第3話 アンデッド討伐
私は依頼人の話を聞くために、賢者の学院を訪れました。
賢者の学院は、基本的には古語魔法を扱う魔術師を養成する学校のような存在です。
しかし、古語魔法の才能がない者でも、知識を深めたり学術研究をしたりするために属している事が少なくありません。そういった学問を志す者の中で、一定の知識を身につけた者は、賢者と総称されています。
導師というのは、その学院の中でも主導的な立場の方々です。
その導師様の一人が、依頼人であるとの事でした。
「情けない事に、当学院に属する者がアンデッドになってしまったのだ」
私が尋ねると、依頼人である導師様はそう切り出しました。
「そ奴は、ホドリートという名で、魔法は一切使えなかったが、剣の腕は相当に立つ戦士でもあり、野外活動にも長けておった。だから、1人でかなり辺鄙なところまで調査に出かけることもあったのだ。
ところが、今回は帰還予定が過ぎても一行に戻って来ない。だから、一応調査隊を派遣した。すると、浅ましくもアンデッドと化したホドリートを発見した。
その場で倒せるとも思えなかったので、調査隊は速やかに撤収したが、当学院の名誉の為にも早々に討つ必要がある。
幸い光明神の神殿の協力を取り付けたので、討ち取るのは可能だろう。しかし、やはり頼りになる前衛も必要だ。
そこで、冒険者に依頼しようと思った。その矢先に、君の噂を耳にしてね。ちょうど良いと考えたわけだ」
納得できる話しではあります。
討伐対象が1体だけで、前衛役さえいれば倒せる目途が立っているなら、雇うのはそれなりに戦える前衛1人で十分です。
そして私は1人で行動している上、新参者で級位も低いので基本の報酬額も安く、指名依頼をしてもさほどの出費になりません。おあつらえ向きといえるでしょう。
私としても、相場よりは高い報酬を提示してもらっているこの仕事は魅力的です。
ただ、この依頼を受けるかどうか決めるためには、聞いておかなければならない大事な事があります。アンデッドの種類とその強さです。
アンデッドという存在は、神々が定めた世界の法則に反して死後も動き回っている存在です。
激しい恨みや憎しみを抱いて死んだ者がアンデッド化してしまう事もあれば、邪悪な魔法によって作成される事もあります。そして、その種類は非常に多く、強さも千差万別です。
最も弱い存在なら素人でも倒せるほどですが、最強クラスなら1体だけで国家規模の脅威になることすらあります。アンデッドの種類を確認せずに仕事を受ける事は、余りにも危険です。
「ホドリートさんという方が、どのようなアンデッドになってしまったのかは、判明しているのですか?」
「ああ、それか、ただのゾンビやグールではない。アンデッドナイトだ」
私は思わず顔をしかめてしまいました。それは、厄介なアンデッドでした。
ゾンビやグールの能力は、どの個体でも大体同じになります。生前どれほどの猛者や達人だったとしても、ゾンビやグールになってしまえば、一般人が変じたものとその能力はさほど変わりません。また、知性はほぼなくなってしまいます。
ゾンビには特殊な魔術によって強化された存在もいますし、グールには上位種と呼ばれる存在も確認されています。しかしそれも、事前にそのような存在だと分かっていれば、その能力も想定できます。
これに対して、アンデッドナイトは生前の強さによって能力が大きく変わります。
生前優れた戦士だったならば、それに応じて強くなるのです。
私は、生前のホドリートさんについて詳しく聞きました。
私と同じくらいの強さでしょうか?
聞き取った結果、私はそう判断しました。
アンデッドナイトと化すと生前よりも耐久力が若干増します。しかし、それを考えに入れても、魔術師や神官の援護を受ければ、勝てると考えていいはずです。
相当に優秀だったという戦士と自分を互角と考えるというのは、傲慢な考えといえるでしょう。しかし、私は必要以上に自分を低く見積もるつもりはありません。
私は現在、この街では冒険者として下級中位とされています。ですが、客観的にみて、実際には上級に手がかかるほどの強さといえるでしょう。実際、共にオークを討伐したウォレムさん達は中級中位とされていましたが、その皆さんと比べても、私の方が強かったのです。
いずれにしても、この依頼には成功できる公算があるといえます。
私は受けることに決めました。
私達は、アンデッドナイトと化したホドリートさんが発見されたという場所に程近い村を拠点にして、森へと分け入りました。
私と、魔術師2人、神官1人、探索をしてくれる野伏2人の6人パーティです。
神官の方が若い女性だったお陰で、少し気が楽になりました。
或いは、同行する神官の方が女性に決まったからこそ、前衛役として同じ女の私が選ばれたのかも知れません。
探索を始めて5日目。
探索の最中、大分親しくなっていた神官の方が、声をかけて来てくれました。
「それにしても、綺麗な黒髪ですね。羨ましい」
「ありがとうございます」
私は心からそう返しました。
昔、兄上から褒めてもらったこの髪は、秘かな私の自慢です。
今のような暑い季節には、煩わしく思うこともありますが、短くするつもりは全くありません。兄上は長い髪を好ましく思っていましたから。
と、そんなことを考えていると、前方から大きな声があがりました。
「いたぞッ」
前方にいた野伏の方の声でした。
若干弛緩していた空気は消え去り、緊張があたりを包みます。
野伏の方達が、急いで私達のところに戻ってきて、前方を指差しました。
そちらに目を向けると、確かに人影がこちらに近づいて来ています。
それは、皮鎧を身につけ、ロングソードを手にした人間に見えました。
着ている服の袖は破れ果て、腕が露出しています。その肌はどす黒くなっていました。
そして、近くまで来ると、その異様な状態がよりはっきり分かりました。
顔もどす黒く変色し、唇が捲り上がって歯がむき出しになっており、目も瞼がなくなっているかと思われるほど大きく見開かれているのです。
明らかに生きた人間の形相ではありません。
「アンデッドです。間違いありません」
神官の方が厳しい声でそう告げます。
そのアンデッドは、明白な敵意をもって、ロングソートを握った両手を右肩近くに構えて、こちらに突き進んできます。
私が前に出ます。2人の野伏の方々は後方に退きました。
そして、2人の魔術師の方と、神官の方が、私に支援魔法をかけます。
魔術師の方からは、“防御”と“精神抵抗強化”が。
“精神抵抗強化”の魔法が使われたのは、アンデッドナイトは恐ろしい咆哮を放ち、抵抗に失敗した者の身を竦ませて、その動きを鈍らせる事ができるからです。
神官の方は私のシャムシールに“聖常武器”の魔法をかけます。アンデッドやデーモンなど、この世界の法則に反する、常ならざる存在に有効な打撃を与える魔法です。
支援を受けた私は、シャムシールを下段に構えて、錬生術を発動させつつアンデッドナイトに向かって駆け出しました。そして、間合いに入ったところで、逆袈裟切りにシャムシールを切り上げ、アンデッドナイトの胴体を斜めに切り裂きます。
しかし、痛みを感じないアンデッドナイトは些かも怯みません。
「ウオァアアアア」
そして、そんな咆哮が轟きました。
「きゃー」「うわぁ」
後ろから悲鳴が聞こえます。
私は抵抗に成功したものの、魔術師の方達と神官の方は失敗したのです。
アンデッドナイトは、手にしていたロングソードを振り下ろしました。
私は身を退いて避けましたが、即座に斬り返しが来ます。それをシャムシールではじきます。
私の後方から呪文を唱える声が聞こえます。
「神よ、聖なる光をもって、常ならざるものを打ちたまえ」
その言葉と共に光が輝き、アンデッドナイトの体を焼きました。
神官の方が“聖なる光”の呪文を唱えたのです。
しかし、魔術師の方達から魔法は来ません。
僅かに振り向いて確認すると、2人とも頭を抱えて蹲っています。
不甲斐ない!
そう思わずにはいられませんでした。アンデッドナイトの咆哮は、身を竦ませる効果はありますが、その状況でも魔法は使えるはずだからです。
アンデッドナイトは己を害する聖なる光を物ともせずに、ロングソードを縦横に振るいます。
その技は、生前に劣るものではないでしょう。
私は錬生術を繰り返し使いつつ、或いは避け、或いははじき、そして反撃を放ちます。
私のシャムシールがデスナイトの左肩口を切り裂きました。
次の瞬間、私の右脇腹が切られました。
そこで、再度“聖なる光”がデスナイトを打ちます。
「おおおおおお」
対抗するかのように、アンデッドナイトが恐怖の咆哮を放ちました。
まるで何かを訴えかけるような―――
そう思った次の瞬間、私は恐怖に苛まれていました。
「うッ」
思わずそんな声が漏れます。
私は自分の失敗を悟りました。
何かを訴えているかのようだと、そう考えた時に、私はその咆哮に抵抗する事に失敗していたのです。
手足が細かく震えます。
それを見透かしたのか、アンデッドナイトのロングソードが、物凄い力を込められて右から左に振られました。
「うおおおおお」
アンデッドナイトはそんな声もあげています。
強い意思が、生きている時に懐いた最後の思いが込められているかのような、一撃でした。
ですが、私もここで死ぬわけにはいきません。
震える足を必死で動かし、後ろに一歩退いて、私は辛うじてその攻撃を避けました。
渾身の一撃を外されたアンデッドナイトの体勢が揺らぎました。
隙を見出した私は、シャムシールを全力で振り下ろします。
シャムシールはアンデッドナイトの右肩口を捉え、その身を切り裂き、背骨まで断ちました。
アンデッドナイトは、それでも反撃しようとロングソードを振り上げましたが、そのまま仰向けに倒れます。
そして、動かなくなりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます