答えるのを避けました。

 アンデッドの言葉と指差す方向に導かれて探索し、声が聞こえたように感じたという理由でここに辿り着いたとは説明し難かったからです。


 治療師と名乗った方は、それほど気にしていないのか自分の問いに執着せずに、私の問いに答えました。

「祈っていたというのも間違いではない。ここの有様を見れば、誰でも冥福を祈りたくもなるだろう」


「どういう意味でしょう」

「こちらに来て見た方が早い」

 治療師という方は、そう言って右手で手招きしました。その手には手袋がはめられています。


 私は注意しつつ、治療師さんの方に近づきます。

「ッ!」

 そして、男性像の前にあるものを目にして思わず息を飲んでしまいました。

 そこには、夥しい人骨が集められていたのです。その数は10人分以上はあったでしょう。


「生贄、いえ供物?」

「違う!」

 私の呟きを、治療師さんが思いの他強い口調で否定します。


「ここに骨を集めたのは私だ。私が見つけたときには、骨はこの部屋中に散らばっていた。埋葬してやる事は無理と思ったので、せめて仕える神の近くにいさせてやろうと思ったのだ」

「神? これは神像なのですか?」

 私はその像をもう一度見ました。よく見ると、両眼が閉じられている事がわかりました。それは、少なくとも私が知る光の五大神の姿を現すものではありません。


「そうだ。そして、この街に住んでいた者がこの神を崇拝していたのも間違いない」

 治療師さんは、その神について詳しい説明はせずに話を続けます。

「見てみるがいい、この像は後から置かれたものではなく、石柱を削りだしたもので、床や壁と一体となっている。部屋全体の装飾も、全てこの神像を中心として、それを讃えるものだ。竜の像の作りも、神像と同じ技法によっている。そして神を守る位置に立つ。

 つまり、この建物は、この神像を祭る為に作られた礼拝堂だ。そして神に仕える一の僕がこの竜。そのような作りだ」


「その礼拝堂で、どうしてこれほど多くの方が亡くなっているのでしょう?」

「剣士殿は他の建物の中を見ていないのだな」

 私の問いに治療師さんはそう答えました。


 私は意味が分からず問い返します。

「どういうことですか」

「この有様は、ここだけではない。多くの建物の中に骨が転がっている。つまり、この街全体が虐殺されたのだ」


 私は声を詰まらせてしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る