19杯目 野趣味溢れる命の恵み

「凄い! こんなに輝いている肉は見たことがないっ!」


 ケイトの言う通り、その肉は輝いていた。

 切られた断面は鮮やかなピンク、程よく入り込んだ脂と絶妙な火加減で肉が喜んでいるかのように輝く。


「う、うまいっ! なんという複雑な味わい……」


 そう、ここの料理は単純に旨いだけじゃない、本来なら雑味と成り得る肉本来の臭みがまるでスパイスのように味わいに深みを与えてくれている。

 一歩間違えれば獣臭くなるところを、フェイナさんの苦痛を与える事無く命を狩る狩猟能力と血の一滴も無駄にせず、解体されたことに気が付かないで臓器が生きていると呼ばれる解体技術、そして旦那さんの調理技術が合わさりこの奇跡の一品が出来上がる。


「続きまして、シャケーの紙包み焼き季節のきのこを添えて、でございます」


「なんだかすまないなゲンツ」


「まぁ、仕方ないさ、それに皆が美味しそうに食べているのがよく見えて結構たのしいもんさ」


「ゲンツ、食べてるの?」


「ああ、ちゃんと俺もいただいている。やっぱり最高だなこの店は」


「本当に素敵なお店を教えていただいて、ありがとうございます」


「また食べに来るためにもぉ、明後日は頑張らないとぉ」


「そうだな……」


 野生のシャケーは厳しい自然で生きているので脂感は少ない、しかし、一方で身の力強さがあり、より本来の旨味が増す。その力強さが有るからこそ、きのこの旨味に負けずに相乗効果を生み出してくれる。

 ウシーの乳から作られた脂肪を含むバターを合わせることでさっぱりとした身もジューシーに仕立てられている。さわやかな味わいのレモンーも隠れた名脇役だ。


「あー、食べすぎた……」


「満腹」


「もう食べられないっす」


「そうか、だったらこれは下げたほうがいいか?」


 皆の眼の前に真っ赤なシャーベットを置いていく。

 ベリーをふんだんに使った氷菓子、甘い実と酸味の強い身を絶妙に組み合わせた一品で、満腹のはずのお腹に滑り込んで、そして、さっぱりとお腹の辛さを溶かしてしまう。旦那さんは魔法使いなので氷をいつでも用意できるこの店ながらの品。

 皆、あっという間に平らげていった。


「無くなっちゃった……」


「おかしい、まだ食べられる気がしてきた」


「大満足っす」


「かわいこちゃんたちちゃんと満足したかい?」


「店長、このような素晴らしい食事は初めてでした、ごちそうさまです」


「全く、なんでこんないい子たちがゲンツなんかに引っかかったんだか……?

 ゲンツ、あんたなにか弱みを握って脅してるんじゃないんだろうね?」


「そんな事するわけ無いじゃないですか」


「ゲンツ殿には我々が乞うて教えを受けている身です。

 非常に紳士的な態度で接していただいております」


「鬼教官」


「こらっ」


「ほー、あのゲンツがねぇ……まぁ、確かにちょっとは見れるようになったか……

 あんた、獲物持って裏に来な、ちょっと見てやるよ、この子達と最後まで潜るんだろ?」


「い、いいんですか!?」


「早くしな、いくよ」


 俺は急いで準備して店の裏庭、フェイナさんと旦那さんのトレーニング場に行く。

 あのフェイナさんと手合わせできる。

 それは、よほど見込み有ると認められた冒険者の証、ステータスだ。

 俺が、俺なんかがこのチャンスを逃したら、絶対に二度とない。


「お願いします」


 半身に構え、棍棒を下段に構える。

 フェイナさんは曲刀、シミターと呼ばれる砂漠の国の武器を扱う。

 輝く半月、フェイナさんのネームド武器。

 

「変わったねぇ……」


 フェイナさんの姿がブレる。


「くっ!」


 振り上げた棍棒にストンとフェイナさんが立っている。

 恐ろしいことに、重さを感じない。


「ふんっ!」


 そのまま振り上げて叩きつけ、ひらりと着地する場へ横薙ぎに振り払う。

 シャランとシミターが優雅な音を立てて俺の棍棒と交差する。


「なっ……」


 感覚がなく、俺の攻撃が軌道を変える。あまりにも自然にそらされてしまったため、攻撃がそれたことに一瞬気が付かなかった、あんなに細い剣で俺の猪突が……


「もう終わりかい?」


 ギィン。

 今度はきちんと斬撃に当てられた。いつの間にか背後に移動し放たれた凄まじい一撃だったが、どうにか防御が間に合った。


「よく見えているね。だが……」


 次の瞬間、眼の前に斬撃による壁が現れた。

 なまじっか見えてしまうために、もう、無理であることを悟ってしまう。

 それでも、もう終わりなのは、もったいない!!


 猪突に全力を注ぎ、フェイナさんの意識をほんの少しずらす。

 そこにわずかに産まれた隙間に棍棒の一撃を挟み込む。


「そこまで」


 パリパリと魔力によって作られた壁が俺の腹に突き刺さる剣を止めていた。


「やりすぎだフェイナ、それと、前髪」


「あんた……あら、触れてたのかい……」


 はらりとフェイナさんの前髪が地面に落ちた。

 俺の全力は、フェイナさんの前髪に触れるのが限界だったようだ……


「ちゃんと止めるつもりだったよぉあんたぁ」


「少し刺さってたぞ……まったく。ゲンツ、強くなったな」


「ありがとうございます!!」


 フェイナさんの旦那さんでシェフのフォルスさん。外の世界の経験もあるこのあたりでは伝説級の人だ。ギルドマスターと並んでこのあたりで知らぬ人がいない。

 この店を経験の浅い冒険者が見つけられないのは彼の認識阻害魔法のせいで、基本的に招待でしかたどり着けないというとんでもない実力の持ち主だ。

 そんな人間が俺のことを褒めてくれたのは、とんでもなく嬉しいし、自信になる。

 

「まぁ、これなら嬢ちゃんたちを守るくらいならできるだろ。頑張んな」


「はいっ! ありがとうございます!!」




「よく、アレ剣戟の壁に向かっていけますね……私なら、諦めていた」


「こいつのお陰でね、足掻けたよ」


 猪突の使い方にもずいぶんと慣れてきた。全方向の敵のヘイトを集めるだけでなく、指定した対象の意識を強烈に引き寄せるなんて使い方もできるようになった。 

 

「いや、それでも……」


「とにかく、旨いものも食べたし、いい経験も得た。これで明後日は思いっきり戦えるな」


 オレの心の僅かな不安も、いつの間にか晴れ渡っていた。

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