仮面舞踏会3

 音楽がかかり、多くの者がパートナーとダンスを踊り始めた。しかし、小規模とはいえそれなりの人数がいるので、踊らない者がいてもあまり目立たない。マティアスとリディオの他にも、踊らずに会話をしている人々がいる。


 マティアス達が、不審な動きをしている者がいないか目を光らせながら用意された飲み物を飲んでいると、近くにいる男性達の会話が聞こえてきた。

「おい、見たか?さっきすれ違った赤毛の女」

「ああ、スタイル良かったよな。……ああ、あそこで踊ってるぞ」

「何だ、パートナーがいたのか。俺、ダンスに誘おうと思ってたのに」

「残念だったな。……赤毛と言えば、新聞を読んだか?」

「ああ、ガブリエラ・サヴィーニだろ?聖女様を暗殺しようとしたって」

「怖いよな。でも、あの女ならやりかねないよな」

「そうだな。プライドが高くて、普段から下の身分の者への当たりがキツかったからな。……でも、話題は豊富だったな。実は俺、一度だけあの女と食事した事があるんだ」

「そうなのか。彼女を抱いたりしたのか?」

「いや、あの女、男に色目を使う割に身体は許してくれなくてさ。……しかし、残念だな。美人だったし、今回の事件さえなければ、愛人くらいにはしたかったな」


 マティアスは、とてつもなく不愉快になった。今の彼女の事など、知らない癖に。ガブリエラは、優しくて義理堅くて、ヴァンパイアである自分に進んで血を提供する程の女性だ。自分なら、愛人などにしない。もっと大切にする。


 マティアスは、もう自分の気持ちに気付いていた。ガブリエラの事を、愛している。


「バルト伯爵、場所を移動しましょうか。あちらにも、踊らずに話している方々がいらっしゃいますよ」

「……そうだな」

 二人は、話を続ける男性達に背を向け、その場を後にした。


 マティアス達が移動してしばらくすると、マティアス達の側を二人の男性が通り過ぎた。二人の会話を聞いて、リディオは目を見開き、マティアスに小声で話しかけた。

「……バルト伯爵、あの二人、エスト語で話しています」

「……とうとう現れたか」

「私、跡をつけてみます」

「気を付けろよ」

 そして、リディオはマティアスの元を離れた。


 エスト語を話していた男性達は、劇場から出て行くと、大通りの道を曲がり裏路地に入って行った。リディオは辺りを見回したが、他に人の姿は見当たらなかった。

 リディオも大通りを曲がったが、目を見開いた。裏路地には、誰もいなかったのだ。よく見ると、裏路地にある建物と建物の間に、人一人通れる位の隙間がある。二人はそこに入ったのだろう。

 進んでこんな隙間を通るわけがない。尾行をまく為に入ったのだろう。自分の存在に気付かれたかもしれない。


 嫌な予感がして引き返そうとした時、辺りに小さな銃声が響いた。痛みが走り、リディオの右腕から血が流れる。リディオは、背後から拳銃で撃たれていた。

 リディオが振り向くと、そこには見覚えのある女性がいた。栗色のボブカット。皆が見惚れるような笑顔。――紛れもなく、アンジェリカだった。


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