吉報は死んで待て - 吉報は死んで待て（岸亜里沙）

吉報は死んで待て

岸亜里沙

僕（ボク）は冤罪（えんざい）だ。何（なに）も罪（つみ）は犯（おか）していない。いや、子供（こども）の頃（ころ）に友達（ともだち）と喧嘩（けんか）をして、怪我（ケガ）をさせたことはあったけど、それを罪（つみ）だと言（い）われたら、僕（ボク）はその罪（つみ）は償（つぐな）う覚悟（かくご）だ。しかし、彼女（かのじょ）を殺（ころ）したのは僕（ボク）じゃない。

今（いま）僕（ボク）がかけられている容疑（ようぎ）、殺人（さつじん）については、絶対（ぜったい）にやっていない。それは神（かみ）に誓（ちか）って断言（だんげん）出来（でき）る。

被害者（ひがいしゃ）の女性（じょせい）は確（たし）かに僕（ボク）の元（もと）カノで、ほんの数日前（すうじつまえ）に別（わか）れたのは事実（じじつ）。はっきり言（い）って、未練（みれん）なんかないので、怨恨（えんこん）とかじゃない。

僕（ボク）に似（に）た人（ひと）を殺害現場付近（さつがいげんばふきん）で見（み）かけたとか、それは目撃者（もくげきしゃ）の見間違（みまちが）いか何（なに）かだ。僕（ボク）は殺害現場（さつがいげんば）には近（ちか）づいた事（こと）は一回（いっかい）も無（な）い。

凶器（きょうき）の包丁（ほうちょう）に僕（ボク）の指紋（しもん）がついていたのは、僕（ボク）の家（いえ）から盗（ぬす）まれた包丁（ほうちょう）が犯行（はんこう）に使（つか）われたから。自宅（じたく）を確認（かくにん）したら、使（つか）っていた包丁（ほうちょう）が一本（いっぽん）無（な）くなっていたんだ。

そして彼女（かのじょ）が握（にぎ）っていた僕（ボク）の髪（かみ）の毛（け）は、犯人（はんにん）が包丁（ほうちょう）を盗（ぬす）んだ時（とき）に、部屋（へや）に落（お）ちていた僕（ボク）の髪（かみ）の毛（け）も一緒（いっしょ）にくすね、殺害（さつがい）した彼女（かのじょ）の手（て）に握（にぎ）らせたんだ。僕（ボク）に罪（つみ）を着（き）せる為（ため）に。

ここまで聞（き）いたら僕（ボク）の供述（きょうじゅつ）はあまりにも怪（あや）しいと誰（だれ）もが思（おも）うだろう。僕（ボク）には犯行時刻（はんこうじこく）のアリバイもないし、無実（むじつ）を証明（しょうめい）する術（すべ）は何（なに）も無（な）い。逆（ぎゃく）に僕（ボク）が犯人（はんにん）であると証明（しょうめい）する方（ほう）が簡単（かんたん）だ。だけど、警察（けいさつ）の尋問（じんもん）に屈（くっ）して嘘（うそ）の自白（じはく）をするつもりは毛頭（もうとう）ない。罪（つみ）を犯（おか）していないのだから、無実（むじつ）を主張（しゅちょう）するのは当然（とうぜん）の事（こと）。

だけどこれ以上（いじょう）、両親（りょうしん）や友人（ゆうじん）に迷惑（めいわく）をかけたくはない。近所（きんじょ）の侮蔑的（ぶべつてき）な視線（しせん）や、報道関係者（ほうどうかんけいしゃ）の連日（れんじつ）の訪問（ほうもん）など、ひどく辟易（へきえき）している事（こと）だろう。今（いま）、僕自身（ボクじしん）が無実（むじつ）を証明（しょうめい）する唯一（ゆいいつ）の方法（ほうほう）があるとしたら、この遺書（いしょ）を残（のこ）し自殺（じさつ）をする事（こと）だ。拘置所（こうちしょ）のシーツを使（つか）い、僕（ボク）はこれから自殺（じさつ）をする。