騎士の来訪4

「しかし、お詫びとして要求した事が『食料の買い出し』とは。ガブリエラ嬢は面白い方ですね」

 書斎で、リディオが言葉を発した。側にある机で書類に目を通していたマティアスは、リディオの方に目も向けずに言った。

「そのおかげで俺は書類の整理をお前に手伝ってもらえるわけだし、まあいいんじゃないか」

「今は私の代わりに、ベルナルド様と二人で夕飯の支度をして下さってますしね」


 リディオは、そう言うと棚に書類をしまっていく。そして、ある書類に目を向けると、一瞬目を見開いた。

「おや、バルト伯爵は孤児院に寄付をなさっているのですか?」

 伯爵家の収支に関する書類だった。

「ああ。俺は寄付なんてするつもりなかったんだけどな。俺の両親のモットーが、『偽善でもいいから、人の為になる事をしろ』だ。人に優しくすると、自分に返ってくるんだとさ」

「ほう、偽善ですか」


 リディオは笑ったが、ふと思い出したように言った。

「そう言えば、ガブリエラ嬢を助けたのも、偽善ですか?私には、心の底からガブリエラ嬢を助けようとしているように見えましたが」

 マティアスは、書類にサインする手を止めた。


「……放っておけなかったんだよ」

 万年筆をクルクルと回しながら、言葉を続けた。

「気晴らしに夜の散歩をしていたら、川の側で倒れていたあいつを見つけてな。最初は、放っておこうかと思ったんだが、寝覚めが悪くなりそうで、つい連れてきてしまった」

「何だ、偽善ではなく、本当に優しい人間ではないですか」

「うるさい」

 マティアスはそう言ってリディオを睨むと、再び書類に目を向けた。


「ありがとうございます、ベルナルド様」

 ガブリエラは、キッチンでジャガイモの皮を剥きながら言った。

「いや、気にしないでくれ。私が申し出た事だ」

 ベルナルドは、紫キャベツを切りながら笑顔で言った。

 騎士がキッチンに立つなどあまり見られる光景ではないが、ベルナルドは昔から料理に興味があったようで、どことなく楽しそうだ。


 「でも、お詫びとか、口実ですよね。本当は、私達を助けようとしてくれているだけですよね」

「まあ、大切な友人だからな。……例え君が、何者でも」

「え?」

「君、ガブリエラではないだろう?少なくとも、心は」


 以前ベルナルドに砕けた口調だったガブリエラが急に敬語を使うと、違和感を持たれるとは思っていた。しかし、心がガブリエラでないと指摘されるとは。

 「よくわかりましたね。私、前世の記憶を思い出したんですよ。しかも、聖女様に殺されそうになった時に」

「それは大変だったな」

 二人は、穏やかな笑顔で語り合った。ベルナルドがガブリエラの言葉をどこまで信じたかはわからないが、ベルナルドとは良い関係を築けそうだと思った。


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