修業1
ロッソ王国を出発して二日後、ガブリエラは隣国のプランタス王国に到着し、現在、ある薬屋の前に立っている。
その薬屋には、『ファルマシア・シルバ』という看板がかかっている。街にある他の建物よりは小さいが、建物自体も店の前にある花壇も、きちんと手入れされていた。ガブリエラは、若干緊張しながら木で出来たドアを開けた。
中に入ると、植物の独特な匂いが鼻を突く。「いらっしゃい」という声が聞こえたかと思うと、薄暗い店の奥から一人の女性が現れた。
長い銀髪を緩く束ねた五十代くらいの女性。彼女が、ロマーナの師匠であるダフネ・シルバに違いない。
「こんにちは。私、ガブリエラ・サヴィーニと申します。本日からこちらで薬師になる修業をさせて頂きます」
「……ああ、あんたがロマーナの紹介で来るっていう貴族様か。私が店主のダフネだ。まずは荷物を部屋に置いた方が良いね。付いてきな、案内する」
「はい」
ダフネの言葉には棘があるような気がしたが、ガブリエラは素直に従った。
薬屋の二階は自宅部分になっており、階段を上がってすぐの場所にある部屋がガブリエラの部屋だ。今日から、この部屋に寝泊まりするのだ。
「作業用の服は持って来たかい?」
「はい」
「じゃあ、着替えたらまた下に降りてきな」
そう言って、ダフネは階段を降りて行った。
以前ロマーナからもらった薄い緑色の作業着に着替えると、ガブリエラは一階に降りて行った。ワンピース型の作業着は可愛らしく、心が躍った。
「来たか。……言っておくけど、最初の一週間は雑用だけしてもらうよ。早速だけど、店の奥にある物置に掃除用具があるから、それで店内の掃除をしてもらおうか」
「はい、わかりました!」
笑顔で返事をするガブリエラを見て、ダフネは拍子抜けしたような顔をしたが、掃除をする上での注意点を伝えると、「じゃあ頼むよ」と言って、薬の調合を始めた。
掃除やら商品の整理やらをこなし、あっという間に一日が終わった。そしてガブリエラは今、二階にあるリビングでダフネと一緒に夕食を取っている。
「……あんた、料理できたんだね」
ガブリエラが作ったシチューを食べながら、ダフネが呟いた。
「はい、料理は得意なんです」
「でも、貴族が自ら料理をする事なんて、あまりないだろう?」
「まあ……色々ありまして」
前世で料理人だったとは言えない。
「……まあ、仕事をしっかりしてくれれば、なんでもいいよ」
ダフネは、そう言ってシチューを口に運んだ。
それから一週間、ガブリエラはよく働いた。
「ガブリエラ、二階の掃除をしておくれ」
「はい」
「食料の買い出しを……」
「はい!」
「商品の箱詰めを手伝って……」
「はい、喜んで!!」
「……」
「師匠、次は何をしましょうか?」
丁度一週間経った日の夜、食事を取りながらダフネは呟いた。
「……悪かったね、私、あんたの事を誤解してたよ」
「はい?」
話を聞くと、ダフネは弟子になるガブリエラがどんな人間なのか、事前に調べていたらしい。すると、男子生徒に色目を使うだの、下の身分の者に当たりがきついだの、悪い噂ばかりが耳に入って来た。なので、修行も不真面目だったり雑用を拒否したりすると思っていたらしい。
しかし、いざ一緒に働いてみると、真面目で思いやりがあって素直な良い子だった。なので、誤解していた事を謝りたくなったとの事だった。
「……あの、以前の私の生活態度が酷かったのは、事実ですから……謝らないで下さい」
ガブリエラは、冷や汗をかきながら言った。そんな風に謝られると、恐縮してしまう。
「……実は、以前にも私の下で修業したいっていう者が何人かいたんだけどね、まあ酷かった」
「はあ……」
「雑用をさぼったり、『こんなに薬師になる為の勉強が難しいなんて聞いてない』って怒ったり……」
「あら……」
「挙句の果てに、店の商品を盗もうとしたり……これはもう、犯罪だね」
「わあ……」
「つまり、何が言いたいかというと……その……今回来てくれたのがあんたで、良かったよ。明日から、薬の専門的な事を教えるからね」
「……ありがとうございます!」
ガブリエラは、満面の笑みで言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます