おっさん、現実から目を逸らす


「ど、どうなってんだこれ!?」


鏡に映る白銀の髪と金色の瞳を携えた美少女が、目を見開いて固まっている・・・間違いなく俺だ。身長は平均的な中学一年生位で、かなり小さい。

特徴的なのは腰まで伸びた長い髪で、キラキラと鱗粉のように光り輝いている。顔の造りは誰もが認めてくれそうな美少女だが、美しすぎて逆に近づけないオーラを放っていそうだ。


鏑木辺りなら俺の容姿を見て大興奮しそうである───いや待て、何を受け入れかけてるんだ俺は!容姿なんてどうでもいいんだよ!


今は取り敢えず、自分の体に起きた異変を探る必要がある。朝起きたら美少女になってたとかいう異変の原因を突き止めるためには、一度くまなく全身を見てみた方が・・・ん、待てよ?


服を脱いで全身を確認しようとした瞬間、嫌な予感が背筋を走った。これ以上は考えない方がいい、そんな考えとは裏腹に脳内は考えを巡らせ、辿り着きたくもない嫌な予感の答えを導き出した。


朝起きたら美少女になってたってことは───


「ははっ、うそ、だよな?」


───相棒の喪失が代償だったのである。


「嘘だァァァァッ!!!」


二度目の大絶叫。

間違いなくご近所さんが通報するレベルのものだが、俺と一緒に生涯を共にしてきた相棒を失った喪失感でもはやどうでも良くなっていた。


考えても見てほしい。きっと今後使わないだろうなとは思いつつ、もしかしたらという淡い希望を抱かせてくれていた希望の灯火チ○コの霊圧が消えた・・・?状態である。


俺は泣いた。卒業させてあげられなかった不束な親で申し訳ないが、もう後悔しても意味が無い。あぁ、何か一周まわってハイになってきたぞ。


「はっ!?も、もしかして男は童貞を極めると女の子になるのか?」


───我、天啓を得たり。


いやまぁ我ながら意味のわからない考えだが、現実を受け入れられない俺は自己暗示することで、何とか平静を保っていた(?)

そんな時だ。俺が絶叫を上げたせいなのか、眠っていた少女の身体がムクリと起き上がってキョロキョロと辺りを見渡している。


年相応のあどけない表情を浮かべながら、自身がどこにいるか測りかねているようだ。


そしてドアからこっそりと覗き見ている俺を発見すると───。


「あっ、救世主様!」

「違うからな!?」


キラキラした眼差しでとんでもないことを口走ったのである。

これには思わず社内でもクールで冷静沈着と評判の俺も大焦り。中学生の女の子が、おっさんのことを救世主様!なんて呼んでたら普通に事案だ。鏑木のことを笑えない。


「違うの?でも倒れてる私を助けてくれたから」

「だとしても救世主様はやめてほしい。俺に対する世間の目が冷たくなっちゃうから。それはそれとして、なぜ君はあんなところで倒れてたんだ?」

「・・・ごめんなさい、それは救世主様でも言えない」


呼び名を変えてくれないのは置いておくとして、どうやら少女は言えない事情があるらしい。まぁ分かっていたことだ。

魔法少女の正体が露見しないように政府が情報制限をしているらしいし、平穏な学校生活をしたい子もいるだろうから俺みたいなおっさんに話せないのは仕方がない。


これでも俺は大人。この子を保護すべき立場の人間である。


「そうか。話せないなら仕方ないさ。君にも君なりの事情があると思うしね」

「っ、ありがとう救世主様!」


感動したような面持ちで笑顔を浮かべる少女に、つられて俺も笑顔を零した。


「あぁ、そうだ。ところで君に質問があるんだがいいか?」

「いいよ!なんでも聞いて!」

「そうかそうか、それじゃあ───俺が女の子になってる理由は分かるかな?」


「「あっ、ごめんなさい救世主様。ちょっと用事が」逃がさないよ!」


冷や汗をダラダラ流しながら「お願い!家に帰して!」と逃げようとする少女の首根っこを掴み、逃亡を阻止。身長的に言えば俺の方が低いため下から覗き込む形になるが、少女の目をじっくりと見つめた。


やがて俺の視線に耐えかねたのかおずおずと説明を始めた。


「え、えっとね?私は見ての通り魔法少女なんだけど、昨日はたまたまとっても強い怪人と出くわしちゃってさ。何とかギリギリ倒せたのに体力がなくて私もぶっ倒れてたの」

「なるほど、じゃああの永遠にループしてるように見えた空間は?」

「あれは怪人の残滓みたいなもの。暫くするとなくなるから、今はもうないかな。それでええと、救世主様が女の子になってるのは私達魔法少女の『権能セレスティアル』が関係してると思う」


少女の話す言葉に相槌を打ちながら、鏑木が話してくれていた魔法少女の情報と照らし合わせていく。

魔法少女とは“純粋さ”で強さの強弱が変わるらしいが、変身者を象徴するモノが形となって現れたのが『権能セレスティアル』という特殊能力らしい。


例を挙げるなら先日電気怪人を倒した『蒼炎』の魔法少女の権能は、赤い炎よりも更に熱く燃えたぎる蒼い炎を自在に操ることが出来るというもの。

ここで思い出して欲しいのは、目の前の少女の権能が『逆転』であるということ。


「つまり、俺の身体が可愛らしい女の子になってしまったのは・・・?」

「あははっ、えっとね、うん。私のせいです」

「・・・ふぅ、それじゃあすぐに戻してくれないか?この格好で会社に出勤したら大騒ぎになるから」

「ごめんなさい。そうしたいのは山々なんだけど、無意識のうちに『逆転』の権能が発動してたらしくて───戻し方わかんない☆」


苦笑いを浮かべてテヘペロとポーズをとる少女。あまりにもイラッときたので頬を優しくつまんだ。


「え、なに?私のほっぺ気に入っちゃった?」


「あぁ、とてもつまみがいがありそうだよォッ!」

「にゅぁあああ〜〜〜ッ!?」


揉みくちゃにしてやること数分。地面にへたりこんだ、頬が赤い少女を上から見下ろして「ふん、これくらいにしてやる」と意気揚々と告げた。息子をなくしたのにも関わらず、気分は晴れやかである。


超、スッキリ!


まぁでも、これで息子の仇を取れたとは思わない。元はと言えば使い道のない人生を歩んだ俺が悪いんだけどな。あれ、なんか心痛い。


「ひ、酷いよ救世主様ぁ・・・」

「酷いのはどっちだよ、全く」


ちょっと可哀想になるくらい涙目になっているが、元に戻る手段がない以上、俺は犠牲者だ。会社の方には事情を説明しておけば良いが、色々とめんどくさい。鏑木と鞍墾にも弄られるだろうし、今後のことを考えると頭を抱えたくなる。


しかし目の前の少女も、魔法少女として怪人の驚異から守ってくれているのだからあんまり責められない。怪人を倒して自分もぶっ倒れたとか言ってるし、情状酌量の余地は大いにあるはずだ。


そう思っていたのだが───。


「うぅ、でも救世主様も魔法少女になれたことだし、そんなに悲観することないと思うよ?」


「・・・今なんて言った?俺が、魔法少女って言わなかったか?」

「うん!魔法少女になってるよ!」


混じり気のない笑顔で告げたとんでもない情報に頭がクラクラしてきた。それと同時にビキビキと額の血管が浮き上がる。


「なんっで俺が魔法少女になってんだよ!」

「わかんないよぉ。私も感覚で、あ、救世主様が魔法少女になってる!って感じただけだもん」


もん!じゃないよもんじゃ。ただの美少女ならいざしらず、アラフォー間近のおっさんが魔法少女とかどんな悪夢だよ。


この歳になるとそろそろ魔法使えるくらいにならねぇかな、とは思っていたが、断じて魔法少女になりたい訳じゃない。人智を超えた怪人相手に戦うなんてことゴメンである。


「はぁ、これからどうしよ俺」

「怪人を倒せばいいんじゃないの?」

「あのなぁ、そういう単純な問題じゃないんだよコレは。俺が担当してるプロジェクトも佳境に入ってきてるし、ここで抜ける訳にはいかないんだ」

「大人ってめんどくさいね」


あぁそうだよ、大人はめんどくさいんだ。

間違えられる年齢はとうに過ぎて、責任と仕事だけが後を追いかけてくるのが大人だ。怪人を倒して生きていくのも、責任が付き纏うだろう。


「ていうかそもそも、ここ数年運動してない奴が怪人を倒せるのか?報酬金が貰えるのは良いが、命を懸けてまでお金が欲しいと思わないな」

「うーん、でもね?救世主様って今、物凄くつよーい魔法少女になってると思うんだ」

「強い?それまたどうして」

「何かね、私たち魔法少女にしか分からないと思うけど、今の救世主様って魔法少女ぱわー?みたいなやつが凄く溢れてるの。大人になるにつれて魔法少女ぱわーは普通弱まるから、こんなの有り得ないはずなのに何か覚えある?」


互いに疑問符を浮かべて考えてみるが、

そんなこと言われても全く覚えはないんだよなぁ。純粋な魔法少女が強いらしいが、大人になるにつれて魔法少女パワーとかいうやつが減るのは、きっと純粋さがなくなるからだろう。


となるとやはり、純粋さの欠片もない大人である俺が強いなんてことあるはずが───待て、純粋?もしかしてそれって、俺が童貞であることと関係があったりするのか?


いやいやそんな訳ないよな、うん!


「何か分かったの?」

「何もわからん!」


嫌な答えに辿り着きそうで俺は考えるのをやめた。

まさか童貞を極めたせいで魔法少女として強くなる、なんてことあるはずがないのである。


「うーん、分からないよね。あっ、それじゃあ今から検証してみようよ!」

「検証・・・?」

「うん、怪人を倒してみるの!それもとびっきり強いやつ!」

「はぁ?っておい、ちょっまっ!?」


朗らかな笑顔で無理難題を告げる少女。その手が俺に触れた途端、身体が何処かに連れていかれるような感覚が俺を襲う。ほんわり光る少女の体から察するに『逆転』の権能を使ったのだろう。


どんな使い方をしたのかは分からないが、大人であるはずの俺は情けなく震えているしかなかった。


鏑木、鞍墾、すまん。どうやら俺は無事に帰れないらしい。

だからどうか、俺がもし会社に戻ることが出来なければ、秘蔵のノートパソコンにあるフォルダを全て削除して欲しいと心の底から願った。

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