幽霊屋敷(1)

『ガーネット探偵事務所』のなかで、探偵少女クロエ・ガーネットはオイルランプの淡いひかりに照らされています。

 クロエは机の上に脚をあげ、帳簿を手にし、1ヵ月の経費を眺めています。


 えーと、ランプのオイル代が4シリング、暖炉の薪代が6シリング、昼食代が10シリング、

 先月は、経費はわりと安く済んだほうかしら。


 事務所の扉がひらき、ドアチャイムがりんりんと愛らしく鳴りました。


 事務所のなかに、あまり身なりのよくない老婆が入ってきました。


 探偵クロエは机から脚をおろし、ゆっくりと立ち上がります。

 クロエは、ほんの少しだけ、胸を躍らせます。


 依頼かしら!?


 身なりのよくない老婆は、接客用のソファのほうへのそのそと歩きます。


 老婆は言います。


「座ってもいいかい?」


 クロエは笑顔を作って言います。


「ええ、ええ、もちろんです」


 クロエは老婆が座るソファに対面した木の椅子に座ります。そして言います。


「お名前は?」


「エドナ・ネイピア」


「何か、ご依頼でしょうか?」


「そうだよ」


 やった!


「どのようなご依頼で?」


 ネイピアさんの依頼は、このようなものでした。街の北西にへアフォードという広い草原地帯があります。その草原には、一軒の古い屋敷があります。その屋敷には、もう誰も住んでいません。ときどき、その屋敷を改装して住んでみようか、と考える人たちが、屋敷の内覧に行きます。ところがです。最近になってからの話です。その屋敷に入って、中を見て回ろうとすると、かならず、女性の悲しい声が響いてくるそうです。それは、泣き声ともとれるし、悲鳴ともとれる、おどろおどろしい声だそうです。屋敷の中に入った者は、その女性のおぞましい声をきくと、恐ろしくなって逃げ出すそうです。

 今では、その屋敷は『へアフォードの幽霊屋敷』と呼ばれるようになりました。


 老婆ネイピアさんは言います。


「あたしゃ、オカルトな物が大好きでね。見てのとおり、あたしゃもう老いぼれ。へアフォードの幽霊屋敷の悲鳴がほんとうに幽霊のものなのか、何なのか、これを知らずには死んでも死にきれないんだよ。あんた、フェアフォードの幽霊屋敷にいって調査してくれないかい?」


 クロエは思います。


 ほんとうに幽霊の悲鳴だったらどうしよう……。


 とは言え、いまは幽霊を怖がっている場合ではありません。なにせ、ここしばらく依頼はまったくなく、ただただ経費ばかりがかかっている状況なのですから。

 この依頼を逃すわけには行きません。


 探偵少女クロエ・ガーネットは考えます。


 これは、そんなに経費がかかる案件には、思えないわね。


 少女は老婆に言います。


「わかりました。お引き受けします。料金はこの事務所の最低料金、前金で3ポンド、ネイピアさんが納得のいくかたちで調査が完了したら、もう3ポンドになります」


 老婆は突然目を丸くしました。


「え? そんなにかかるのかい?」


「え……ええ」


「もっと安くならんのかい?」


「いや……こういう仕事は、一度最低料金より低い報酬額で引き受けると、次のお客もまた低い料金を要求してくるものなんです。ですので、この額より低い料金では引き受けられません」


 老婆は立ち上がります。


「そんな料金、払えないわい。あー時間を無駄にした」


 そういうと、さっさと事務所から出ていきました。





 夜、クロエは自室のベッドで仰向けになっていました。

 少女は思います。


 幽霊屋敷かー。幽霊なんてほんとうにいるのかしら?

 気になるなー。


 少女は目を閉じます。


 あー、気になる! 気になる! 気になる!


 クロエは、依頼は受けませんが、個人的好奇心を理由に、ヘアフィールドの幽霊屋敷へ探索に行くことにしました。

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