第8話 カフェ 3

安藤と売布宮は、カフェの入口で財満を見送ったあと、途中になっていた話の続きをカフェで再開することにした。ワンドリンク制なので、それぞれ飲み物を注文し、売布宮はマグカップで受け取り、安藤は持ち帰り用の蓋付き紙コップで受け取る。


「このあたりがいいでしょう。周りにお客さんもいませんから。安藤さんはそちらへ。さ、どうぞ」

売布宮はマグカップを店の隅のテーブル席に置き、安藤に対面に座るように促す。椅子には申し訳程度のクッションが付いていて、いかにも安物といった雰囲気だった。

「それにしても、すごいものが見れましたね」

ドリップコーヒーを飲みながら、売布宮は笑った。


「ええ、見ていて面白いものではなかったですが」

「確かに。ふむ。このコーヒーは結構いけますね。安藤さんも家に帰ったら是非飲んでみてください」

「そうですね。でも私の注文はカフェインレスなので、それとは味が違うと思います。それでレストランでの話の続きですけど」

「そうでしたね。更生局の仕事内容については、安藤さんも既にご存じのことも多いでしょうが、少し前提を話させてください」

安藤は無言で頷く。


それを確認して安藤は話し始めた。

「二十年ほど前、誹謗中傷に関する法律が改正されて以降、インターネットでの誹謗中傷がなくなったのはご存じですか」

「ええ、もちろん。メールを送ったり、SNSでコメントを投稿したりする前に、AIがその内容を解析するのを義務づけたヤツですよね」

「そうです。AIが内容を解析して、不適切な表現に警告を出したり、該当部分を削除したり、投稿させないようにすることができるようになりました」

「確か当時は、言論の自由の侵害と騒がれていた気がします」


「そうでしたね。言論の自由を主張していた人たちは、そういった誹謗中傷も含めて自由を保障すべきで、実際に誹謗中傷を行った場合には、それとは別の枠組みで罰を受けるべきだと主張していました。なにが誹謗中傷に当たるのかは今も議論されていますが、結局、そもそもそんな誹謗中傷する自由なら必要ないという結論になりました。その結果、あからさまな誹謗中傷はできなくなって今に至ります。

ところで安藤さん、そういう誹謗中傷を行っていた人に共通するものが何だったのか、ご存じですか」


「いえ、すぐには思いつかないですね」

「それは、孤立することによる孤独感です」

「なるほど。そう言われてみれば、そういうことが書かれた読み物を読んだことがあるような気がします」

「そうですか。誹謗中傷をなくすために、そういった人たちの孤独感を解消することが課題だったのですが、それを解決することは、当時はほぼ不可能に思えました。なぜなら、当時は、社会自体が個人を分断して孤立化させるようにデザインされていたからです。すみませんが、ここからは少し長くなりますよ」

「ええ。構いません」

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