第191話 質屋
現在イリアたちが居るクトークの街はウズベラシア州に属している。
ウズベラシアはアクラ川河口域東岸と大湖海北岸に面している大きな州だ。
人口はアシオタル州、ライマン州に次ぐ107万とイリアは習ったが、国内のどこでも人口は増えつづけているので正確な数字ではないだろう。
せっかく南に来たのだからこのまま州を縦断し、大湖海まで行ってみたい気もしないではないが、寄り道をしている場合ではない。
それにクトークの東から続く街道は小湖海に向かって伸びている。スダータタル族長国に隣接するバスポビリエ州は小湖海の北岸に面しているので、順調にいけば数日後には海を見られるだろう。
入街審査が行われている東門を遠目に見ながら、ぐるりと回って南側へ。
人柄のまともそうな者に道を聞きながらクトーク壁外地域をうろうろと進んでいくと、やがて見慣れたずんぐり屋根の密集する場所が見つかった。
「なんだおめーら。ここに何の用だコラ」
溜まりの入り口、でこぼこの丸太で出来た門の前には見張り番とみられる男が立っていた。ものものしく、ナジアの溜まりとは
「オレは『央山の民』のカナトという。ナジアの溜まりから昨日やって来た。教えてもらいたいことがあるので、ここのまとめ役に会わせてくれないか」
「オルターワダムだぁ? ほんとかよ?」
「神と両親の魂に誓う。タァウ ラハーガ 、アーラニィン ワァーティーシ」
オルターワダムは『
カナトの言った言葉は意味が分からないが、たぶんヤガラ語だ。
短いひげをあごの周りに生やした見張りの男はよく見ればまだ若そうだ。冬だというのに太い前腕を上着からはみ出させている。柄も刃渡りも長い幅広の曲刀が
ヤガラ語での挨拶か何かの言葉に納得したのか、男は態度を軟化させた。
「まあいいだろ、そっちのちいせぇのは?」
「友人だけど」
「友達だからってダメだ。入っていいのはおめーだけだ、やせっぽち」
「……」
「心配すんな。オレが通したんだからおめーは無事に出てこられるし、ちいせぇのもおめーが戻ってくるまで無事にしておいてやらあ」
カナトが心配そうに見てくるがあまり警戒してもしかたがない。
見張りが居るという事は、この場で犯罪行為が発生する危険はむしろ少ないかもしれない。
門をくぐって奥へと進むカナトを見送り、居心地悪い思いで通りを行く人々を見ていたら、見張り番の男が話しかけてきた。
「おめーもあれだろ、本当は少し混じってんだろ」
「え?」
「肌の感じで分かんだよ」
「ああ…… 母親が少しラハーム系の血を引いてたよう、です。ベルザモック開拓に参加した教国棄民の流れだとか」
「なんだそれ。古い話みてぇだな、興味ねぇ」
「……はぁ」
「座ってろよ。やせっぽちが帰ってくるまで突っ立ってるつもりか?」
男は丸太の門に寄り掛かった。粗末な造りの門は、筋肉質の男の体重に軋みを立てた。
背負い袋を横にして置き、主に衣類が入っているその上に腰かける。
意外に話し好きの性格だった見張りの男は、およそ半刻の間ずっと、溜まりの外の住民がいかに意地悪なのかを語り続けた。
無事に帰ってきたカナトは眉間にしわを寄せ、いくらか憤慨した様子だった。
「いくぞ、肉屋の婆さんとこ戻ろう」
「……鑑定はどうなった?」
「おいこら! でけえ声で話すんじゃねぇ!」
見張りの男が怒るのはもっともなので、荷物を担いでいそいで離れた。
来た道を戻り、北部地域を目指す。
「鑑定は出来た。本当にレベル12に戻ってたぞ」
「そうか……」
「すごいな。一度上がったレベルが戻った人間なんて世界初だろ。なんか笑えるよな」
厳密に言うとダヴィドに次いで二人目なのだろう。
ダヴィドのレベルも下がっていることがほぼ確実になり、イリアの人食いがいずれ発覚する可能性が高くなってきた。
本人が騒ぐだけなら何かの勘違いという話に落ち着くのだろうが、ダヴィドを尋問し罪を告白させ、【不殺(仮)】のことも十分知っているマルゴットがそれを知れば、答えにたどり着くのは容易だろう。
「こっちの溜まりにも水晶球があったんだな」
「むしろ逆かもな。水晶球を手に入れたスダータタルの人間が居るから、そこに溜まりが出来るのかもしれない」
「ふむ。それで、硬晶の取引は溜まり経由では無理だと」
「ああ」
カナトの言うには、ここの溜まりのスダータタル人はとにかく金に汚く、鑑定の料金に財布の中身全部、大銀貨2枚以上の額をすべて要求してきたという。元々1枚は必要になると聞いていたので、念のためと倍額持たせていたのだが。
もし硬晶のことなど
結局予定通り、肉屋の老婆に頼って売り先を見つけるしかなさそうだった。
店に入ると、老婆はかさかさの指をこすり合わせながら右手をさし出してきた。
「なんです?」
「紹介料だよ。大銀貨1枚よこしな」
「ここにも金に汚い人間がいた」とカナトが呟くが、大きな取引をするならむしろこうやって素直に欲を見せる人物の方が分かりやすくていい。
イリアは財布袋の中から金を支払った。カナトに渡して溜まりで巻き上げられた分も含め、昨日の稼ぎの大半がもう消えてしまっている。
「ん、いいだろ。このかべ外で一番デカい『バローナの巣』って質屋に行きな。話は通しておいたから何でも買い取ってくれるだろう。アタシの名を出せば、いきなり身ぐるみはがすようなことはしないとおもうね」
「名前なんて聞いてないんですけど」
「そうだったかね? ヴァロビーだよ。ヴァロビーの紹介できたとお言いな」
「婆さん、オレたちは急いでるからあんたを信用したいと思うんだが、いちおう何か保証してもらえないか?」
「そんなもんは無いね。もしアタシの言ったのが嘘だったら、その槍でもって仕返しに来たらいいだろうよ」
本人がそういうので、もしものことになれば遠慮なく仕返しすることにする。
質屋というのは中古品買い取り業と金貸し業を合わせたようなことをする店だ。客は品物を預ける代わりに金を借り、返せなければ品物をとられてしまう。
金を貸すのが商売ということはたくさんの資金を持っているはずだし、保証品を現金に換える手段も持っているということだ。
ヴァロビーに教えてもらった道のりをたどり『バローナの巣』を目指す。
バイジスの回転盤の硬晶は少し前、野営していた時に全て取り出してある。埋め込んである部分を熱して膨張させたら簡単に抜き取れた。
粗末な建物が周囲に建ち並ぶ中、質屋だけは総石造りで屋根はりっぱに瓦でふいてあった。
鋲だらけの扉を押し開けると、外壁は確かに石だったのに中壁は煉瓦だ。二重構造の壁。あるいは間にも何か挟んである多重構造壁かもしれない。まるで最新式の要塞のようだ。
一階部分全部が店舗になっているようで、年齢の分かりにくい男女二人の店員が長卓の向こうに立っていた。「いらっしゃいませ、ご用件は」と話しかけてきたのは男の方だ。
二つしかない窓は小さく、内側に鉄格子もはまっているので店内は暗い。店員の男の上下揃いの服は真っ黒に染めてあるように見える。
「ヴァロビーさんの紹介できたんですけど」
「ああ、伺っております。それでしたら奥の方へどうぞ」
長卓の横を通り黒服の男に連れられて店を進んでいく。通路の左右の棚には多種多様な品物が置かれていて、値札の付けられているものもある。
奥に広い店の中を10メルテ近く進むと大きな灯壺が上に置かれた机があった。奥の壁際には人が2、3人入れそうな大きな金庫が置かれている。
彫刻の施された立派な机の前には来客用の革張り椅子。カナトは荷物を降ろし、椅子に座って組んだ足の上に槍を乗せた。
「当店の主は今出かけておりまして、代わりにこのストリクスがお話をお伺いします」
「えっと……」
カナトを振り返ると、槍に手を添えて頷いている。
用心棒のような振舞いだったが、レベル12の13歳ではそういう振る舞いは滑稽にみられるような気もする。
「これなんですが、いくらで買い取ってもらえますか?」
イリアは小さい革袋に入った硬晶を見せた。その数は20個、全体の3分の1だけだ。
懐から小さなレンズの手持ち眼鏡を取り出した男は、灯壺の灯りにかざした透明の石を一つずつ、丁寧に確認しながら机の上の
20個全て並べ終えると、満足そうにゆっくり頷いた。
「確かな品のようです。今の買取価格ですと、金貨4枚と大銀貨3枚をお支払いできます」
後ろでカナトが槍をどこかにぶつけた音がした。驚くのは分かる。
「えーっと、ストリクスさん」
「はい」
「今通って来た通路というか、その棚に置かれているのは預かっている品ですか?」
「いいえ、あれは買い取りの品や返済期限が切れて我々の所有になった商品でございます」
「それだったら、この代金で買いたいものがあるんですけど」
ストリクスとカナトを連れ、目当てのものを見かけた棚まで戻る。
青みがかった上質の鋼鉄で出来た小ぶりの戦鎚。改めて探しても値札が付いていなかった。
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