リーマンおっさん、童貞を極めて大魔法少女へと至る
羽消しゴム
おっさん、魔法少女を助けて美少女になる
とある普通の中小企業に務めるただのおっさん。それが俺に対する周りの評価だろう。顔も普通、性格も多分普通・・・いや、今まで告白して玉砕してきた数なら負けないことが取り柄なだけのギリギリアラサーだ。
振られる時の台詞は決まって「そういう目で見れない」から始まり、最後は「ごめんなさい」の言葉で締め括られる。お陰で今までの交際経験はゼロ。年齢=彼女いない歴とはよく言ったものだが、大魔法使いも夢じゃない俺からすれば笑い事では無い。
同級生達が続々と出産ブームの中で未だに独身。寂しくないと言えば嘘になる。
カチカチとパソコンに指をうちつける度、俺の首元に掛けられた“
「はぁ・・・」
「ん?どしたんすか課長、元気ないっすね」
これからの虚しい人生のことを想像してため息を吐く俺に話しかけて来た男は、後輩の“
生意気な奴だがどこか憎めない、仕事の出来る期待の新人である。
「いや、何でもないさ」
「そうっすか?あ、ところで係長!昨日の“魔法少女”達の活躍見ました!?」
「昨日のか・・・確か、《電気怪人》とかいう奴と戦った奴だよな?」
「そうなんす!町中から電気を蓄えて攻撃してくるっていう厄介な怪人なんすけど、『蒼炎』の魔法少女ちゃんが大活躍して凄かったっす!周りの魔法少女ちゃん達も見てるだけじゃなくて、避難誘導とか支援とかもしてて・・・まだ中学生くらいの年齢なのに一生懸命戦って、女の子同士で仲間と力を合わせて立ち向かってたんすよ!───百合最高っす!」
早口で捲し立てる鏑木に苦笑しながら、デスクの上に積み上げられた資料に目をやる。
鏑木は魔法少女の話になるといつもこうだ。
俺が生まれる前から現れ出した怪人とかいう化け物が、突如世界を侵攻し始めた。その時に“魔法”と呼ばれる力を手に入れた少女たちが、各地で暴れる怪人を食い止めた。
故に人々は彼女達のことをこう呼ぶ───“
あれから随分と時が経った今では、魔法少女は日常の一部となった。大きく数を減らしたが未だに出現する怪人を滅し、半ばアイドル的人気を誇っている、というのが鏑木談である。
魔法を使える、という言葉だけで見ればだいぶアバウトなモノだが、少し羨ましく感じるな。アラフォーになれば俺も魔法が使えるようになるのか?
試してみたい気もするが、虚しい結果になるのが目に見えてる。試さなくても虚しいんだが・・・あれ、目から涙が。
よし、こういう時は鏑木を弄るに限る。
「頼むから幼い少女を襲うような真似はやめろよ?」
「か、課長!?俺どんな変態だと思われてんすか!?」
からかい口調で鏑木に懇願すれば、やいのやいのと俺の認識を改めて貰う必要があるみたいです!と騒ぎだす。だがコイツに情けは無用だ。
爽やかな容姿と人懐っこい性格、仕事の出来も良い鏑木は会社内で数多くの女性陣の心を射止めていることを俺は知っている。
もげろ!とは言わない。折れてくれとは思うが。
「うわ、鏑木くんって変態さんだったんですか!?」
「違うっすよ!
「良いか鞍墾、先日俺が残業していた時鏑木も一緒に居たんだが、やる気を出すために何をしてたと思う?」
「何ですか?気になります!」
「や、やめてくださいよぉぉぉーー!!」
部署内に鏑木の絶叫が木霊した。それを見ていた鏑木と同期の女性である“
彼女も鏑木と同じく優秀で、うちの会社での男性人気はトップである。才色兼備とはこのことを言うんだろうな、と鞍墾と鏑木のやり取りを眺めつつ視線をパソコンに移した。
騒がしい後輩たちだが、それ以上に心地良さを感じていた毎日。相も変わらずパソコンと睨めっこするのは変わらないが、これも俺の人生。
きっとこれからも変わらず、定年退職するまで平坦な人生を歩んでいく───そう、思っていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「あーあー、だいぶ降り出したな」
空に根差した鈍色の雲は厚く、太陽が顔を出す隙間すら見当たらない。
天気予報は確認してたが、突然の大雨に傘を買いに行っても品切れだった。よって仕方なく、出来るだけ濡れないように歩いて帰っている。
腕時計の時刻は既に8時の指針を指していて、今日終わらせた仕事量の多さを物語っていた。意図せず水溜まりを踏んでため息を零しつつ、普段と変わらない帰路につく。
だがおかしい。
「変だな。ここの道ってこんなに長かったか?」
歩いても歩いても家に辿り着かないのだ。スマホのGPSで居場所を確認しながら進んでも、結局何故か元の場所にたどり着いてしまう。
背中にゾワリと冷たいものが走った。それ果たして雨粒に濡れたせいか、はたまた───いやよそう。考えたら発狂しそうだ。
とりあえず周りの状況を確認しながら進んだ方がいい。
そう思って周りを見渡した時に、道路の端でポツンと横たわる何かが見えた。
「ッ!あそこに倒れているのは・・・魔法少女か!?」
思わず持っていたバッグを放り出して、急いで駆け寄る。
呼吸を確認するために耳を口元へ近づけた───良かった、息はある。だがそれも弱々しいもので、風前の灯火と言っても過言ではないほどだ。
警察?救急車?それか魔法少女関係なら、
こういう時鏑木なら適切な場所へ電話出来るだろうに・・・そう思ってスマホで連絡を入れてみるが出ない。それどころか、警察や
「くそっ!なんでだ、こんな小さな女の子が死にかけてるのに俺は何も出来ないのか・・・?」
雨宿り出来る場所まで少女を運びスーツを被せるが、人を助けたことがない俺にはこの処置が正しいか分からない。外傷が見当たらない以上変に動かすのは良くないかもしれないが、この冷たい雨の中だ。低体温症で症状が悪化するのだけは避けたかった。
しかしそんな気遣いとは裏腹に少女は苦しそうに眉を歪ませ、小さく体を震わせている。外部と連絡がつかない以上暖かな場所で体温をあげる必要があるが、ここから我が家までは時間がかかる。
だがやるしかないだろう。
「すまない。あまり揺れないようにしてみるから」
聞こえているか分からない少女に言葉を告げて抱き抱え、雨の中をひた走る。途中で投げ捨てたバッグの事が頭をよぎったが、人命には換えられない。
重要な書類が濡れても、明日俺が怒られるだけで済む。だがこの少女は明日が来ないかもしれない。
必死に走った。
もうスーツが濡れたとか靴下が濡れたとか気にする余裕がなく、ただ我武者羅に走り続けた。
そして───。
「抜けた、のか?」
ふっ、と身体にかかっていた重しのようなものが抜けて、一気に楽になる。周りを見れば、先程までなかった人々の喧騒が聞こえた。
どうやらあの不思議な空間から脱出できたらしい。
数メートル先に我が家が見え、少女の体調のこともあって急いで帰宅する。
「タオルと毛布と・・・後は服か。だが幾らビシャビシャとはいえ、アラサーの男が見た目中学生の女の子の服を脱がせるのは・・・ええいままよ!ここまで助けたならやるしかない!」
この子の親御さんのことや、なぜ倒れてたのかなど分からない事だらけで少々怖い。ただ一先ずは暖かい格好をさせておくべきだろう。
あぁそうそう。電話をかけた公共機関だが、やはり魔法少女関係は
切羽詰まっている状況らしく「今はすやすや眠っています」と答えれば、落ち着いたようにため息を吐きながら呟いた。
「・・・良かったぁ。貴方の言うことが本当なら、危機的状況は脱したみたい。その子に代わってお礼を言わせてもらうわ、本当に本当にありがとう」
「いえ、そこは当たり前のことをしただけなんでいいんですが・・・その、ご両親は?いつお迎えに来られますか?」
俺が気になったのはこの子の親御さんのことである。きっと家に帰ってこなくて心配しているはずだ。
そう思って問い掛けたのだが、歯切れの悪い返答が返ってきて地雷を踏み抜いてしまったと理解するのに、そう時間は要らなかった。
・・・え、でも結局どうするんだこの子。迎えが来ないなら俺の家で暫く預かるしかないが、まさかそんなことには───
「暫く貴方の家でサヴェンダーちゃんを預かって貰えないかしら?」
───なっちゃったな今。
「いやいや、いくら子供とはいえ成人男性のところに預けますか?」
「他に方法がないもの。まぁもしその子に卑猥な目線でも向けたら・・・分かってるわよね?」
「誠心誠意答えさせて頂きます!」
と半ば脅迫じみた物言いで預かることになったのは良いとして、この家には衣服がない。しかもこの年齢だ、俺のブカブカの服やお古などは着たくないだろう。
どうしようか、困ったな・・・近場で買いに行くしかないか。取り敢えずこういうことに詳しそうな(他意はない)鏑木に売り場を聞いてみる。
「なぁ鏑木、中学生くらいの子どもの服ってどこに売ってるんだ?」
「───課長。いくらなんでも中学生に手を出すのはやめた方がいいっすよ」
「オーケー、お前に聞いた俺が間違いだった」
「じょ、冗談っすよ課長ぉ〜。後輩ジョークじゃないっすか後輩ジョーク♡」
ピッ。
あまりにも気持ち悪い囁きボイスを出す後輩の通話を切り、少女を保護する準備を行う。服などの生活必需品は近所のスーパーで買い揃え、替えの服を上から被せて中のゴスロリチックな服をハサミで切る事で、少女の肌を見ずに着替えを成功させる。
後はエアコンをつけて、少女が寝られる環境を整えるだけ。
だがたった一つ気に掛ることがある。
それは
『逆転』の魔法少女、サヴェンダー。それが今眠っている少女の二つ名らしい。
逆転・・・一体何を逆転させるんだろうか?魔法少女の戦いを映像でしか見た事がない俺は想像出来ないが、きっと奇想天外な使い方をするのだろう。
「こんな小さな子が怪人から市民を守る魔法少女か───とんでもないな」
感嘆と少しの憐憫が湧き上がるが、気持ちを抑え込んで我が家に一つだけのベッド寝かせた。勿論俺はソファでぐっすりである。
時計の時刻を確認しながら、次第に重たくなっていく瞼に身を任せた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌朝。
どうやらいつもとは違って熟睡出来たらしく、何故か身体の調子がいい。
しかし妙だな。このソファってこんなに大きいものだったか?俺の身長でも足を縮めないと入り切らないはずなんだが、今はどれだけ手と足を伸ばしても届かない。
・・・ん?手と足?
伸ばした瞬間に見えた瑞々しくも小さな手を、もう一度しげしげと観察する。ある程度観察し終えれば、今度はグーとパーで調子を確認。
「・・・寝ぼけてるんだな、きっと」
混乱する胸中を抑え込み、今日は“やけに低い”位置から地面を見下ろした。視界の端に写る“銀色の髪”が、歩く度にふわりふわりと揺れた。いつも通り、否。いつもより時間をかけて洗面台に到着。
そして顔を洗おうと鏡に顔を近づけ───。
「な、ななっ、な!?」
ぺたぺたと顔を触る。いつもは毛穴が目立つゴツゴツとした肌が、モチモチすべすべの美肌に変わっていた。
驚きで目を見開けば、鏡の中の自分も“金色の瞳”をこれでもかと広げて驚いている。
間違いない、鏡に映るこの可愛らしい美少女は。
「なんじゃこりゃあ〜〜〜っ!?!?」
とある普通の中小企業に務めるただのおっさんの俺だ!
そう理解した瞬間。
自分のものとは思えないほど可愛らしい悲鳴が、朝の住宅街に響き渡った。
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