第55話 スケルトンラッシュ

「それじゃあ早速探索していくけど、取り敢えず日本語と英語で2回注意事項言うから、よく聞いておけよ」


 そう告げた俺は、俺が《分身》スキルを使えることと、それを使って肉弾偵察及び鍛錬を行っていること。

 そこでの分身から感じる死や苦痛を恐れていないこと。

 そしてそのために、倫理フィルターはかかるもののかなりグロテスクな死に様とか瀕死での戦いとかが流れる可能性が高いことなどを説明した。

 

 特に今日はスケルトンラッシュ1本行ってみるつもりなので、絶対に死ぬだろうということも。

 

:(英語)本当にクレイジーじゃないか

:(英語)ああ、だからそんなところまでたどり着いたのか。死を恐れなかったから

:(英語)分身なんて苦痛がある時点で欠陥スキルじゃないのか? 死に耐えるなんて力技すぎる

:(英語)君には死が救済に見えてるのか?

:(英語)見るまで俺は信じない。そんなことが出来るやつが人であるわけがない

:ボロクソな言われようで草


「まあ、忠告はしたから。後で気持ち悪くなったとか言われても俺は知らんということで」


 いわゆる言質は取った、ってやつだ。

 それで構わないと言ったのだから、彼らも何を見せられても文句は言わないだろう。


 まあただ、今回は500体ぐらいで死んでやるつもりはない。

 魔力操作を使っての感覚だが、あれがあればもう少しダメージを抑えて、敵陣を高速で荒らして倒すことが出来るはずだ。

 それに全身、とくに腕部に魔力強化を施しているときの斬撃は、スケルトンにも受けられるとは思えない。


 とかまあ能書きをたれてみるが、結局全てはやってみないと始まらない。

 

「よし、それじゃあ生きますか」


:無双ゲーの開幕じゃあ!

:(英語)数百から数千いるスケルトンの群れに突っ込んでくる、だって

:(英語)オー、スーパークレイジー

:前は250ぐらい?

:250でも相当頑張ってるんだけどな

:あそこ万単位のスケルトンいるから


 さあ、1月ぶりの乱戦で分身だが早速の死地だ。

 しっかり働いてくれよ、俺の魔力操作と危機感よ。




******




 11層から深く潜りに潜って深淵第17層。

 いつもどおり丘の影にあるゲートから出た俺は、いつもどおり丘を登る。


「さてさて、今日はどういう布陣になってますかねっと」


 たまに多数の部隊が目の前に来たりしていることがあるから堪らない。

 そういうときは挑むのではなく死ぬ前提で挑戦することになる。


 いやまあ500体ぐらいが相手でも全然死ぬのだが、少なくとも500体ぐらいなら俺は勝つつもりで挑んでいる。

 大群の敵が丘に近い位置にいると、それすらできなくなってしまうという話だ。


 そして登った丘の頂上。

 そこから見下ろす景色はいつもと変わらず、荒涼とした大地にわずかばかりの緑が生え、そしてその広大な大地を多数のスケルトンの群れが徘徊している。


「ほう、良いじゃないか。1の2の、300ぐらいか?」


 この階層に繰り返し潜っていることで、俺はある程度目算で敵の総数がわかるようになってきた。

 昔の将軍とかはこういうのが出来たのかね、なんて思いつつ、近くに手頃な群れがいたのでそれに向かって丘を駆け下りていく。


:(英語)オイオイまじかよ

:(英語)本当に突っ込んでいくのかあれに

:相変わらずヌルの正気を疑う光景だわ

:普通に300でも突っ込んで行けないんだが?

:(英語)あいつは頭がおかしいのか?

:(英語)探索者なんてみんなそんなもんだ

:取り敢えずめっちゃクレイジーって言われてるのはわかった


「いざ、参る……!」


 スケルトンの群れの側面を食い破るように、突入し、勢いよく数体を切り伏せていく。

 前回はここで2、3体しか屠れなかったが、今は違う。


 まず俺自身のレベルが10以上上がったことで身体能力にかなりの成長があったこと。

 そして魔力操作による強化を全身に通しているので、その分身体能力が上がっていること。


 それらも合わせて、まとめて10体以上のスケルトンを切り伏せることが出来た。

 

 とはいえ油断は出来ない。

 魔力操作で全身を強化出来ていたのは、突入の直前に魔力操作に集中する余裕があったからだ。

 そして一度突入してしまえば、後は切り抜けるまでその余裕はない。


 だからここから先は、部分的に魔力操作による強化を施して戦って行くしか無い。


 そして俺が強化の対象として選んだのは、足だ。

 敵の群れに突入したこの状況では、足の速さとはそれすなわち敵の群れを切り裂く速度。


 魔力で強化された俺の脚力が、敵の群れの中をかき分け突き進む。

 その道中のあちこちで、胴体を切り裂かれたり頭部を貫かれたりしたスケルトンが力を失うように崩れ落ちる。


 当然のことだが、魔力操作で強化された足の速さに対して、敵を切り裂き屠る腕の動きはついてきていない。

 問題ない、全て想定内だ。


 そもそも、俺のこれまでのスケルトンの群れへの突撃方法は全てが中途半端だったのだ。

 いや逆に言い換えてみようか。

 すべてが良い具合のバランスでまとまっていた。 


 ただそのバランスの水準は、けして高いものではな無かった。


 スケルトンに追いつかれず後ろから迫る斬撃を躱すことが本当にギリギリ程度で出来る程度の足の速さ。

 移動する速度に合わせてスケルトンを屠っていける程度の攻撃力。

 そしてスケルトンの斬撃を受けることで大きく損傷するが、かすり傷ならば動き続けられる防御力。


 これらが本当にバランス良くギリギリスケルトンの集団と突破しながら戦えるバランスで保たれていたので、前回のように俺の戦いはなんとかスケルトンに通用していた。


 ではこの中で、何を強化するのが一番良いのか。


 足の速さをそのままに、スケルトンを切り裂く速度を上げる?

 それでは射程内に敵が入るまでの時間がかわらないのだから、敵を切り裂く手に無駄な暇が出来てしまう。

 繰り返すが、以前までもスケルトンの1体1体を倒すことにはなんの問題も無かったのだ。


 では敵の攻撃を受けてもへこたれないように防御力に割り振るか。

 それもまたノーだ。

 敵の群れに突っ込んで、攻撃を完全には防ぎきれない程度に防御力を高めるなど。

 タコ殴りにされて嬲られる時間が伸びるだけだ。


 では足の速さを上げるのか。

 だがこれまでは、攻撃速度と足の速さが噛み合っていたから敵の群れを突破することが出来た。

 足の速さだけが上がっても、敵を倒せなければ進路が詰まってしまって意味が無いのではないか。


 ここで生きてくるのが、スケルトンの群れが構成している隊列だ。


 スケルトンの群れは、それぞれの群れは数は数十から数千とバラバラで、更に徘徊の仕方もバラバラである。

 加えて徘徊している最中に群れがぶつかって合流したり、逆に大きな群れが離散したりと統一性が無い動きをしているように見える。


 だが、1つの群れの中のスケルトンは違う。

 綺麗に前後左右に間隔をあけた隊列を組み、群れの移動に合わせて、その隊列を維持しながら移動する。


 そしてそれは戦闘を開始してからも同じで、全部の個体が俺めがけて集まってくるのではなく、ある程度隊列を維持しつつ隊ごと俺の方向へと圧をかけようとしてくる。


 そこに勝機がある。

 スケルトンの群れの隊列の間隔は、ちょうど俺が駆け抜けることが出来るぐらいの幅があるのだ。


 故に、俺が進路を誤らなければ、例えスケルトンを1体も切り裂かなかったとしても、スケルトンの群れを駆け抜けることは出来るのだ。


 だからこそ、脚力を強化することによる突破力は、俺に以前よりも自由な行動を可能にする──!


「よっ、はっ」


 スケルトンの剣を避けながら、スケルトンの群れの中を駆け抜けていく。


 以前のように群れを力づくでまっすぐ突っ切って進むのではない。

 ときにジグザクに進路を変更しながら、スケルトンの群れの隙間を駆け抜けていく。


 ついでにその道中でスケルトン数体分の首を貰えればそれで御の字だ。

 

 しかもコマンダーのついていないただのスケルトンは待ちの態勢で攻撃することはほとんどない。

 基本的に俺が接近したら攻撃を繰り出してくるだけだ。

 例えば進路上に斬撃の1つや2つ置かれてしまえば俺のこの走行突破は一瞬で詰むが、スケルトンはそんな攻撃をしない。


 俺の接近に反応して剣を振り上げ、俺が駆け抜けた後に振り下ろす。

 俺の脚部強化による速度が、スケルトンの反応速度を上回っている。


 おかげで無事無傷で敵の群れを突き抜けることが出来た。

 そして今回は、前回と違って同じ経路に突入して荒すのではなく、別の経路で突入しなおして、更にスケルトンの集団の向こう側まで通り抜ける。

 

 前回までは、通り道の敵を全て撃破して通り抜ける戦い方をしていた。

 そのため、再度突入するなら自分が突撃で荒らした場所を通る方が都合が良かった。


 だが今回は違う。

 スケルトンの群れを突破するのではなくすり抜けてきた。

 そのため前回までのように先程通った経路に道は開かれておらず、むしろスケルトンが集まって再度の突入は困難な状態になっている。


 ならば、今度は逆に俺の一度目の侵入経路に敵が寄ったことを逆手にとって、スケルトンの陣が薄い場所を貫いていけば良い。


「さあ、削らせてもらうぞ……!」


 新しく編み出した戦い方がスケルトンに通用していることに、自然と笑みが溢れる。


:(英語)笑ってるぞあいつ頭おかしいだろ

:(英語)クレイジースマイルだ

:ヌルのこの好戦的な笑顔好き

:最高に楽しんでやがる

:改めておかしなやつだと認識したわ


 この300程度の群れならば、このまま殲滅しきれる可能性が高い。

 そうやって油断をしていたからだろうか。


 幾度かのスケルトンの群れ内部の通過を経て、残数を100程度まで剤ったとき。

 敵の集団から飛び出した俺の眼前に、別のスケルトンの集団が姿を現したのである。


 しかも今回はさっきみたいな300とか言うかわいい数ではない上に、騎乗している個体が複数見受けられる。

 これはおそらく、千体以上のスケルトンの群れだ。

 

『カンカンカンカン』


 さらに新手のスケルトンの集団の中から、鐘を叩くような音が聞こえる。

 それが聞こえた新手の群れのスケルトンたちは、一斉に隊列を崩して俺の方へと突っ込んできた。


 正面には新手のスケルトンが千体以上。

 後方には削ったとはいえいまだ100体はいるスケルトンの集団。

 しかも前方の集団はスケルトン・ソルジャーだけではない。


「ナイトにコマンダーまでいるのは聞いてねえよ……!」


 俺は即座に踵を返して100体のスケルトンの集団の中へと逃げ込む。

 俺に向けて殺到する新手のスケルトンを撒くなら、スケルトンの隊列にぶつけて壁にすれば良い。


 問題は、新手に取り込まれた壁にしたスケルトンもまた、新手の軍内にいるスケルトン・コマンダーの指揮下に入ってしまうことか。

 つまり単純に俺を追う敵の数が多くなる。


 さてこの局面、普通に考えれば今回の戦闘は既に俺の敗北、あるいは逃走が決まっている。


 俺が考えてきた新戦法は、あくまでコマンダーやナイトなど指揮官級がいない群れを蹂躙するためのものだった。

 

 指揮官のいないスケルトンの群れは、軍ではなくあくまで群れでしか無い。

 連携も取らないし、隊列をある程度維持しようという本能が働くらしく、俺に向かって全員で包囲をしかけてくるわけでもない。


 だからこそ、魔力操作で足回りを強化した俺にはそれを突破できる可能性があった。


 しかしそれは、指揮官がいなかったからで。

 指揮官が合流してしまえば、敵残党の100も立派な軍として動くようになる。


 つまり、俺がここからスケルトンの群れを壊滅させる手段は、残念ながら今のところ存在しない。


 存在しないが。


「せっかく来たんだ、逃げるなんてもったいねえよなあ!」


 どうせいずれ突破せねばならない道だ。

 ならば今挑んだところで何も問題はない。


:(英語)なんだって?

:(英語)せっかく来たのに逃げるのはもったいないって。

:(英語)まじで言ってんのか? もったいないってなんだよ

:あーあヌルの暴走スイッチが入った

:イレギュラーが起きたら普通に逃げればいいと思うんだけどなあ

 まあそれをしないからヌルなのか

 

 逃げの態勢から一転してスケルトンの群れの方を向き直った俺は、自ら殺到するスケルトンへと突撃していく。


 魔力操作は出来る限り全身に、特に重視するのは腕とそれを振るう体幹部。

  

 ここからはすり抜けるのではない。

 敵を真っ向から叩き潰すための、戦いだ。

 

 剣を振り、殺到するスケルトンを1体ずつ仕留めていく。

 更に包囲を組まれるが、関係ない。

 こちらはもはや捨てた命だ。

 後はこの命を砕かれるまでにどれほど敵を粉砕することが出来るか。


 腕と体幹部を魔力操作で強化できていることで、いつもより遥かに速く剣を振り回すことが出来る。

 敵の剣を弾き弾き弾き、わずかに見えた隙に1体を仕留め。

 代わりに後方の個体に腹を貫かれる。


 だがまだだ。

 まだ死んでいない。

 血反吐を吐き腹には穴が空き腸が漏れ出たとしても。


「まだ死んでねえぞぉぉぉ……!」


 まだ、死んでいない。

 周囲を包囲しようと押し寄せるスケルトン達も、俺を押しつぶすような行動はそう手していないのか、一定の距離を取って円を描くように俺を包囲している。


 敵がお行儀よく並んでくれるならば、まだ活路は──


「あっ」


 直後のことだった。

 視界に一瞬だけ影が映ったとほぼ同時に。

 わずかに振り向いた俺の顔面めがけて、突き出される槍の穂先が見えて。


 そして俺の、分身の意識は途切れた。

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