第20話

「あいつら……わざわざグループメッセージで……」


 首を傾げていれば、シンはその画面を見せてくれた。そこには四人で作ったグループメッセージの画面が映し出されている。


『楽しんでるかー!? イチャついてるー!?』

『あっつあつラブラブデートしてるー!?』


 あすやんとりっぷが、ほぼ同時に送信している事と内容に、思わず苦笑する。

 自分のスマホを取り出して操作をする。


『めっちゃくちゃ楽しんでます!』


 私の送った内容に、シンは驚いたように目を見開いて此方を見た後、軽く微笑んでくれた。


「事実だから」

「それは光栄な事で」

「後でペンギン!」

「……楽しいねぇ、水族館はねぇ」


 シンは呆れたような棒読みをしながらも、それでも詩帆が楽しいなら良いかと呟いていた。本当に優しくて面倒見が良い人だと、思わずシンの幸せを願ってしまう。

 その反面、何故自分はこんなにも不幸なのだと言う気持ちも沸き起こる。

 そんな気持ちを押し殺し、私はめいっぱいイルカショーを楽しんだ後、ペンギンを堪能し、クラゲのコーナーへ行く。

 ゆらゆら漂い、行く当てのない様は、まるで私の心のようだ。


「大丈夫か……?」

「……うん」


 ボーッと眺めていれば、シンが心配そうに声をかけてきた。けれど、笑い返す気力もなく、ただ小さく頷く。

 そんな私にシンは頭をポンポンと撫でるかのように手を置いた後、表情を一変させた。


「飯行こう! もぉ腹減った!」


 話題を変えるかのように、ふざけて言うシンに、私もふざけて返す。


「あ、刺身!?」

「肉って言ったろ!」


 言って、シンは私の手を握ると、水族館を出て近くにあるレストランへ向かった。


『シン坊なら安心できる。まぁ、しぃの気持ち次第だけど』

『正直、ロイナルさんよりシンさんの方が、しぃさんには合ってると思う』


 個別に送られてきたメッセージ。けれど、二人共同じような事を言っている。

 第三者からは、そう見えるのかと、ボーッとして画面を見ていれば、シンが声をかけてきた。


「どうした?」

「ううん、何でもないよ。ただ、個別に揶揄われただけ」

「あいつら暇か」


 レストランで食事をとった後、港にある公園を散歩する。

 波の音と潮の匂いに心が洗われるようだ。それでも、なかなか落ちない位に、私の心は色んな感情がどす黒く巡っている。


「甘いスイーツでも食いに行くか!」

「賛成~!」


 私の気分が落ち込んでいるのが、すぐにわかるのか。シンは毎回タイミング良く違う所へ連れて行ってくれる。もしくは、それだけ私が分かりやすいという事なのかもしれないけれど。

 シンは、暗くなる前に帰れるようにと私の最寄り駅近くのカフェを提案してくれた。そんな細かい所にも気が付くなんて、と感動する。


「いや、ほんと慎司に彼女居ない事が不思議だわ」


 桃と紅茶のケーキにカフェオレを堪能しながら言えば、シンはブラックコーヒーをソーサーに置くと、真剣な表情でこちらを見て来た。


「俺はさ、詩帆が幸せであれば良いし詩帆の幸せを望んでるけど、詩帆は今、胸を張って幸せだと言えるか?」


 思わずフォークを落としそうになる。

 そんな事、言える筈ないのはシンだってよく分かっている筈だ。

 何も言い返せず俯く私に、シンは更に言葉を連ねる。


「詩帆は、俺は勿論、明日香や楓にも大切に思われてるんだから、もっと自分を大切にして欲しいだけ。あんま自暴自棄になるなよ?」


 あすやんとりっぷの事も出され、嬉しさと、そして情けなさに、涙が目に溜まっていくのが分かる。

 泣かないようにこらえようとするけれど、今にも頬を伝い落ちそうだ。

 ロイさんと知り合って幸せだったとは思うけれど、恋は盲目というように、ネット配信者でゲームでの知り合いに浮かれていただけだ。時間や身体までも捧げたのは自分を大事にしていると、本当に言えるのだろうか。

 後悔はない、本当に幸せだった。だけど、何が正解なのかなんて分からない。

 ただ分かるのは、自分の心のままに動いて、自分の心を傷つけまくっているという事だけだ。


「俺、詩帆に会って、再確認というか実感というのが湧いたんだけどさ」


 少し言いづらそうに。だけど真剣に、シンはこちらに視線を真っすぐ向けながら言葉を続ける。


「俺、詩帆の事、好きだわ」

「え」


 友達としてではなく? という言葉を飲み込んだ。

 シンの性格からして、そんな事を軽々しく口にしないからだ。


「だから諦めろとか、俺と付き合えとか言うつもりはないけど。逃げ道くらいにはなるから」

「それこそシンの自己犠牲じゃないの?」


 少しだけ嗚咽が漏れる声で言えば、シンは少しだけ寂しそうな顔をした。


「俺は、俺にとって大事な詩帆が、幸せで自分を大事にしてくれれば、それで良いんだ」


 もぅ涙が止まらなかった。

 隅のテーブルで良かったと思える程に、私は嗚咽を堪えながら、ボロボロと涙を零す。そして、自分をここまで大事に思ってくれて居る人がいるという感謝の気持ちから、決意する。

 ロイさんと離れて、自分を大事にしようと。

 諦めて、私は私の幸せを追い求めて、楽しい人生を歩もうと。諦めきれるまでは辛いかもしれない、けれど、私にはこんなに良い仲間が居るのだ。

 決意した私の行動は早かった。

 その夜、私は一通のメッセージをロイさんに送った後、ブロックした。


『私はロイさんが大好きだったんだよ。今までありがとう』


 過去形で。自分自身の思いを吹っ切るかのように。

 私は、全力で前を向く。

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