第254話 イリアは飼えそうにない
岩山宿泊所の上で警戒状態の22名は、イリアたち、というかハァレイのことを時々心配そうにのぞき込んでくる。
草ネコグマが餌を食む様子を堪能したリーナが戻って来て、ガーラの話を全員で聞く。
「もう先月ということになりますか。我ら氏族の
「あのデカい水魔法使いか」
ハァレイと共にザファル襲撃に加わった巨漢だ。面布のせいで顔は覚えていないが、頭髪をすべて剃り上げていたという事だけ覚えている。
イスキーによって頭骨に穴をあけられずっと意識を取り戻さず、死にかけていたと言っていい。
「1日だけ安静にさせてから、本郷へと移送されたということでした。そしてそのすぐ後、尋問が成果を出す前にティニカイスに襲撃があり、その水魔法使いは生きたまま連れ出されてしまったそうです」
「襲撃ですって!?」
悲鳴のような声を上げたのはザファルだ。
氏族長会合の間ティニカイスは長姉ルナァラが仕切っている。
「落ち着きなさい。あなたの家族は無事のようです。ただ、守備兵や氏族長家郎党に犠牲者は出たそうです」
「そんな……」
「襲撃犯は、言わずとも誰か分かりますね?」
右隣に座っているハァレイがその答えを呟いた。
谷の吊り橋でイリアとも対峙した、奇妙な名を名乗る長身の敵女戦士『
「いつのことです。どれ位の規模の襲撃ですか」
「夜中の奇襲だったそうです。隠密的というよりどちらかと言えば威力襲撃の様相だったとか。ティニカイスに対してそれを成すには10人や20人では無理でしょうね」
イリアは思わず息をのんだ。
5人に減った仲間を連れ、各氏族が出している警戒令に追い詰められてネズミのように小さくなっているとばかり思っていた敵が、どこからか集めた大戦力を率いて人口最大の氏族本郷で好き勝手な真似をしたという事か。
「民にも犠牲が出たのでしょうね……」
「それも分かりませんが、まあ皆無ではないでしょう」
「襲撃が起きたのはいつのことなのでしょう。父には伝わっていないんでしょうか?」
「報せがヤスィルに届いたのは21日。
地図上の二点を直線で結ぶと80から90キーメルテ。中央連山を突っ切るのは危険なので、大回りすると倍の距離になる。
レベル40以上の身体能力に優れたの者なら一日でもなんとか行ける距離ではあるが、何か事情があったのだろうか。
ともかく、そんな大事件があったのにもかかわらずイリアたちは気づきもせずに日々を過ごしていたことになる。
「そんなに前なんですか!? それでどうして、なんで今日までのんきに会合なんて続けているんです!」
「スァスら襲撃犯が
21日に報せが来たのならば、その後もう10日も経っていることになる。事件への対応を考えるだけにしてはさすがに長すぎるように思える。
「……大変なのはわかった。だが、それとハァレイはもう関係ない話だろ?」
カナトのいう事は正しい。
結局ハァレイはスァスに利用されただけのようなもので、それ以上のつながりはない。ティニカイスが襲われた夜はイリアたちと一緒にいた。たしかレベル戻しに成功した前の晩だ。
「つまりなんですかね、スァスについてハァレイや俺たちから聴き取りをしたいということですか?」
「……少し違いますが説明するには時間がかかりすぎます。魔物の腹ごしらえも出来たようですし、もう出発しますよ」
カナトが異を唱え、「処分が決まっていないのにハァレイを連れて行こうというなら見返りが要る」と要求する。
ガーラの一存でどうにかできることでもなさそうだが、
ハァレイに合わせて安全な道を行くなら3日かかる行程。魔境森林を突っ切って直進するとはいえ、今までにない長距離高速移動ということになる。
草ネコグマに全員で乗るのは無理だそうだ。重量というより乗る場所の問題のようで、最大でも4人まで。
騎手であるザナイルとハァレイの他は2人だけしか乗れないという事は、他6人のうち4人は自力で走る必要がある。
重い荷物は背負い袋から出し、刈り上げ5人組にあずかってもらうことにした。カナトなどは
まず最初に、騎手ザナイルの後ろにハァレイ、そしてリーナとザファルの兄妹が乗って西北西にまっすぐ進む。
イリアカナト、ガリムとガーラが自力で追いかけたが、草ネコグマの走行速度はかなりのものだった。
半刻進んだところでガリムが音を上げる。鎧もある程度重装備だし大斧も10キーラム近い。リーナと交代し、『牛首刈り』と大斧はガーラが持ち運ぶことになった。
背中に大剣を背負い、右手に大斧、左手に大ナタを持った全身鎧のガーラの装備重量は合わせれば70キーラムにもなっているが、その後1刻走り続けても息も切らさない。
細かく休憩をはさみ、そのたびにハァレイとガーラ以外は入れ替わる。
途中、小さな崖に何度も突き当たった。全員自力でよじ登れるが、そうすると時間がかかってしまう。
直立して前足を伸ばすとその高さが5メルテにもなる草ネコグマが、ザナイルの指示に従って一人ずつ持ち上げて運んでくれた。驚いたことに魔物は片手で人間を掴むことが出来るのだ。
本人というか本獣は、長い爪を引っ掛けてなんの苦もなく崖を登る。器用で賢く、力強いうえに見た目もいい。
もっと険しい崖は地図にも載っているので避けられる。草ネコグマの力を借りれば乗り越えられる崖の2つ目を越えて、ザナイルの後ろにハァレイ、その後ろにイリア、最後にリーナが乗るという順番になった。
首輪から延びる鎖を握り、もう片方の手は魔物の体毛を掴む。やわらかそうな見た目に反しゴワゴワとしているがその分丈夫で、かなり体重をかけても痛くはないのだという。
「なあイリア! こんなにいい魔物が飼えるなら【魔物使い】って最高のアビリティーじゃないか⁉
「まあ、うん」
重低音の足音でよく聞こえず、激しい上下運動で実際そこまで楽ではない。乗りっぱなしのハァレイもぐったりしているように見える。
リーナがはしゃぎすぎているのは故郷でおきた大問題から目をそらそうとしているのか、あるいは目の前のことに集中しすぎているだけかもしれない。
遠くの方にヘビオオカミの群れらしき影が見えて、草ネコグマは立ち止まり体を持ち上げた。ザナイル以外は一度降りる。
体格のわりにはあまり大きくない声で、魔物は「ガァ」と吠えた。5頭ほど見えていたヘビオオカミはその声でこちらに気付いたようだ。するすると地を這って南に逃げていく。
「すごいすごい、きっと戦っても強いんだろうな! 私も欲しい、どうすれば飼える!?」
ザナイルが騎乗したまま振り返った。頭までかぶっていた赤い毛皮がずれて、伸ばしっぱなしの黒髪が風に揺れる。
「……仮に【魔物使い】だったとしても、お前に草ネコグマは飼えない。これはラハーム教自治領から奪ったもので、この国には一頭しか居ない。元の生息地は皇帝国本領のはずだ」
「そうかぁ…… じゃあ他にかわいくて強い魔物はいるのか?」
「あまりいないな。カザマキヒョウはスダータタルで捕まえられるものの中なら見た目がいいが、なかなか人に慣れない。言ったように、凶化しないだけで野生の
「はあー、簡単じゃないんだなぁ……。じゃあせめて今日だけはいっぱい触ろう」
ザナイルの手には先が尖った鉤状の鉄棒が握られていて、それを顔付近にちらつかせて草ネコグマを操っている。言うことを聞かなければ痛い目にあわせるという事なのだろう。
初めて見る【魔物使い】と魔物の関係とは思っていたよりも殺伐としたものだった。
【不殺(仮)】も凶化を一時的に解除できるので、ひょっとしたら【魔物使い】の真似ができるのではと期待があった。だが2刻間でそういう主従関係を作り上げられるはずがないし、一度倒すたびに仮想レベルが下がっていくのでは魔物は弱って、ひどい場合死んでしまうだろう。イリアには魔物を飼える未来はやってきそうになかった。
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