仮面舞踏会5

 マティアス達は、先程とは別の裏路地に逃げ込んだ。マティアスはリディオの腕の傷口を確認すると、リディオのシャツを破き、ハンカチを巻いた。しかし、なかなか出血が止まらない。

「……まずいな」

 マティアスはそう言うと、懐からナイフを取り出し、自分の左腕を切りつけた。腕から流れる血を右手で受け止めると、その手をリディオの口に持っていった。

「飲め。そうすれば出血は止まるはずだ」

「……ありがとうございます」

 そう言って、リディオは血を飲んだ。


「……しかし、聖女様が何であんな所にいたんだ?」

「……恐らく、麻薬の取り引きをしようとしていたのでしょう。ヴァレンティ家に仕えていた時、私が彼女の事を妄信してしまったのは、恐らく何らかの薬物が原因。彼女は、日常的に麻薬を使っていたと思われます」

「そうだったのか……。とにかく、屋敷に帰って対策を考えよう」

 マティアス達は、足早に屋敷へと向かった。


 屋敷の玄関のドアを開けると、すぐにマティアスは異変に気付いた。誰も出迎えに来ないばかりか、人が動いている気配が無い。急いでリビングに入ると、マティアスは目を見開いた。


 ベルナルドが窓の側に倒れており、プリシッラがテーブルに突っ伏して寝ている。そして――ガブリエラの姿が、どこにも無かった。


「おい、何があった!?」

 マティアスは、ベルナルドを抱き起した。ベルナルドは、意識を取り戻すと、弱弱しい声で言った。

「……君達が出掛けた後……三人で夕食を取って……リビングで話してたんだ。そしたら、急に眠くなって……。かすかに変な匂いがしたから、窓を開けて換気しようとしたんだが……その前に倒れてしまって……」


「催眠作用のある薬物が気化して部屋に充満したようですね……」

 リディオが、眉根を寄せて呟いた。

「何か心当たりは無いのか?」

 聞かれて、ベルナルドは言葉を発した。

「そう言えば、プリシッラ嬢が、知り合いの薬師から新しい商品の見本をもらったと言っていた気がする……」

「その薬師の名前は聞いたか?」

「……ああ、確か、ロマーナ・チェステとか言っていたかな……」


 その名を聞いて、マティアスは唇を噛んだ。

「お知合いですか?」

「……ああ、昔からよく知ってる」

 リディオの質問に、マティアスは顔を顰めながら答えた。

「ガブリエラ嬢は、そのロマーナという女性の元にいるのでしょうか」

「……その可能性は高いな。ロマーナの家は知っているから、今から行ってみる」

「では、私はここでプリシッラ嬢の様子を見ていましょう。ただ眠っているだけだとは思いますが」

「ガブリエラの護衛を任された者として責任を感じる。私はバルト伯爵に同行しよう」

 そして、マティアスとベルナルドは玄関を飛び出した。マティアスは、唯々、ガブリエラの無事を祈っていた。

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