第7話 弟が次期当主になった理由


 王都にあるタウンハウスに帰宅後、改めてクリストフ経由で本邸、レーマン公爵領邸、ゾンター伯爵領邸の使用人たちに確認をとったが、やはりあの文句を聞いた者はいないらしい。

 ということは一応、我が家は安全であると仮定できそうだ。

 ただ、念の為結界石周辺は当面護衛をつけることにした。人件費も馬鹿にならんが、仕方がない。


「学院でも先生たちが慌ててましたね。漏れ聞いたところによれば、新調したエリアロックを受け取ったときに聞いたそうですよ。例の文句」

「やばいな」


 学院は優秀な庶民も通うが、当然貴族子女も通う。

 ぶっちゃけ王城の次に治安が高い場所であるべきなのだが、エリアロックに問題があると分かれば急いで取り替える必要があるが、今まで取引のあった商人・商団を使うわけにはいかなくなった。

 だが、商人・商団たちも知らぬうちに掴まされていたものだ。

 自身の過失ではないところであるが故に責任を負わされないと分かってはいても、取引が中断されるのは相当な痛手になるだろう。


「新しい被害が出ていないのは幸いなことだが…遠方の小さな村とかだと我々が知らぬうちに発生してる可能性もあるな」

「我が領内の関係各所に取り急ぎ確認は入れてますが…結果が届くまでは、無事であることを祈るしかありませんね」


 うーん。

 しかし、こんな大事件、本編中にフレーバーとして語られるかもしくは設定資料集に載ってるべきでは?

 エマ嬢の過去エピソードのフレーバーレベルじゃないぞ。


 まあ、そう思ってはいても仕事が減るわけじゃない。

 執務室で互いに書類を広げながら、マルクスに適宜やり方を教えながら進めていく。

 今はまだサインは俺じゃないといかんが、書類の見方や気をつける点等は今のうちに覚えておいた方がいい。


「…あの、兄上」


 こいつは差し戻し、と俺が告げた書類の内容を眺めながら、マルクスは呟く。


「兄上は……僕の顔が、わかりますか」


 書類から目線を上げる。

 今にも泣きそうな表情でこちらをじっと見るマルクスに、俺は「さすがに家族は分かる」と苦笑いを浮かべて返した。



 俺は人の顔が分からない。

 いや、表情は分かる。だが、人の顔全体を把握しようとするとぼやけたものに置き換わり、思い返すことが難しい。だから俺は人の顔と名前を紐づけることが不得手だった。

 前世にあった相貌失認のようなものを俺は発症していた。


 貴族名鑑は肖像画付きでズラッと人が並んでいるが、読んだ瞬間は理解できる。この顔と、この名前が紐づいているのだと。だが一旦閉じて、時間を置いてしまうともう無理だ。

 あれは毎年更新されてるので更新箇所だけでも把握しなきゃならん。

 しかし、前述したとおり俺は人の顔と名前を一致させるのが壊滅的に苦手だ。なので、社交の場とかはカティがいないと参加できないぐらいだった。俺とは異なり、カティはそういったのが得意だった。

 カティがいないと俺は社交の場では役立たずになるので、俺はカティが亡くなってからは夜会にひとりで出ていない。出るとしても、次期公爵のマルクスと一緒だ。


 物心ついた頃からその症状に悩まされ、両親は俺を嫡子にするのを躊躇った。その上、魔法もまともに使えないと分かって両親は俺を見限ったのだ。

 だがこんな欠陥品の俺でもゾンター伯爵を継がせてもらえたのだから、両親なりに俺に対する情はあったのだろう。


 この症状の原因が魔眼である、というのは当時俺の目を魔眼と見抜いてくれたシュルツ閣下が突き止めてくれた。

 俺の魔力は目に集まりやすい。そしてその魔力は認識したものに炎を纏わせる。俺は無意識に人を認識しないようにしているのだろう、と。

 …人を、燃やさぬように。


 ただ、努力すれば覚えられることは分かった。

 俺が趣味で描いていた絵のお陰で、家族と、接する機会の多いクリストフを認識できていた。

 覚えたい相手の姿絵を繰り返し、繰り返し描くことで認識できるようになることが分かったので、俺は覚えなければならない人物は人物画を繰り返し描くようにしている。

 …まあ、ルルは前世ゲームで散々見たから覚えてるんだよな。だからルルだけは、幼い容姿であっても認識できている。おそらく他の主要人物もそうだろう。


「誰から聞いた?」

「…クリストフから聞きました。僕が何度も兄上に当主を、と願い出るのに耐えられなかったそうで」

「そうか」

「……申し訳ありませんでした。そのような、苦労があったとは、僕は」

「気にすんな。はっきり言わなかった俺も悪い」


 今は公爵代理なため必要最低限しかやり取りはしないが、代理じゃなくて当主ともなれば人との関わりはグッと増える。

 公爵ともあろう者が相手の名前を間違えるなんざ致命的に等しい。

 一方、俺の本来の爵位である伯爵であれば、まあまあ魔眼この目のせいにして逃げることもできる。

 家のことを考えたら、俺は当主になっちゃいけないんだよ。人が認識できない上に俺が社交嫌いってのもあるけど。


「今はぺーぺーのお前でも、場数を踏めばいけるさ。シュルツ卿もサポートしてくれるっていうし、甘えとけ」

「兄上の人脈に感謝します」

「おうおう」


 こんな俺でも弟を助けられる人脈があるのは嬉しい。


「ところで兄上。今年度、領地の神殿に奉納する穀物の件なんですが…この運送ルートにある橋ってたしか先日の大雨で壊れて復旧中でしたよね?この日程ではまだ通れないのでは」

「ん?ああ、そうだな。となるとルートを変更……」

「……兄上?」


 …今回、狙われた家に規則性はない。

 その狙われた家々がエリアロックを購入した商人・商団も統一性がない。もちろん、別々の家がひとりの商人・ひとつの商団に頼んだケースもある。だがそれは文句を言われなかった家も利用している。

 当然、彼らの仕入先も調査が入ったが問題はない。仕入先は魔具士ギルドだ。納品されたエリアロックの作成者である魔具士は十数人いたが、ギルドの在庫にあった彼らの作成したエリアロックに問題はなかった。


「運送業者」

「え?」

「魔具士ギルドから商人・商団に持っていくには運送業者が絡んでる。そいつらに統一性はないのか?」

「……それは」

「マルクス。お前、明日学院に戻るな?ちょっと学院で探り入れてくれるか」


 机から書類を取り出し、スラスラと公爵代理による要請書を記入する。

 見当違いかもしれんが、まあ、可能性を潰すに越したことはない。

 あと一応、シュルツ卿にも一報入れて…フィッシャー卿、ペベルにも聞いてみるか。あの議場で発言したホフマン男爵とは付き合いがないし、まずは我が家も含めて5例ぐらいあれば多少見えてくるだろう。


「…分かりました。学院長経由で確認します」

「まあ、我が家の仕事じゃないから。無理って言われたらいいよ」


 もし運送業者が犯人だったらヤバいな。

 組織絡みか、業者に紛れ込んだ犯罪者の仕業か…。


 ……ん?犯罪者?



 おいおい。あるじゃん、思いっきり怪しい組織。

 攻略対象者のひとり、カールが所属してる暗殺者ギルド!!



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