第2話 もちろん後片付けもきっちりと

「ど、どうしよう……」

「駄目、だよミノリ。これ以上は」


 イレギュラーモンスターの群れに突っ込んでいった、明らかにこの階層には不釣り合いな装備をした男性。

 その後ろ姿を、後ろ髪を引かれる思いで見つめるミノリを、彼女とペアを組んでダンジョン探索及び配信をしているレイラは現実へと引き戻す。


「避難誘導をしてたから逃げ遅れて、ミノリは怪我をした。これ以上、人のためにミノリの命を危険に晒すのは出来ないよ」

「でも……」


 言い募るレイラを支援するように、彼女たちの配信のコメント欄にもミノリを説得する言葉が続く。


:ミノリちゃん、早く逃げて!

:イレギュラーから逃げたって誰も文句は言わない

:今の人は無視しないと。止めても聞かない人は助けられない

:ミノリちゃんに死なれたら俺どうやって生きていけば良いんだよ

:頼む、逃げてくれ、ミノリちゃん

:レイラちゃん、もう担いででも引きずってでも逃げて


「ほら、みんなもこう言ってる」


 レイラが配信用のコメントウインドウを拡大して、それをミノリの眼前に見せつける。

 その後方では、群れに突っ込んだ男性がハウンドウルフを切り裂き、そしてウッドパペットに弾かれる様子をレイラは見ていたが、それを口に出さずにミノリに更に詰め寄る。


「聞いて、ミノリ。人を思うあなたの気持ちはわかる。でも、もっと自分を大事にして。危ない時はちゃんと逃げて」


 そもそも、イレギュラーモンスターが出現したときに、逃げ出すのではなく周囲への周知と避難誘導をミノリが行ったために、ミノリは背中を浅くではあるが切り裂かれるという大きな傷をおったのだ。

 ミノリのそういう他者を思いやれる点は美徳だとレイラも思っている。


 思っているが、しかし、数人の知らない探索者の命とミノリの命を天秤にかけたときに、ミノリの方に傾くのがレイラの心だ。

 そしてダンジョンに関する取り決めでは、ダンジョンに起こるあらゆること(一部例外あり)は自己責任、ということになっている。


 今回だって、イレギュラーモンスターから逃げ損ねていて2人に避難誘導された人たちも、そして今ミノリの静止を振り切ってイレギュラーモンスターに突っ込んだ男性も、全ては本来自己責任だ。


 そんな2人を捉えて撮影、配信を続けているドローンは、同時にイレギュラーモンスターに背を向ける彼女たちを写すことで、その画面の端に、先程の明らかにこの階層では戦え無さそうな装備の男性の戦いを映し出していた。


 その異常に最初に気づいたのは、配信を見ていた視聴者であった。

なんか、凄くギリギリの戦いをしているし攻撃も通じてないけど、めちゃくちゃ粘っている、と。


:早く逃げろ頼む

:もう避難誘導も終わってるって

:最後の男は無理、自殺だろあんなの

:レイラ、もう担いで逃げろ


 しかし、その旨をコメントに残したりしない。

 コメントでミノリに気づかせてしまえば、彼女は残って応援する、と言い出しかねないからだ。


「行くよ、ミノリ。それとも私が担ぐ?」

「……ううん。ちゃんと、私も逃げるよ」


 最後の一押しとばかりに、レイラが確認を取る。

 悔しげな表情をしながらも、意見を変えたミノリ。

 最後に、大量のモンスター相手にギリギリの戦闘を繰り広げる男性を一瞥してから、彼女もまた、逃げるために痛む背中と腕の傷を我慢しながらダンジョンの出口へと向かって逃げていくのだった。


:良かった……

:うおおおおお、本当に逃げてくれてありがとう! これ以上推しを失うのは耐えられん

:ミノリンは優しすぎるよ。助けられない相手もいる。最後の人みたいに

:最後のあいつ、一体何だったんだ?

:明らかに装備は上層入口ぐらいな感じだったけど、意外とイレギュラー相手に粘ってたな

:まあ、流石に勝つことは無いだろ

:また貴重な探索者が犠牲に

:素質はありそうだったから、丁寧に鍛えたら面白そうだったんだけどなあ。





******




 どうやら、2人組の少女、は無事に逃げてくれたらしい。

 イレギュラーモンスターに突っ込んだのは、当然死に覚え、鍛錬のためでもあったが、逃げることが出来なそうな2人のために時間を稼ぐ目的でもあった。


「はっ!」


 槍を持ったウッドパペットの突きをなんとかそらした俺は、お返しとばかりに剣の突きでその顔面を貫く。

 下層のモンスターがなんぼのもんじゃい、人型相手の特訓ならとっくに中層第1地区のボスモンスター相手に十分にやってんだよこっちは。

 

 しかし、とはいえハウンドとウッドパペットをなんとかさばけたとして、他のモンスターどもまでどうにかするのは、流石に欲張りが過ぎたか。


 後に続いたロックマウントという、岩のような肌を持つゴリラというか巨大な猿型、人型に近いモンスターの攻撃を躱しそこね、その衝撃波で左腕が逝ってしまった。


「ぐっ……、やってくれる、な!」


 しかし、基本的に右利きの俺にとって、少々重たくはなるが片手で剣を振るうのは意外といける。

 まあそれも一般人仕様のこのアバターではきついときはあるが。


 だが、折角まだ命を繋いでいるのだ。

 このアバターの命尽きるまで、できる限りお前たちの動きを見て、そして次挑む時の糧へと変えてやる。


 右手に剣を構え、ロックマウントを始めとしたモンスターの群れに正対して構えながら、モンスターの群れの様子を確認する。

 ハウンドとウッドパペットは、それぞれ慣れている、人型との戦闘は相当やり込んでいる、という理由から捌けるが、ロックマウントを始めとした他のモンスター共はいかんせんまだ俺の死に覚えの記録には残っていない。


 生の肉体であれば容易く蹂躙は出来るが、だからと言ってそれでは技術が磨かれない。

 俺は技術を磨くためにわざわざ死にゲーみたいな事をやっているのだ。


 そしてモンスターの群れの中でも1つだけ、気になる個体がいる。

 それは、他のモンスターよりも遥かに大きな体躯で最後方に位置している、所々の肉が剥がれ落ちたティラノザウルスのような見た目をした、ドラゴンゾンビと言われるモンスター。

 ダンジョン組合とギルドが定めた危険度のレーティングでは、SSというトップの危険度を貰っている個体だ。


 まあ深層やその先を知る俺からすれば、そこにSSをつけてしまうと後の個体が『SSSSSS』みたいなことになるけど大丈夫か?

 なんて思わないでもないが。

 それとも『6S』みたいな感じで数字とSで危険度を表現するのだろうか。


 さておき。

 ドラゴンゾンビ、本当のワイバーンを知る俺からすればゾンビティラノでしか無いそいつは、しかし、下層クラスでは特に危険なモンスターの1体だ。

 特にこの中層や下層を探索出来る探索者にとっても、超級の危険モンスター。


 そんな相手に、俺は今、一般人の能力で挑んでいる。

 これで血が沸かなくて何が探索者か。


 そんな思考を短時間で行っているうちに、焦れたモンスター達が俺に向けて突進を始めた。

 まずはハウンドが正面から、これはやはり両断出来るが、考えなければならないのは、次、そしてその次と常に一手二手、三手四手先を読んでいかなければならない。

 そうでなければ、こうして《分身》スキルを使って鍛錬をしている意味がない。


 ハウンドの後方に位置する剣持ち個体のウッドパペットが、ハウンドを切り裂いた俺をそのまま切り裂かんと剣を振り下ろそうとしてくる。

 それに対して俺は、事前から考えていた通りにハウンドを縦に両断した剣を振り下ろすままに体勢を低くし、そのまま地を蹴ってウッドパペットの剣の間合いの更に内側まで踏み込む。そして胴体に刺突をかけつつ押し倒そうとするが、流石は下層のモンスター。

 剣は突き刺さるのに、本体が巌の如く動かない。


「知ってたけどな!」


 まあ下層のモンスターと一般人が力比べすればどうなるかは一目瞭然だ。

 そのウッドパペットの体をなぞる様に右側に出た俺は、今度はきっちりとロックマウントの拳を体を傾けることで回避し、その甲殻に覆われていない腕を切り裂く。

 切断とまではいかなかったが、半ばまで刃の通った腕は碌に使えまい。


 そして更にロックマウントを仕留めん、と動こうとしたところで。

 ズドン、と半端ない音を発しつつ、直前まで俺が居た場所が踏み抜かれた。

 数十体はいる他のモンスターの群れをどうにかしてから相手しようと思っていたゾンビティラノが、しびれを切らしてモンスターの群れの中へと踏み込んできたのだ。


 辛うじて俺は横ローリングで交わすことが出来たかが、風圧でさらに数度ゴロゴロと転がってしまう。

 そして顔を上げたときには、既に目の前にゾンビティラノの巨大な顎が迫っていた。


「んなろ──」


 せめて一太刀。

 そう思い右腕の剣を突き出そうとするが、間に合わず。

 俺のアバターである分身体は、ゾンビティラノに上半身を噛みちぎられてお釈迦になった。





「ぐっ、ぅぅぅぅぅ、があ、いっ、だい! うぐあぁぁぁぁ──」 


 分身から一瞬で本体に戻った俺は、腕を粉砕された痛みと、全力での運動による身体の痛み、そして上半身を食いちぎられた痛みを一気に感じて、地面をのたうち回っていた。

 

 《分身》スキルの欠点。

 それは俺の場合だけでなく、一般的にもそうであるが、感じた痛みを直接本体にもフィードバックしてしまうことだ。

 おかげでこうやって死にゲーがごとき鍛錬をするたびに、俺は痛みに殺されそうになる。

 ついでにこのせいで、《分身》スキルは希少なスキルなのに不遇扱いだ。 


「おお、いっだ……。までも慣れてきたな流石に」


 とはいえ、流石に慣れて来てもいる。

 もうこうやって死にゲーをやるのは何度目か。

 数えてはいないが、かつて初めてダンジョンに潜った時もやったし、今こうして改めて己を引き締めるためにも中層制覇ぐらいまではやるつもりでいる。


 故に、痛みにもある程度慣れはある。

 わずか数分で立ち上がれるほどに回復した俺は、本体で地面と壁に敷いていた魔法陣を消し、そのまま小部屋を出て歩き始める。


「ティラノくんがおるとなると、ちょっと他の手には余るわな。特に深層勢は未だに少ないみたいだし」


 目指す先は、先程俺が死んだ場所。

 そこから移動しているであろうレギュラーモンスター共の群れ。


 痛い目を見せられた意趣返しというわけではないが、ダンジョンの安全のために本体の俺が討伐することとしてやろう。




******




 イレギュラーモンスター討伐のために、緊急で招集されて結成された下層、深層探索者のみで形成された30人ほどの一団。

 パーティーの域を越えて、フルレイドとダブルレイドの中間程度の人数が揃った探索者達。

 

 だが、中層のモンスターをも巻き込み百を越えるであろうモンスターの数に対しては、これでも不十分だとすら言える

 しかしそれでも、これがギルドが必死で集めた数なのだ。

 他にトップクラスのクランや探索者事務所に所属しているものでは深層、下層で戦える者もいるが、イレギュラーとは数日待てば自然とおさまるものであるために、探索者の協力を断られたのである。


 このあたりは、一刻も早くダンジョンを通常の状態に戻して探索者を入れたいギルドと、この数日をちょうど良いとばかりに休日にあてる探索者事務所やクランの考えの違いが露呈している。

 

 だが、それでも逃げ遅れた人がいるかも知れない、あるいは遺体の回収が出来るかもしれない、と多少の利と義によって集まった者たちであったが。


「……どうなっている」


 彼らは、イレギュラーモンスターがいるであろうダンジョン中層の第五地区から入口まで直接繋がる通路をたどって、見つけたものに絶句した。


 それは地面に大量に転がる、モンスター達のドロップアイテムだった。

 ざっと見ても50以上はある。

 なぜか魔石だけ抜かれているが、それ以外のドロップアイテムが大量に落ちている。


 そしてここは第5地区、すなわち配信や探索者などの報告でわかった、イレギュラーモンスターズの最終観測地点、つまり、ここに奴等がいるはずだったのだ。


 にも関わらず。


「どうなってるんですかねえ……。誰かが先入りして倒しちゃったとか?」

「馬鹿な、下層相当とは言えドラゴンゾンビ2体を含めた100体近いモンスターだぞ。いくら深層探索者とて、少数で倒しきれる相手ではない」


 そう言葉を交わすのは、ともに深層探索者である男女だ。

 そして今回の討伐チームのリーダーと副リーダーでもある。


「どっかの深層のパーティー帰り際に狩っていったとか無いです?」

「そういう話があれば報告があるはずだ。それに、俺やお前のパーティーでも流石にきついだろ」

「ですよねえ」


 深層探索者である彼女達からしても有り得ざる状況に、2人の間に降りる沈黙は重たい。

 ざわめく討伐隊のメンバーに一時待機の指示を出した2人は、今後の方針を話し合う。


「……これで全てだと思うか」

「思いたいですけどねえ。一応お仕事なんで、確認は必要ですよ」

「では、2手にわかれて中層を捜索、何かあれば逐次連絡ということで」

「了解した」


 そこで二手にチームを分けて捜索を行った2人。

 だが、結局件のドロップアイテム群の他にイレギュラーモンスターの痕跡を確認できず。

 チームは結局、ドロップアイテムのみ回収して地上へと帰還した。


 そしてその数時間後にも偵察が行われ、そこでも問題が見つからなかったことでようやくダンジョンのコンディション・レッド、つまりはダンジョンへの立ち入りをギルドが強制的に禁止する状態が解除された。


 なお、持ち帰ったアイテムは基本的に持ち帰った探索者のものなのでギルドが徴収するようなことはなく、全て売却した後の価格をチームメンバーで山分けすることとなり、下層相当の素材も混ざっていたことで、一部の探索者にとっては良い収入になるのだった。

 

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