第5話 不安の引き金

――――――夕食。


「…あのさ」

「ん?」

「手見して。」

「うん?うん。」


「この手好き。」

「ありがとう。」

「……」

「なに?」

「ううん。」


沙耶の目を見て時間が止まっていた。


「…キスしたい?」

「なんでわかった?」

「なんとなくね。」

「ご飯食べてからにしないと。せっかく作ってくれたから。」

「ありがとう。そうやって言ってくれて。」

「……」



「なに。」

沙耶が笑う。


僕は箸を置いて沙耶を後ろから抱きしめた。


「我慢出来ない?」

「…ちょっと違う。」

「なに?」

「…わかんない。」

「不安?」

「あっちとこっちが合致しない。」

「…あはは。どっちに従う?」

「……仰せの通りに。」

「…じゃあ、おすわり。食べて。」

「はい。」


――――――――――――――――――。


食器を洗う沙耶をずっと見てるとその視線に沙耶が気付いた。


「どした?」

背中を向けたままそう聞く。


「なんだろ…めちゃくちゃにしたい。」

「別にいいけど。」

「…でもいいや。」


沙耶はこちらを振り返った。


僕は瞬時に沙耶を後ろから抱きしめた。


「勘違いすんな。不安になんなくていい。俺はちゃんとお前を愛してる。」

「本当に?」

「本当。」


そう。こういう時ってちょっとした言葉でも不安になる。一気に胸がザワザワして逃げ出したくなる。沙耶は我慢する女。今までずっと我慢してきたんだと思う。だから今はちゃんとそれを受け止めて『そうじゃないよ』って言ってあげたい。


言ってあげて半ば強引にキスしてあげたい。



「……。」

「大丈夫。安心しろ。どこにも行かない」

「うん。」

「不安になっちゃったね。ごめん。」

「大丈夫。もう大丈夫。」


僕はもう一度沙耶にキスした。


すると沙耶は手を止めて泡だらけの手を僕の頭に回して求めてきた。


痛い程理解できる。


(いいんだよ。それで。いいんだよ。さあやも、俺もそれでいいの。)

「ありがとう…」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る