百七十七話 私は達成した。

 私が、叫ぶにいいだけ叫んだ、白髪部(はくはつぶ)の草原。

 涙に濡れる突骨無(とごん)さんに感化されたのか。

 阿突羅(あつら)さんの葬儀に参加していたほとんどすべての人の、すすり泣く音と声が満ちた。


「突骨無が、そんなことを考えていたなんてな……」

「俺たちは少し、早とちりしちまったのかもしれねえ」


 そこには、突骨無さんに反感を持っていた一団も混じっている。

 話せばわかり合えることだっていっぱいあるだろうから、突骨無さんは領民のみんなともっともっと、話し合えばいいんだよ。

 王になりたいとしても、仲間の話にきちんと耳を傾ける王に、なればいいさ。


「だ、だからってよお、素手の斗羅畏(とらい)をこんな、葬儀の場で不意打ちみてえな真似で襲いかかるなんて」

「言ってやるなよ。もう散々に突骨無……いや、大統は痛い目を見てるじゃねえか。荒事はここでおしめえで、いいじゃねえか」


 ぞろぞろと人が集まり、斗羅畏さんと突骨無さんをそれぞれ守るように囲む。

 もう喧嘩も暴力もあってはいけないと、みんなが思ってくれたのだ。


「うう~良かった~ほんとに良かったよおぉぉ~~~」


 怒りを爆発させきった私も、疲れと安堵でその場に泣き崩れた。

 まあこの後、私たちは冷静になって場を仕切り直し、翠(すい)さまに言われた交流の話をしないといけないんですけれどねー。

 なんかちょっと興ざめと言うか、余韻もへったくれもないなあとワガママを思う私であった。

 腰を落ち着かせて休むために、いったんは私たちも控えの包屋(ほうおく)に戻ろう。

 そう思ったとき、軽螢(けいけい)が突骨無さんに言った。


「末っ子ちゃんさ、覇聖鳳(はせお)のやり方は長くは続かない、どっちにしても早死にするって、さっき言ってたじゃんか」


 少しは気を持ち直したのか、幾分とすっきりした顔で突骨無さんは答えた。


「そうだ。あんな、一々毎度毎度、自分の命を賭け場に放り出すようなやり口じゃ、運が良くないと生き残れない。覇聖鳳が運良く生き延びたとしても、後継者は同じことをできないだろう?」


 確かにそれはそうだ。

 覇聖鳳という傑出した個人の力量に合わせて領土を経営しても、覇聖鳳が斃れてしまっては後が繋がらない。

 継続性や再現性に欠ける、あるいは脆弱性が大きい状況と言える。

 覇聖鳳は贅沢にも興味がなく、領民に食料を優先的に回せたって事情もあるからね。

 突骨無さんはそうでなくて、誰が統治しても安定し継続発展できるシステムを、戌(じゅつ)の地、この北方に作り上げたいのかもしれないな。

 そういう難しい話を軽螢は理解しているのかいないのか。

 あっけらかんと、突骨無さんにこう言ったのだ。


「でもその覇聖鳳を殺したのは、うちの麗央那だゼ。麗央那がトチ狂った真似をしないと、覇聖鳳は絶対に倒せなかった。末っ子ちゃんや孫ちゃんがいくら頑張っても、麗央那以外に覇聖鳳を殺せるやつがいるなんて、その場に居合わせた俺は思わねえよ」

「よく言ったね軽螢。あとで肩を揉んであげる」


 真実を突いたコメントに気を良くした、私からのサービス。


「やったぜ。どうせなら腰の辺りを強めに頼むわ」

「メェ、メェ~」


 鳴いてねだってもヤギなんぞ揉んでやらん。

 そして突骨無さんの考えは良くも悪くも王道であり、周辺に飛びぬけた厄介さんがいるだけで、停滞するか瓦解する策略なのだ。

 阿突羅さんが衰えて、覇聖鳳が生き続けるという未来がもし、あったとしたなら。

 突骨無さんと斗羅畏さん、どちらが阿突羅さんの跡を継いだとしても、覇聖鳳の無軌道ぶりにキリキリ舞いさせられて、王国を創生するなんて大事業に取り掛かれないだろう。

 私たちのような頭のおかしい飛び道具がいないと、覇聖鳳のようなイレギュラーに対処できない、ということは。

 突骨無さんは自分たちのやるべきことを、自勢力で自己完結できないということにもつながる。

 軽螢の言葉に、私は付け加えて教えてあげた。


「覇聖鳳が死んだ今、昂国(こうこく)が一番警戒しているのは突骨無さん、あなたです。あなたが王になろうとしても、昂国は絶対に邪魔をして潰しにかかりますよ」


 実際、私の今回の旅は、突骨無さんにこれを伝えることが主目的であったようにも思う。

 すでに、その差し金は戌族の地に広く深く浸透している。

 遠く離れた河旭(かきょく)の片隅に軟禁されている、人の姿を借りた怪魔は。

 大小の策謀を無数に駆使して、突骨無さんが王になれないように段取りを組んでしまっているだろうからね。

 しかし、私の忠告に突骨無さんは不敵な笑みを返し、こう言った。


「それくらいは俺も考えてるさ。それを踏まえた上で、俺ならなんとかできると思っていたし、まだ諦めたつもりもない」


 悪い術や薬の影響が抜けかけているのか。

 突骨無さんの眼には、確かな光があった。

 それでも私は、老婆心を発揮してこう言わねばならなかった。


「事故で殺されかけちゃったけど、私は突骨無さんのことをそれほど嫌いではありません。そんな知り合い以上友だち未満の私から言わせてもらえば」


 すう、と息を吸い。

 真っ直ぐに、突骨無さんの深い紅眼を見て、告げる。


「突骨無さんと姜(きょう)さん、いえ除葛(じょかつ)軍師では、ハッキリ言ってモノが違います。まともにやり合ったらまず勝ち目はありません。除葛軍師が生きている以上、突骨無さんは北の王にはなれないでしょう」

「手厳しいな……」


 私にハッキリと言われ、寂しげに苦笑いを浮かべる突骨無さん。

 しかし私の言葉に反論したのは、周りを囲んでいる厳ついお兄さんたちだった。


「嬢ちゃん、黙って聞いてりゃずいぶんと言ってくれるじゃねえか」

「大統が一人じゃ勝てなくても、俺たちがいる。力を合せれば、なんだってできらあ」

「おうよ。全員を救い、全員で豊かになるって突骨無の心はわかったんだからな。俺たちの命は、そのために使うだけだ」


 思いがけずに庇われて、突骨無さんは驚いた顔をし。


「……お前ら、こんな俺でも良いのか。まだまだ足りない、情けないばっかりの俺でも、付いて来てくれるのか」


 目に涙を浮かべ、そう訊いたのだ。

 男たちは余計なことを言わず、照れ笑いだけでそれに答えた。

 言葉の要らない時間と、言葉を尽くして語り合う時間と。

 これからたっぷり重ねて、良い土地にしてくださいね。


「とりあえず話は落ち着いてまとまったみたいだな。斗羅畏、お前さんはどうするね?」


 気安い態度で椿珠さんが斗羅畏さんに尋ねた。

 ふむーと息を吐いた斗羅畏さんは、阿突羅さんの遺体が安置されている祭壇の前を見つめて言った。


「俺は近々、領域を荒らす黒腹部(こくふくぶ)の連中を今度こそ大々的に叩いて、両者の土地の境界を安定させるつもりなんだが」


 ぽりぽり、と頬をかきかき、突骨無さんから敢えて目を逸らして、斗羅畏さんは続ける。


「もし良ければ、大統どのにも協力いただきたい。もちろん相応の礼は用意させてもらう。白髪側の領を拡張したいというのであれば、群臣と協議して理解を得られるように善処しよう」


 不器用でわざとらしい、どこか棒読みのようなセリフだけれど。

 あの斗羅畏さんが、自分から引いて、頭を下げて頼んだのだ。

 その申し出に私たちは驚き、突骨無さんは笑って。


「ああ、聞かん坊連中を大勢、引き連れてお邪魔させてもらう。東の頭領どのは寝ててくれて構わないくらいに暴れ倒してやるさ」


 荒々しい草原の武者らしい和解を、両者は成したのだった。

 随分と遠回りをしたように思うけれど。

 こうして同い年の叔父と甥は、亡き父の前でぶっきらぼうに肩を抱き合える関係に、やっと戻ったのであった。


「そ、そう言えば麗さん」


 さっさと包屋に戻って休みたい私。

 まだなにかあるのか、突骨無さんが声をかける。


「なんですか。細かい話はちょっと休んでからにしていただけると」

「い、いや、その、俺が斬ってしまった体は、本当に大丈夫なのか? 痕なんかが残っていたとしたら……」

「残ってたらどうだって言うんですか。きれいさっぱり消してくれるんです? できないでしょ?」


 できないことはありませんがね、手術代は高くつきますぜ、ふふふ。

 なんてことを言われたらどうしようと思ったけれど、もちろんそんな黒コートのモグリ医者はこの場にはいない。

 まあ一万金までなら出せないこともありませんけどね?

 ってそれ、私ではなく司午家(しごけ)の予算なんだよなあ。

 借金増えるだけやんけ、却下だ却下。


「それは、責任を取って俺が麗さんを、死ぬまで面倒見」

「女を口説いてる場合か貴様ーーーーーーーーッ!!」


 さすがにブチ切れて、私は生まれて初めて、他人の顔を拳で殴ったのだった。


「あぃだっ、やっぱりダメか」


 抜けた歯の口元を撫でさすり、再び私に尻餅をつかされる突骨無さん。

 私の手だって痛いわ。

 ったく、こいつの色ボケ、まだ治ってなかったんかよ!

 ならば私はこう言わなければならないでしょう。

 

「医者はどこだ! さっさとこの色男を診てやって!!」


 ぷんすかと鼻息荒く、包屋へ引っ込む私。

 戻りがけ、翔霏(しょうひ)が空を見て驚きの声を発した。


「昼なのに、流れ星が見えた。北の極天の方角だ」


 話を聞いて、みんなが空を見上げる。

 私だけ一人、ぷりぷり怒りながら前だけを見て、歩く。

 星や神さまにお願いするようなことは、もうなにもない。

 願いはすでに、十全に聞き届けられたのだから。

 私の世界はすべて、こともなし!

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