17杯目 約束

「それにしても、ゲンツさんに早い所つばを付けておいて幸運だったな」


「唾を付けるって……」


「いやー、ほんと凄いっすねー。ソロで20階まで潜れるってのも頷けるっす」


「20はよっぽど無理しないと無理だったぞ」


「無理しても無理」


「いや、得手不得手の問題もあるだろ」


「なんか、ゲンツさんって職的な仕分けに当てはまらないですよね、前衛寄りで斥候も出来て、補助的な動きも取れるし……」


「器用貧乏って言われてたけどな」


「器用貧乏が、成長し、万能へと至る。ふむ、いい英雄譚になりそうだな。

 その英雄譚の最初の一歩に我々は立ち会えるのだな」


「持ち上げ過ぎだ」


「真面目な話、ゲンツさん、ソロでの30階制覇も現実的な話だと私は感じたがいかがだろうか?」


 サルーンの問いかけ、一笑に付すような話だが、少し真面目に考えてしまった。

 自分自身の動きとミノタウロスを相手にした感触。

 ダンジョンの難易度の変化と守り手の予想される強さ……


「やっぱり、難しいと思う。探索を無視して30階まで行ける、気はする……

 でも、ソロでの守り手討伐は難しいだろうな、実際に自分で見た訳では無いが、到達者達の話を聞けば、完全にフルパーティで対応する戦闘になっているようだから、そりゃ30階ぐらいの小型ダンジョンであれば、それこそプラチナとかの冒険者ならソロでも行けるんだろうが……」


「冷静だなゲンツさんは」


「まぁ、死にたくないからな。それだけを目標に何十年と冒険者をやっている」


「凄いっすねーあたしだったらあんな力あったら突っ込んでっちゃいそう」


「私も調子に乗っちゃうなぁ……」


「君等みたいな若人はそれくらいでちょうどいい、ただ、死んではだめだ」


「ふふふ、なんだか親みたいな言い方ですね」


「まぁ、実際親と同じくらいの歳だからな……はぁ、言ってて凹んだ」


「ゲンツは子供いないのか?」


「いやいやいや、こんな貧乏冒険者が家庭なんて作れるかよ、それに俺は、冒険享楽者、冒険を辞めるって選択肢は選べねぇよ」


「しかーし、今はもう金銭的には上位層に食い込める実力装備を手に入れたわけだ。

 奥方を迎えて家を守ってもらう。なーんて生き方も選べるのでは?」


「ははは、今更……そ、そんな……」


 口ではそういっても妄想はしてしまうのがおっさんの性、家に帰ると奥さんが待っている生活かぁ……


「おかえりなさいあなた」


 なんでソコでヒロルなんだっ!

 やめやめっ!


「ないない、俺はこれから世界中を巡る冒険をしたいんだ、家を持つ気はない」


「だったらぁ……一緒に冒険をするお嫁さんはぁ……?」


「一緒に、冒険……」


 妄想が、膨らむ。


「大丈夫かケイト!」


「ええ、行きましょうあなた!」


 だーかーらー何なんだ俺の妄想は!!


「ないないないない、今のところは全くそんな事考えられない!」


「ふーん、今のところは、ね」


「そ、そんなことより、30階層に挑むためにこれからどうするかを決めていこう」


「まじめだなぁゲンツさんは、だが、そうだな。

 今日のゲンツさんの動きを見て、私が考えたことがある」


「なんだろうか?」


「ゲンツさん、守り手との戦闘では補助に徹して欲しい」


「……なるほど」


「ケイト、それはゲンツさんに失礼なのでは?」


「いや、理由は、なんか、自分で言うのもアレだが、俺が強すぎるってことだろ」


「ご理解いただけてありがたい。たぶん、ゲンツさんが前に出れば、守り手との戦闘での負担は極端に独りに集中して、我々は露払いみたいな状態になってしまう。それは我々の最初の目的と異なる。

 我々はあくまでも先に進むために助力を得たいのだ! 先に勧めてもらうためにおんぶに抱っこしてほしいわけではないっ!」


 ケイトは良いリーダーだ。若い熱さと先を見据えた目標設定、そして、高い志を持っている。

 高みに至るパーティのリーダーは皆、崇高な理念を持っている。

 彼女にはしっかりとそれが存在する。

 眩しいものだ。先を生きるものとして、こういう若者は大事にしていかなければいけない。


「ああ、俺は補助に徹しよう。

 そうすればパーティの生存率は上がるし、大きな怪我や事故も防げる。

 俺も君たちもまだ先は長いからな」


「ゲンツ、お人好し」


「こらっ、駄目でしょうそんなこと言ったら」


「いやいや、善意からだけじゃない、若人を矢面に立たせて楽をしようっていうベテランの知恵だ」


(本当にそんな事を思っていたら、口にはすまい……ゲンツさんは本当に……

 妹には悪いが、私も本気になってしまいそうだ……)


 それからは大まかに時期的なものを決めておく、2つの月が重なる日、ダンジョン内の宝が生まれ変わる重月の日。それが結構の日となる。


「貸し切りの手続きはこちらでギルドに行っておく。ゲンツさん、その日まで、よろしく頼む」


「ああ、こちらこそよろしく」


 ケイトと握手をして蒼き雷鳴と別れた。

 早めからの食事だったので、眠りにつくには少し早い、若人の手前我慢していたが、今日の自らの中に産まれた熱い熱のようなものを反芻する時間を取るのも、悪くない。

 前からは考えられないほど財布はあったかいし、今日も一杯引っ掛けて帰ろう。


「あっちゃー、見つかっちまったか」


「へっへっへ、ごちそうになりに来たぜ」


 馴染の店に入ると、知った顔が居た。ベーニッヒだ。他にも知った顔の冒険者がいる。


「今お前のはなしをしてたんだぜ」


「いい話だろうな?」


「そりゃあもう、英雄様が今度は大熊を救ったってな」


「ああ、その話か、もう広まってるのか?」


「そりゃあな、今この街の話題の中心だからなお前は」


「勘弁してほしいぜ……」


「そうは言っても、ミノタウロスを瞬殺したってのは、本当か?」


「……ああ、自分でも、驚いてる」


「そっかぁ……本当に、階位が変わると、別人になるんだなぁ……」


「ああ、怖いくらいにな」


「ま、飲め飲め! 英雄様に一杯奢ってやる!」


「悪いな、ゴチになるぜ」


 久しぶりに顔なじみの冒険者と飲む酒は、居心地が良かった。


 しかし、心の何処かで、少し、寂しさを感じてしまっていたのも、また事実だった……

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