第18話

「会ったらHしよって言われてるし、したら責任取って付き合ってとか言われてるしな~」


 そんな事をコメントでやり取りする筈もないし、そこまで突っ込んだ事を言える自信があるとするのは、それだけの仲だという事ではないのか。


「スマホの連絡先、知ってるの?」

「ああ、うん。この前交換した」


 勇気を出して振り絞った言葉に、サラッと返される。

 そんな簡単に、スマホの連絡先を教えるの?

 しかも、相手は私が不快感を示した、べびぃどぉるだ。


「いつの間に、そんな仲良くなってるの~? 驚きだよ」

「数日前だなぁ……えっと……」


 聞けば、私と喧嘩した日だ。ロイさんは覚えていないのか、何事もないように話すだけ。

 ロイさんは、すぐ次の誰かへと行けるのだという事を知り、思考回路が停止したような感じになる。それでも、必死でロイさんの話に付いていくけれど、それだけで精一杯どころか限界に達している。


「ありがと、しぃ。またね」

「……またね、ロイさん」


 駅まで送ってくれたロイさんと別れる。ありがとうは、何に対してだろう。欲求不満を解消してくれたお礼? なんて、自虐的な考えまで浮かんでしまった。

 また、なんてあるのだろうか。

 ただ、こちらを振り向く事なく去って行くロイさんの背中を、見えなくなるまで、ただ見つめた。

 ずっと、感情が入り乱れる。

 他の人は、というか、べびぃどぉるはロイさんの本名を知っていたりするのだろうか。まさか、皆知っていて、私だけが知らないとかあるのだろうか。充分あり得る話だと思えてしまう。

 それに、べびぃどぉるとのやり取り。付き合いたくないからHをしないとも取れる。つまり、私はHだけ出来る存在だったと言うわけで。

 だけど。それでも。


「好きなんだよなぁ……」


 家についてから、耐えていた涙が零れ落ちる。

 会って嫌いな所を見つけるどころか、優しさを知って、温もりまで知った。それにより自分の好きな気持ちを再確認させられただけなのだ。


「諦められないよぉ……」


 馬鹿だ。馬鹿でしかない。

 自分で自分を罵るけれど、それでもこの感情が沈下する事はなく、燃え広がるだけ。涙と一緒に流れて消え去ってくれれば良いのになんて願うけれど、そんな事が叶うわけない事も知っている。

 苦しい、辛い、切ない。だけど好き。

 三十代になってまで、こんな恋愛すると思っていなかった。

 一緒に居て心地いい相手を見つけるか、婚活で条件の良いパートナー的な人を見つけて、結婚でもするのかと、安易な未来を描いていたのに。現実は、これだ。


「今……だけは……」


 泣いて、泣いて、泣いて。思う存分、涙を流して。

 明日から、また仕事に行かなくてはいけないのだから。こんな事があっても、日常は変わらず過ぎていくのだから。




 ◇




『大丈夫か~?』

『目の腫れがキツイ』

『冷やさないから!』

『まぁ、女の影というか、すぐ次の女がいるって言われたら、そうなるだろよ』

『シンの言う通り都合良い女よね……怒られそう』

『シン坊なら呆れ果てるだろうけど、心配もするだろうよ』


 グループメッセージに報告をすれば、心配された。あえて連絡をしなかったし、夜になっても報告がなかったから、上手くいったのだと、ゲーム内であすやんとりっぷが喜んでいたそうだけど。


『こんな報告になって申し訳ない……』

『いや、まぁ、ある程度予測はしてた(笑)』


 散々シンにも止めとけと言われていたし、今もまだ不確定要素な年齢くらいしか知らないわけだから、そうなのだろうけれど。


『ねぇ……ロイナルさん、配信してるけど? 良いの?』

『えっ!? しぃ、吹っ切れた!?』

『……聞いてない』

『あっ』

『うわぁ……』


 配信の連絡をくれないなんて、初めてだ。

 どうして、何で、という言葉が頭を駆け巡る。

 会った時、嫌われるような事をした?

 それとも、もうセックスしたから用済みとか?

 溢れる涙を拭いながら、ロイナルちゃんねるを表示させる。


 べびぃどぉる:リクエスト配信ありがとー(はぁと)


「どういたしましてー。このエリアの攻略方法だよね? 他の人も復習がてら、良かったらどうぞ! 新しい隠し通路も実は見つけてるんだ」


 べびぃどぉる:隠し通路!


 リクエスト配信。いつの間に、そんな仲になっていたのだろう。

 あれだけ泣いたのに、また涙が溢れ出す。私はこのまま、干からびてしまうのではないかと思えてくる。


「……冷やそう……」


 りっぷに言われた言葉を思い出して、明日も仕事だからと考えて行動する理性が自分には残っている。それが救いだと思いながら、私はもう配信を見たくないと、画面を閉じ、ベッドへ横たわった。

 止めどなく溢れる涙に、頭痛を催しながらも泣き疲れた私は、そのまま意識を失っていた。




 ◇




『昨日、急遽配信してたんだー!』


 何事もないかのような、軽いメッセージがロイさんから送られてきたが、私の心は浮足立つ事がない。


『そうなんだ。連絡なかったから知らなかったよ』


 感情のこもらない、文字だけのやり取りとは、まさにその通りだ。この文章には何の気持ちも乗っていない。


『そして新しい動画もアップしました!』

『見てみるね』


 報告されたからには、一応見ないといけないだろうな、今までそうしていたのだし。なんて変な義務感が生まれている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る