建国ダンジョンーかわいいだけが取り柄ですがダンジョン攻略いたします

カフェ千世子

一章 愚者の章

1 かわいいだけがとりえです

『愚者ユリシーズの冒険


 ユリシーズは王の子として生まれた。彼は王の子でありながら、勤勉に学ばず、日々城の外を歩き回っていた。

 ある日、ユリシーズは国を挙げての祭りの最中、許嫁の娘に「お前とは結婚できない」と言った。

 祝いの席を乱したユリシーズに王は怒り、彼を部屋に閉じ込めた。だが、ユリシーズは悪魔にそそのかされて外へと抜けだした。

 そして、悪魔に誘われるままに願いがかなえられるという迷宮へと足を踏み入れた。


 迷宮にあふれる様々な宝や珍品に心を奪われたユリシーズはひたすら迷宮を探索した。

 

 そして、彼は生涯王になることはできず、命の限り迷宮をさまようこととなった。』




 血の臭いが辺りに充満している。怪我などしているのは一人だけでは? と考えて、それが己だからこんなに強く臭いを感じるのだと、彼は理解した。

 視界が狭い。体の半分がつぶれかけたのだ。顔も負傷しているのだろう。その狭い視界から、目の前の光景を見る。ほぼ床に近い位置から見えるのは、彼を抱きかかえる女の体と下あご。彼女は、彼を抱きかかえながら、別の方を見ている。

 耳に聞こえてくるのは、何者かの哄笑。





「あ、ほらユリシーズ様だよ!」

「あら~、またふらふらされてるねえ」

「あの方がお次の王様だろう? 大丈夫なのかねえ」

「大丈夫じゃないんじゃない? でも、イリアス様がいらっしゃるからどうにかなるんじゃないか」

「ねえ。イリアス様は本当に頼りになる御方だから」

 一人歩いているのは白皙の青年。あご辺りで切りそろえた髪は白金に輝き、瞳は深い青。体の線は細く、筋肉はそれ程ついていないが、すらりとしていてどこか中性的な魅力があった。

 万人が目を見張るほどの美青年だが、人々の彼を見る視線は厚意に満ちているわけではない。


「あら、イリアス様のほうがいいって? バルドー様はどう?」

「あのお方はそりゃあ、力の強さならこの国で一二を争うほどだけどさあ」

「お国を治めるとなるとねえ」

 女達はけらけらと笑う。


 女達の会話はすべてユリシーズの耳に届いていた。それに対し、色々言い返したい気持ちも湧きはした。だが、彼はそんな面倒な手段をとらなかった。



 噂話に興じる女の内、年若い女と目を合わす。そして、数秒視線を交わした後、にっこりとほほ笑んでやった。


 ユリシーズの笑顔を真正面から受け止めた女は、一気に顔を赤く染めた。彼女は言葉もなくし、ハクハクと口を開け閉めする。

「ああ~~。かかっちまったよ、はしかに」

「若い女は一回はなるんだよねえ」

「ほらっ! しっかりおし!」

 年取った女達は慣れたもので、使い物にならなくなった女の背を叩いて正気を取り戻させようとする。


 そんな女達を放っておいて、ユリシーズはその場を横切って去っていく。



「お、おお! そこの美しい人!」

 ユリシーズは急にでかい男に行く手を遮られた。

「あなたのお名前を教えてくれないか! 私と一緒に我が国へ来て欲しい!」

 そのでかい男は言いながらユリシーズの手を取ろうとする。ユリシーズはさりげなく後ずさり、それを交わす。

「突然のことで驚かせてしまったかな。すまない。私は怪しいものではない。私は、実はある国の……あー……身分を明かせないし証明するものはないのだが……あなたに不自由な暮らしはさせないと誓う! だから、是非私と」

 男はユリシーズを女性と見間違えたのか、熱心に口説いてくる。

 ユリシーズはこの時、ケープを身に着けていたので上半身の体の線は隠れていた。

 男は見た目にも美しく輝く立派な鎧を身に着けていた。一目で騎士か何かだとわかる身形をしている。顔立ちも鼻梁が通っていて整っている。この男のような艶やかな金髪に鮮やかな碧眼は近隣国には高位貴族に多い。だから、この男もやんごとない血筋であるのは想定できる。


 そんな貴族らしい男が一人でこんなところで何をしているのか。


 ユリシーズが考えている間にも、男は熱心に口説きながら距離を詰めてこようとしてくる。それを一歩下がることで距離をとる。隙あらば顔を覗き込んでくるので、すいっと視線を逸らす。

 見つめ合いたくない。目力が強くて威圧感を覚えて怖いのだ。



「何をしている!」

 ユリシーズの背後から、朗々とした声が通る。聞き慣れた声に振り返れば、見慣れた鎧に知った顔。つかつかと歩み寄ってこられて、ユリシーズはでかい男達に挟まれそうになる。するりと抜け出して、見慣れた鎧の背後に回る。


 ……? 見慣れているはずの背中なのに鎧に見たことのない傷がある。この男は相当強いはずだが、こんな背中に傷を受けることがあるのだろうか。また、あれだろうか。鍛錬だと言って、部下に背後から攻撃をさせたのだろうか。


 そんなことをつらつら考えていると、目の前の男達の言い合いは熱を帯びていた。


「私は怪しいものではない! 彼女に心を奪われてしまったので、婚姻を申し込もうとしただけだ!」

「お前が怪しいものかどうかはこの際どうでもいい! お前が心奪われた相手はお前が婚姻を申し込める相手ではない!」

「身分差か⁉ 彼女は高位なのか? それならば問題はない!」

「身分の問題ではない!」

 代わりに説明してくれそうなので、ユリシーズはその場を離れることにした。


「こら! ユリシーズ! どこへ行く!」

「ユリシーズと言うのか! ……男性名では?」

 名前を教えんなよと思いながら、走り去る。

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