第26話 進化の泉に挑むこととは

「まーだ参ってる人多数な感じか?」


 第13層でレベリングをすることに決めて移動を開始した俺だが、その間もコメント欄には『怖かった』だの『狂気的過ぎる』だの『トラウマになった』だのと、被害を訴える視聴者達の意見が寄せられてきた。

 以前ゲリラコラボしたミノリもそうだったようで、『人が死ぬのはとても怖いです。でも、生きてて良かった』と本当に俺が死んだかのようなコメントを届けられた。

 流石にそのときは、改めて無謀な突撃をしたのは分身だったからだと改めて説明をしたが。


:むしろなぜお前がケロッとしているのか

:落差が激しすぎてついていけない

:断崖飛び降りたと思ったら目の前にまた崖があった感じ

:普通に次のレベリングに行くのはおかしい

:次は安全なんだよな? な?


「まあ比較的安全なエリアではあるよ。スケルトンみたいに群れでの襲撃とか基本無いし、よほど近づくか攻撃仕掛けるまでアクティブならんし」


 うん、本当に他と比較してみれば非常に安全(にレベリングが出来る)なエリアだ。

 モンスターとは1対1で戦えるし、他の個体が騒ぎを聞きつけて乱入してくるようなことは無いし。


 まあどんなエリアも例外というのはあるものなんだけど。


「ま、安全よ安全。ソロで丁寧に狩っていけば危ないことはなーんもない」


:本当か? 本当だな?

:信じて良いんだな?

:お前、後でコメント欄遡って見ろよ。あの死屍累々のコメントを

:マネちゃん泣き入ってたよな完全に

:俺らも泣いた。というか吐いた


 鳴海を泣かせてしまったことについては、流石に申し訳なく思う。

 俺の人生の中で鳴海に置いている比重というのは結構大きい。

 なぜ俺の中でこれほど妹という存在に対する比重が重たいのかは自分でもはっきりとしないが、何かを考えるときにまず自身の好悪と同時に、鳴海がどう思うだろうか、という思考が顔を覗かせるのだ。


 きっと彼女はしないだろうが、もし彼女がコメントで一言、『お兄、帰ってきて』と言えば、俺は探索もレベリングも切り上げて地上に帰還する気でいる。

 『無茶はしないで』という一言は無視したが、それは俺の行動にだけかかるものだったからで、鳴海がその段階では特に精神的にダメージを受けていなかったからだ。

 だが、もし鳴海が今この瞬間に恐怖に襲われている、助けて欲しいと呼ぶのならば、そのときには。


 そう思う程度には、俺は鳴海を大切に思っている。

 どれほど後になるかわからないが、帰ったら全力で甘やかしてやるとしよう。


 逆に言えば、それほど大切に思う妹の所へ今すぐ駆けつけない程度には俺はダンジョンに魅入られている、と言い切ることも出来るが。


「ま、ダンジョンっていうのは危険なものだから。その中で比較すれば、相当安全な方ってだけで危ないことには変わりないけどな」


:今更そんな事言うな

:ダンジョンのモンスターで油断できる相手は1人もいない、わかってることなんだけどな

:そこ、深層の先なんだよな。今更だけど

:ヌル的な基準での安全が全くわからない

:さっきまで片腕無くして脇腹とか背中斬られまくって殺されてた男かこれが


「俺の中ではもう、1つの探索手段になっちゃってるからな。慣れだよ慣れ」


 実際流石に初期にやったときは、2回目3回目と死にゲー式探索に慣れるまでは何度も俺も怯んだり腰が引けたりもした。

 だがダンジョンに挑む上で最も大切な情報となる、モンスターの攻撃手段やパターンとも言える癖、そしてダンジョン内の地形に関する情報を、命をかけずに手にすることが出来る《分身》スキルの有効性に気づいてからは、ずっと使い倒してきた。


 その過程で幾度も分身を殺され、死を経験することにある意味慣れてしまっている。

 だから俺の頭の中の、本能の部分の恐怖を感じるための、人間にとっては大事なセンサーがぶっ壊れてしまっているのだ。


 今だって、命がけのレベリングに挑むというのに、凪いだ海のように心が静かで穏やかなままでいる。

 危険に慣れたダンジョン探索者ならばそういう者は多いだろうが、俺はその中でも飛び抜けているだろう。


 それをなんとか理性的な判断が出来る頭脳で押し留めているわけであるが。


「まあ、出来るか、出来ないかはちゃんとラインは見極めるようにしてるよ。ここでのレベリングは出来るけど、7層の亡霊騎士相手には、レベリングしながら技術を盗むのは難しい、って判断したりな」


:だと良いけど

:そう言えばあそこ結局一回しか戦わなかったな。そういう理由だったか

:言ってることは真っ当なんだけど前科がなあ

:でも分身なら平気で無理なところに突っ込むんでしょ?


「そりゃそうだろ。そのために分身を使ってるんだし。何回斬り殺されても、その間に亡霊騎士の剣術を盗めれば俺の勝ち。何回潰されても、本番の本体で敵を倒せれば俺の勝ち。死んで死んで死んで、最後に勝ったら俺の勝ちなんよ」


 《分身》スキルという便利なスキルに出会った俺にとっては、ダンジョン攻略はそういうものなのだ。

 いくら殺されようが、苦痛を与えられようが、その間に集められるだけの情報を集めて、本番の本体で敵を殺せば俺の勝ち。

 本当にゲームの死にゲーのような事をやっていると自分でも思うが、これがソロでダンジョンを進む唯一の道なのだ。


「ま、俺が《分身》スキルなんて持って無かったら、もっと安全に慎重に進んで大した探索者にはならんかったか、あるいは生身でも馬鹿やって死ぬかのどっちかだっただろうからな。《分身》があってよかったと俺は思ってる」


:まあ、確かにヌルの使い方が出来れば強い

:安全っちゃ安全だしな。精神以外

:これまでヌルと同じことする人が出てなかったの、普通にヌルほどの狂気が無かったからなんだろうな

:理性的に狂うってこういう事を言うんだろうか

:頭のネジぶっ壊れてんよ


 全く、酷い言い草である。

 であるが。


「探索者で深層とか深淵を目指す人達なんて、1つか2つ狂気を抱えてないとやっていけないでしょ。レイラさんとミノリさんだってペアでは厳しいって言われてる深層になんとかチャレンジしようとしてるわけだし。頭のおかしいところが無いと、探索者なんて命がけのこと出来んわ」


:それはそう

:急に正論吐くやん

:確かに俺はいくら防具があってもダンジョンに入ろうとは思えないもんな

:まあ全員がそこまで覚悟があるかは謎だけどな

:命を賭けられる時点でネジが外れてる、か。考えたこともなかったわ

高森レイラ:そう言われると、言い返しづらい


 どうやらレイラはかなり落ち着いてきた様子である。

 なお鳴海とミノリは未だに一言以降は顔を見せていない。


 まあ普通に見ているか、ダウンしているかのどっちかだろう。

 

「あ、じゃあ俺の思うところ語ってみようか」


 13層への転移陣を目前にして思い立った俺は、そこで止まってカメラに向いてまっすぐ話しかける。


「ダンジョン探索っていうのは、結局如何に危険を排除するか、みたいなところがあると思うんよ。どれだけ自分の技術を上げればモンスターに負けないか。どれほどいい装備なら負けないか。どれほど仲間を集めれば負けないか」


 そうやって、如何に危険を減らしながら取れる利益を得るか。

 そんな事を考えて探索をやっているのだろう。

 まあ流石に攻略組の一部は違うと思うが、それでも。


「危険を減らす。いい考えだと思うよ。俺も自分の分身での探索でできるだけ危険を減らしてるわけだし。でもさ」


 そこで俺は、確証があるわけではないが、1つ隠し持っていたネタを放り込む。


「君等、そんな安全に穏やかにレベリングだの何だのやってて、壁を越えられると思ってるの?」


:安全に穏やかには言い過ぎだろ

:深層の人も頑張ってんだぞ

:壁って?

:できるだけ平和なのは良いことじゃん


 まあ、実際そうではあるんだけど。

 でもこのダンジョンが本当に厳しいということを、そしてチュートリアルを通して人に与えようとしているものを、俺は知っている。


「俺がレベル100の壁を越えたのは、深層第25地区のボスモンスターになるだろう、あの扉の番人と戦ってるときだった。ぶっちゃけそれまではどれだけ上げようとしても頭打ちで、レベル上限になったのかと思ってたぐらいだ」


 あれは今でも覚えている。

 深層の最奥にいる番人、その一撃を受けて大きく吹き飛ばされた俺は、体中が悲鳴を上げていて、多分骨も何本か逝っていた。


「ああ、死ぬな、って思ったんだよな。分身で探った以上の隠し玉を敵は持ってた。だから自然と、脳みそが言い出したんだよ。もう勝つのは無理だ、って」


 吹き飛ばされた俺に、ガシャリ、ガシャリと足音を立てつつ番人は近づいてきた。


「でもさ、逃げようと思ったときに、それはなんかおかしいんじゃねえかと思ったわけ」


 そう、おかしいと思ったのだ。

 絶対に勝てる戦いしかしてこなかった。

 事前に分身で探って、そうやってモンスターの情報を集めまくって、できる限り安全な手順で倒してきた。

 そして今、情報不足の相手に対して、逃げようとしている。


 それは本当に、戦いなのか?

 ここで挑まないと、多分俺という存在は、死んでしまうんじゃないだろうか。


「ずっと安全なように安全なようにと調べまくってからモンスターを倒してきた。そして今、俺は強敵という扉の前に立っている。その扉には鍵がかかってないけど、押し開けるには重たすぎる。さあ、どうする? 逃げ帰ってもっと開けるのが楽な扉を探すか?」


:扉が限界の隠喩か?

:レベル100の限界か

:扉を押し開ける、とか

:重たい扉という強敵を前にどうするか

:ボスか雑魚か、ってことか


「俺は、扉をこじ開ける道を選んだ。それを越えないと、俺は先に進めないんだって自然とわかった。だから逃げるんじゃなく、そこからボスに勝つ方法を考えた」


 だから俺は、壁まで吹き飛ばされたところで、ふらつく足を頼りに立ち上がったのだ。

 そして目の前で立ち止まるボスに対して再び立ち向かい、今度こそ勝利を得た。


「まあ、思い出語りみたいになったけど、俺はその戦いでレベルの上限を踏み越えたし、ダンジョン探索に欠かせないある技術も手に入れた」


 あるいは、最後の番人のように門の前に立ちふさがっていた番人は、人にその可能性を求める存在なのかもしれない。


「厳しいこと言うし、《分身》スキルなんて便利なもの持ってる俺が言うなと思うかもしれんけどさ。ちょっとは厳しい環境に身を置いてみたらどうだい、探索者諸君。俺達の持つスキルは、レベルは、魔力は、俺達にとって全部ファンタジーの産物だ。だからこそ俺は、そこには未知の可能性が眠っていると信じてる。死地でこそ目覚める何かが、得られる何かがあると信じてる」


 スキルが持ち主の意思に応じて開花したり、レベルの上限が跳ね上がったり。

 あるいは新しい力を身に着けたり。

 主人公の強化イベントとか覚醒シーンみたいなものが、探索者である俺達にはおそらくあるのだ。


「俺はそう思ってるから、分身での探索もさっきみたいな馬鹿をやるし、最後は絶対に本体で戦うようにしてる。死にかけたことなんて一度や二度じゃないけど、それでも俺は、壁を越えるには苦難が必要だと思って今でもそうやってる」


:言いたいことはわかる。

:わかるけど、なかなかなあ

:そんな根拠の無い話に命はかけられん

:地道に開拓してくのが人類だろ

マネージャー:お兄がたまに怪我して帰って来るの、それのせいだったんだ


「ま、その辺りは次深層最奥に到達した人達が何を経験するかでわかると思うから、これ以上は話さないけど」


 ああ、でもこれだけは言っておこう。


「ダンジョンってのは不思議な場所だよ。本当に。思いも寄らないことが平気で起こる」


 例えば、ボスモンスターを前に、立ち向かおうと立ち上がった俺に新しい力が急に発現したりとか。

 今のところは明かすつもりが無い情報だが、だから俺は確信を持っているのだ。


 探索者は、壁を乗り越えるために苦難に立ち向かわないといけないのだ、と。

 それがどんな苦難になるかは、人によるだろうけど。


「さて、それじゃあ13層にいきますか」


 そう告げて話を打ち切った俺は、目の前に存在する魔法陣の上へと足を運んだ。



~~~~~~~~~


せっかく週間総合2位に入れてますので宣伝いたします!


ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン籠もり10年目にしてダンジョン配信者になることになった男の話


https://kakuyomu.jp/works/16817330663656152905




こちらはヌルと似ていてどこか違う主人公がダンジョンを邁進しその先に広がる世界を1人冒険する話です!

他キャラとか国や外国勢力との絡みが苦手……という人にはとても合うと思います!


今丁度章完結しててキリがいいので是非読んでみてください!

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