手紙

@harumakiya

前略 

前略 見知らぬ人へ


突然こんな手紙が送られてきて、驚かれた事かと思います。


私は貴方のことを知りません。

住所は思いついた地名の思いついた番地宛てに書いているので、この手紙が誰かの手に渡る確率はほぼゼロです。


さらに直筆で見知らぬ名前が書かれた茶封筒を開封して読んでくださる方も、そうは居ないでしょう。


つまり、これを貴方が読んでくださるということは奇跡なのです。

この奇跡に免じて、どうか私の手紙にお付き合いください。飲み会の雑談の種くらにはなるかと思います。



まず、私は生まれつきの予知能力者でした。

どうか読むのをやめないでください。頭のおかしい書き手であることは、冒頭からすでにご存じのはずです。


4月12日16時43分のニュースをご覧ください。そこで報道されている被害者の名前とこの手紙の送り主の名前が一致していることをもって、証明とさせていただきます。


私がこの手紙を書いている今日は4月11日です。

予知が正しければあと2時間後にインターホンが鳴り、包丁を持った男が入ってきます。私は喉と腹を突かれてほぼ即死するはずです。


大学1年生のころにはこの未来が見えていました。 

逃げようか、逆に私が先に犯人を殺してやろうか、色々考えたのですがどれもやめました。


他の誰かが死ぬか、私がより悲惨に死ぬか、その程度の違いしかなかったからです。

それに、即死というのはそれほど悪くありません。ほとんど苦痛がないからです。生き物にとって苦痛のない死というものはそう得られるものではないでしょう。


未来を見た日からのんべんだらりと学んで卒業しました。

先立つ不孝を詫びるため、なるべく多くの遺産を両親に残したかったので、それなりに真面目に働きました。

孫をつくってやる事はできなかったけれど、妹がいるのでまぁなんとかなるでしょう。



今年の4月に入り、部屋の整理をしていた時に高校の卒業アルバムを見つけ、おもむろに開いて愕然としました。


出席番号順に個人写真が並べられたページ、あそこに映った私はとんでもなくブスだったのです。


明るい地毛を教師のわがままで黒く染め、頬には堂々とニキビ跡が鎮座し、極太マジックで書いたようなゲジゲジ眉毛をした、思春期らしい仏頂面のブスの私がいました。


私は写真が嫌いで、正面からまともに映っているのはコレか履歴書に貼った証明写真くらいです。

つまり遺影はそのどちらかになるでしょう。最悪です。

しかも入手のしやすさから、ニュース報道で使われる被害者写真はおそらく卒業アルバムのものです。輪をかけて最悪です。


これを読んでいる貴方がもし写真嫌いなら、むしろなるべく撮っておくことをお勧めします。

写真嫌いほど卒業アルバムの写りはブスです。


考えた末、私は最高の遺影を撮ることにしました。

自撮りだと最高にならないので、高校のころの親友と遊ぶことにしました。

仮にA子としておきます。




A子は就職した現在でもたまに遊ぶくらい仲のいい子です。


思い立ってすぐ『花見いかん?』と誘うと『めっちゃ急笑 ウケるけどいいよ。日曜でいい?』と返信してくれました。


車はA子の旦那さんが貸してくれました。

A子の運転なら貸せないけど、私が運転するならOKだそうです。


A子は「めっちゃ失礼じゃない?」と膨れていましたが、軽を半年で廃車にできる彼女に貸せる車はママチャリが限界です。


車内では彼女が作ってきた桜や春の曲のミックスリストを聞きました。


知っている曲は一緒に歌い、知らない曲はA子の歌を聞きました。花見ができる公園につくまでに喉が枯れかけました。





普段はさびれた公園に、桜が咲くだけで市外からも人が訪れていました。

私とA子はなんとか座る場所を見つけ、お花見を始めます。


A子が作ってきてくれたお弁当と、屋台で買ったベビーカステラがとてもおいしかったです。

A子は「菜見子ちゃんは私が作った唐揚げ好きだよね」と笑っていました。


私は何度か彼女に写真を撮るようお願いしました。

普段はカメラを向けられようものなら人や物を盾に隠れていた私がそんなことを言うので、A子も驚いていました。


「思い出作りにね」というと「そっか!」とはにかんで、彼女のスマホのインカメに私とのツーショが収められました。


彼女はその写真をしばらくニコニコと見つめていたので、もしかしたらずっと私と写真を撮りたかったのかもしれません。自意識過剰でなければですが。


私は自然と「もっと撮ってよ」と言っていました。

彼女は「明日は雷雨かも!」とけらけら笑いながら、何枚も私の写真を撮りました。


キメ顔も、変顔も、笑顔も、正面からの写真も撮りました。

A子のスマホの中には卒業写真とは比べ物にならない、私らしい私が居ました。


私もたくさんA子の写真を撮りました。


おにぎりを口いっぱいに詰めるところ、桜の幹を抱きしめるところ、とにかく笑っているところ。


撮ってよかったな、と思いました。

もっと撮っておくんだったな、とも思っています。



私の未練はなくなりました。

報道写真にも遺影にも、素敵な笑顔の私の写真が使われるでしょう。


予知したところ報道写真には団子をほおばっている姿、遺影には桜を背景に微笑んでいる姿が使われていました。



さて、そろそろこの長い手紙にも終わりが近づいてきました。

ここに生涯誰にも明かすことのなかった秘密を2つ書き残しておきます。


1つは私が予知能力者だということ。

もう1つは私がA子のことを好きだったということ。


彼女のことが本当に好きでした。


春の日差しよりも、夏のアイスよりも、秋の夕焼けよりも、冬のさみしさよりも、好きでした。


彼女が笑うだけで嬉しかったし、誰より幸せでいてほしいと思いました。彼氏ができたと聞いた時は本当にへこんだけど、彼は良い奴だったので見る目が良いなと惚れなおしました。


ウエディングドレスを着た彼女は本当に綺麗で「私はこれを見るためにうまれてきたんだな」と、立場違いの感動を抱きました。



予知を見ました。


今から1年後。彼らは仕事の都合で海外に移り住みます。それからの日々は、本当に多忙だけど幸せな生活です。かわいくて元気な子供も生まれるようです。


私は、今日を逃せばどうやっても日本で、彼らが居ないうちに、死ぬようです。

A子が日本に帰ってきたときには、私の葬儀はとっくに終わっています。



A子にだけは私の葬式に来てほしい。

私はA子の結婚式に参加して鼻水と涙を流して祝ったので、A子には私の葬式に参加して鼻水と涙を流して悼んでほしいのです。


大好きな人が自分の葬式に来てくれたら、もう勝ち組の人生だったと言っていいでしょう。

もしその時、せっかくの遺影がブスだったら最悪です。

最期に飾られる写真なら、彼女の隣にいるときの一番綺麗な私が良かった。



この手紙を読んでいる見知らぬ人。

長い話に最後まで付き合ってくれてありがとうございます。


インターホンがなるまであと1時間を切りました。

私はこれからこの手紙に封をして、でたらめな宛名とでたらめな住所を書きます。

それからコンビニで切手を買って、ポストに投函し、近所をひとまわり散歩する予定です。


それから部屋に戻ってきて、インターホンがなるまで待つでしょう。

A子と彼女の家族がこれから暮らしていく世界が、なるべく平和であることを願っています。

そのために少しだけ運命に反抗してみようかと思っています。



それではこのあたりで失礼します。

見知らぬ女の長い手紙を読んでくれた貴方に幸多からんことを。



早々



====


速報です。○○県○○市にて、男性と女性の死体が発見されました。

発見されたのは深水菜美子さんの自室で、身元不明の男性は腹を包丁でさされて亡くなっており、深水さんは喉と腹をナイフで刺されて亡くなったと見られています。

警察では事件の状況を詳しく調べるとともに、男性の身元を詳しく調べています。



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