1-2

 ユリシーズは城下を歩くのをやめて城に戻ってきた。

「ユリシーズ! 帰ってきたか!」

「……イリアス」

 ユリシーズを出迎えたのは、従兄の内の一人イリアスだ。

「はあ。やれやれ」

 そこへ先ほどユリシーズをかばった鎧の男が戻ってくる。もう一人の従兄バルドーだ。


「こいつ、男にナンパされてたぞ」

「もー。いい加減、護衛も無しに一人でうろつくなよー。立場が変わったんだからさー」

 早速バルドーに告げ口をされて、イリアスに文句を言われる。


「よし。説教だ説教」

「こっち来い。たっぷり絞ってやる」

「うう~~~~」

 ユリシーズは両脇から抱えられて、移動させられる。



「まったく。いい加減自覚を持て。今やお前は一国の王子。次期国王だぞ」

「一人で出歩くならば、やはり頑健な体は必要不可欠だな。筋肉だ。筋肉をつけろ。鍛錬が足りん」

「脳筋は黙って。そういうのは向き不向きってのがあるから」

 しきりとユリシーズに鍛錬を強いるバルドーをイリアスは止める。だが、彼が止めるのはユリシーズをかばうためではない。

「建国したばかりでやることは山積みなんだ。鍛錬をしている余裕はない。さしあたっては、明日に迫った建国祭での祝辞の内容を詰めなければ」

「まーだ、できてなかったのか!」

 そりゃいかん! とバルドーは声を上げる。

「建国建国って言うけどさ」

 長々と小言が続きそうな予感にユリシーズは顔を上げた。


「なんで、独立してんだよ! 元々はただの田舎の一領地だろ!」

「田舎というか、辺境だな。辺境ってのは他国との境だから重要拠点だぞ」

「周りほぼ森に覆われてんじゃねえか! 他国からのルートがねえよ!」

「そうは言っても、いずれ道はできるぞ。これだけ開拓を進めてるんだから」

「そもそもこっちが開拓しなきゃ道なんかできないんだよなあ!」

 ユリシーズはイライラと声を荒げる。


「道歩いてたら、その辺の老婆がパンをお食べって渡してくるような土地柄だぞ! 貴族と平民の差がこんなに薄いんだぞ! それが何⁉ いきなり王国⁉ あり得ない!」

「よそはよそ! うちはうち! 貴族と平民の距離感なんてのは国によりけり!」

「お前が痩せぎすだからパンを寄こされるんだぞ。筋肉をつけろ」

 ユリシーズが何を言ってもイリアスは嗜め、バルドーは鍛錬を勧めてくる。言葉を重ねても、まったく効力はなく、ユリシーズは無力感に包まれる。


「ま、何も浮かばないなら助言を周囲に求めるというのも、大事なことだぞ。できる人間を探して、采配するというのも上に立つ者に必要な能力だ。お前は割と頭がいいから自分一人で考え過ぎる傾向がある」

 イリアスはそう言いながら、紙を出してきた。

「草稿だ。これをもとに自分の言葉を組み立てなさい」

「おお! できてんじゃないか! もう、これこのままで良くないか?」

 イリアスが出してきた草稿を横から見て、バルドーが軽口を飛ばす。


 ユリシーズは一読して溜息を吐く。

「どうした? 気に入らないようなら、別のを一緒に考えるか?」

 イリアスが提案をしてくる。

「……俺いらないじゃん。イリアスが全部すればいいだろ」

「なーにを拗ねてるんだ」

「そんな顔しても、かわいいだけだぞ。凄味が足らんな。やはり筋肉がいる」

 不満をあらわにしても、彼らの態度は変わらない。


「いきなり独立なんかしたって、握りつぶされるだけだろうが」

「ふふん。そうはならないように取り付けたのだ」

 イリアスが得意気に笑ってまた紙面を取り出す。

「かの国と戦をしているファシオ国との同盟だ。これでプラウド国は我が国とファシオ国に挟まれた形になり、うかつにこちらには手が出せなくなる」

「な……」

 ユリシーズが絶句すれば、イリアスはにこにこと満面の笑みだ。

「おお~~弟よ。さすがの手腕だ」

「両隣の領地イプサとシュウムもこちらにつくと言ってる」

「そいつら、頭おかしいんじゃないの……」

「ここメディナとイプサ、シュウムを合わせれば、国として十分な広さがある。戦好きのプラウドといえど、これだけの広さを一気に攻め落とすことなど不可能。ましてファシオを相手取りながらなど」

「当分うちは安泰だな! そもそも独立したのも、プラウドがファシオにかまけ過ぎてこっちを無視し続けたせいだしな!」

 バルドー、イリアスが笑う中、ユリシーズは表情が暗い。


「……本当に俺いらねえじゃん」



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