ミレペダの洞窟②




 どれほど憂鬱でも、時間は等しく流れゆく。確実に、残酷に。

 あーだこーだと悩んでいる間に、あっという間に夕方となった。ばっくれることも割と真面目に考えたが、世界三大勢力たるギルド連合の……っていうか、副総長のケンジさんの逆鱗に触れそうなのでやめておいた。

 それに、あの二人、ジャックとステイン。たった一晩のことではあったが、僕としても彼らのことは気になる。助け出せるなら助けたい。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか帝都の北門に辿り着いていた。

 そしてそこには、既にギルドの冒険者と思しき人達も集まっていた。

 重剣士にアーチャー。そして魔導士。この魔導士は、おそらく支援魔法に長けた魔導士だろう。所持している杖には碧色の晶石が取り付けられているし。


「お、おい……」


「あの人は……」


 彼らは僕に気付くなり駆け寄って来た。


「あの……もしかして、ユージーンさん、ですか?」


「ええ、そうです。今日はよろしくお願いします」


「い、いえこちらこそ! よろしくお願いします!」


 メンバーは深々と頭を下げる。

 見たことのないメンバーだった。おそらく、僕が抜けた後にギルドに加入した冒険者なのだろう。


「僕は治療師として参加していますので、戦闘面で皆さんに頼ることになると思います。ある程度の傷ならすぐに回復できますので」


「こ、心強いです! それと、我々は前衛ではありますが……その、攻撃面は、おそらくヴェロニカ様が……」


(ヴェロニカ……様?)


 なぜ様付け。


「今回のクエストもヴェロニカ様がいればなんとかなるかと思います。ですからユージーンさんは……」


(そうか……ヴェロニカの奴も……)


 ギルドを去ってから二年。

 ケンジさんは破壊力が成長したなんて言っていたけど、なんだ、それだけじゃないじゃないか。

 僕が彼女と行動していた時、とてもじゃないが、彼女がいればなんとかなるなんて言えなかった。そして今、彼女の姿を見ているギルドメンバーがそう言っている。

 きっとこれが彼女の本当の成長なんだろう。

 元の彼女を知っているからこそ、どこか感慨深く、それでいてちょっとだけ悔しかった。

 

「……わかりました。回復は僕に任せてください」


「ユージーンさんは、ヴェロニカ様のをお願いします!」


「………………はい?」


「攻撃面では何も! 何も心配はしていません! ですがヴェロニカ様ときたら……森に行けば焼け野原にし、神殿に行けば廃墟にし、山岳に行けば平地に変える! 我々では到底制御できないんです! ユージーンさんのことはマスターから聞いています! ですからくれぐれも……くれぐれもヴェロニカ様のこと、よろしくお願いします! 我々も死にたくありません!」


「…………」


 前言撤回。

 何やってんだあいつ。微塵も成長していないどころか、本格的に厄介になってるじゃないか。

 

「……で? そのヴェロニカはどこに?」


「は、はい。もうすぐ到着されるかと……」


「――私ならここにいるわ」


「ッ!?」


 涼しい言葉に、パーティー全体が顔を引き攣らせる。

 そして街の奥から、彼女は姿を現した。

 赤い髪と赤いローブ。整った顔にはまだ幼さも残る。

 忘れもしないその者こそ、『紅焔の魔女』、ヴェロニカ・クラフトフだった。


「久しぶりね、ユージーン」


「あ、ああ……久しぶり、ヴェロニカ……」


 彼女は以前よりもどこか雰囲気が変わっていた。

 以前が天真爛漫ってわけではなかったが、雰囲気が尖っているように感じる。。


「…………」


 彼女はジッと僕の顔を見ていた。

 

「ええと……なにか?」


「……ユージーン。ちょっと確かめたいことがあるんだけど……」


「確かめたいこと?」


「うん。ちょっと爆裂魔法撃っていい?」


 ヴェロニカは杖を取り出し、緋色の晶石を輝かせる。

 怯えるギルドの面々。


「いいわけないだろ。何やってんだよ」


「いや、本当にユージーンかなぁって。なんだか以前より落ち着いているし」


「二年も経てば大なり小なり変わるだろうに。とりあえず杖をしまえ、杖を」


「大丈夫。ちゃんと加減するから」


「微塵も大丈夫じゃないから。そもそも街中で爆裂魔法なんぞ使おうとするなよ」


「その言い草、まさにユージーン……」


 彼女はようやく杖を虚空へと収納する。

 その隙に、ギルドメンバーが引き攣った笑顔で宣言した。


「と、とりあえず出発しましょう! 馬車を二台用意してあります! 目的地のダンジョンには、早朝に到着する予定ですので! ユージーンさんはヴェロニカ様と一緒に!」


「え゛。僕、ヴェロニカと二人なんですか?」


「はい! !」


 そう言い残し、僕とヴェロニカ以外のメンバーはそそくさと馬車に乗り込んでしまった。


(逃げたな……)


 何やら差し出された生贄の気分になってきた。


「何やってるのユージーン。さっさと乗るわよ」


「あ、ああ……そうだな……」

 

 そして馬車は走り出す。

 何度か乗ることもあったが、やはり馬車はいい。速度こそ自転車並だが、ゆったりとした景色の流れと適度な振動が趣深い。こっちの世界に来て初めて馬車に乗った時は驚いたものだ。木製の車輪だったこともあり、動くときに相当な振動があると思っていたが、実際はそこまでの振動もなく不快感がなかった。

 目的地のダンジョンに到着すれば、否が応でも緊迫した事態となるだろう。

 だからせめて、今だけはゆったりと過ごして英気を養いたい。

 ……そんな淡い願いは、ヴェロニカによって崩れ去ることとなった。



 


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