貴方と出会った日から

貴方と出会った日から

「うん。茉莉まつりによく似合ってる。写真撮ろうか?」

「お願い」


 満足気に頷いてSNS用に写真を撮ってくれた莉央りおちゃんは、出会った時と変わらず自信に満ち溢れていて今日もカッコよかった。


「しばらくは茉莉と同じにして、ってファンの子が沢山来るな」

「いつもごめんね?」

「むしろ宣伝ありがとう。みんな可愛いんだよ。茉莉のこんなところが好き、って沢山話してくれて」

「へぇー。可愛いんだ」

「女の子はみんな可愛いよ」

「莉央ちゃん、チャラい」

「はは」


 私のファンが沢山来る、って言うけど、莉央ちゃんと話したくて来てるんだと思うな……無駄にイケメンな事するし。


「この後は雑誌の撮影だっけ?」

「うん。あとはインタビューも」

「私の話はしなくていいからね」

「聞かれたらするかも」

「えー」


 私が今こうして歌えているのは、莉央ちゃんのおかげだから。あの時莉央ちゃんが声をかけてくれなかったら、きっと今ここにはいなくて、夢を諦めていただろう。



『石川さん、今日はよろしくお願いします』

「こちらこそ、よろしくお願いします」

『今回の髪色もお似合いですね』

「ありがとうございます。今日のために昨日染めてきました」

『いつもの方ですか?』

「はい。私の話はしなくていい、って念押しされたんですけどね」

『是非色々お聞きしたいです』

「何でも聞いてください」


 インタビューをされると、莉央ちゃんの話題になることが結構ある。音楽を辞めようと思った事はあるか? だったり、人生の転機は、だったり、莉央ちゃんに繋がることが沢山あるから。


『……次に、美容師さんとの出会いから伺ってもよろしいですか?』

「はい。始まりは2年前になるのですが……」


 改めて莉央ちゃんとの出会いを語るのは久しぶりかもしれない。



 大学とバイトの合間に使用許可を取って、路上ライブを続けてきたけれど立ち止まってくれる人はほとんど居らず、今日で最後にしよう、と思っていた。


 今日も普段と変わらず、興味を持ってくれる人は居なかった。成功する人なんてひと握りだし、私はそうじゃなかったんだ。



「凄くいい声だね。上手だし。今日はもう終わり?」

「え!? あ、ありがとうございます……はい。終わり、というか、もう辞めようかな、と」

「ふーん……?」


 最後に1曲、とお気に入りの曲を歌い終えて片付けを始めれば、声を掛けられた。

 顔を上げれば、肩までの金髪で、ダメージジーンズにパーカー姿のかっこいいお姉さんがにっこり笑って声を褒めてくれた。


「大学生?」

「そうです」

「うん。決めた。突然だけど、カットモデルお願いできないかな」

「カットモデル……」

「そう。今日はもう遅いから、明日とかにでも。ちょうど土曜日だし。あ、でも急だし予定あるか」


 やけに人懐っこいというか、フレンドリーなのは職業柄か、と納得した。


「明日はバイトも休みなので空いてます、けど……」

「お、ほんと?あ、今更だけど名前聞いてもいい?」

「石川茉莉です」

「茉莉ちゃんね。私は岡田莉央です。よろしくね。明日、ここに来てもらえるかな。店は休みなんだけど、1日店にいるから、何時でも時間ある時に来てくれれば」


 そう言って、名刺を渡してきた。店長 岡田莉央と書いてある。私より少し上くらいに見えるのにもう店長なんだ……凄いなぁ。私とは大違い。


 家に帰って調べてみたら、口コミも凄く良くて、美容師さんがイケメンというのも多かった。きっとさっきの人のことだと思う。



「こんにちはー……!?」

「お、莉央が言ってた子? へー、可愛いじゃん。いいね。あ、待って待って怪しくないから! あ、帰んないで!? 莉央ー!!」


 翌日のお昼すぎにお店についてドアを開ければ、赤? ピンク? の髪をしたお兄さんが待っていた。なんかニヤニヤしてたし、身の危険を感じて咄嗟にドアを閉めた私は悪くないよね?


 外から中を覗けば、慌てたように奥から出てきた岡田さんに、ピンク髪の人がニヤニヤしながら何かを言って、ドアを指さした。わ、目が合った……!


「ごめん! ちょっと奥にいて……オーナーはあんなだけど怖くないから」

「……オーナー?」

「うん。オーナーの木下香織さん。香織さん、聞こえてましたけどあれは誤解されますって」


 あ、オーナーさん、女性なんだ……


「いやー、莉央がナンパしたって言うからさ。あの莉央が……!」

「余計なこと言わなくていいですから。そしてナンパじゃないですから。オーナーは向こうに行っててください。茉莉ちゃん、入って。真ん中の椅子に座ってくれる?」

「あ、はい……」

「後はお若いもの同士でー」

「はぁ……オーナーもそんな変わらないでしょ……驚かせてごめんね」


 奥に行った木下さんを見送って、岡田さんがため息を吐いた。


「カットと、嫌じゃなければカラーもしたいんだけど、どうだろう?」

「あ、はい。大丈夫です」

「ありがとう。希望の髪型とか、色はある?」

「え、希望もいいんですか?」

「うん」


 カットモデルって決められた髪型にするのかと思ってたから考えてなかったな……特にこだわりはないし。


「希望がなければ、任せてもらってもいい?」

「あ、はい」


 正直、美容室は苦手だったけれど、岡田さんは話し上手だし、聞き上手で凄く居心地が良かった。


「はい、終わり。どうかな?」

「なんか、凄いです。凄い……」


 鏡に映る、カット、カラー、メイクをされた私は、別人みたいだった。


「はは、喜んでもらえたみたいでよかった。じゃあ、行こうか」

「え??」


 よく分からないまま、美容室を出て少し歩いた先のショップに案内された。


「恵美さーん、お願いしてた件、いいですか?」

「はーい。えー、めっちゃかわいいじゃん。任せてもらっていいの?」

「お任せします」

「茉莉ちゃん、だったよね? 恵美って呼んで! じゃ、こっちきて」

「え?? え??」


 恵美さんという綺麗なお姉さんに連れられて、暫く着せ替え人形にされたけれど、普段自分で選ばないような洋服はすごくテンションが上がった。


「莉央、お待たせ」

「わ、凄く可愛い。やっぱり恵美さんに任せて正解でした。支払いはこれで」

「はいはーい」

「え!? 支払い!?」


 どういうこと!? 一体何が起きているのか……


「昨日さ、連勤続きで帰って早く寝たいなって思ってたんだけど、茉莉ちゃんの歌を聴いたらなんかすっごい癒されてさ。そのお礼ってことで」

「は!? そんなことで受け取れません!!」

「声も小さめでずっと自信なさげに俯いてたけど、自信を持てれば絶対売れるんじゃないかな、って思って。素人目線だけど、声だっていいし、ギターも歌も上手いよ」

「頂く理由がありません」

「ダメかぁ……じゃあ、茉莉ちゃんが将来有名になったら、茉莉ちゃんのカットをしたってことでお客さん増えるかもだし、投資ってことで」

「莉央、カードとレシート」

「恵美さん、ありがとう。ほら、もう払っちゃったもん」


 にっこり笑ってそう言う岡田さんに、それでも、と言おうとしたら恵美さんと目が合った。


「莉央、ああ見えて頑固だから絶対折れないと思う。貰っておきな」

「いいんでしょうか」

「莉央がいいって言ってるし、貢がせたらいいよ! 莉央がこんなことするタイプだと思わなくてちょっと張り切りすぎたけど」

「ふふっ、貢がせる、ってなんか響きが」

「あ、やっと笑った。莉央、もっと売上に貢献してもいいのよ?」

「恵美さんには貢ぎませんよ? 茉莉ちゃんはそうやって笑ってた方がいいよ。せっかく可愛いんだから」

「岡田さん、チャラい……」

「うわ、ショック……」


 ショックを受ける岡田さんに恵美さんは爆笑で、仲の良さを少し羨ましく思った。


 後々分かったことだけれど、莉央ちゃんは私が有名になったらお客さんが増える、なんて言っていたけれどその頃から物凄く人気で、常に予約がいっぱいだった。

 私に気を使わせずに、自信をつけさせようとしてくれた優しさが嬉しかった。


「って感じで……なんか長々と語っちゃいましたけど、使えるところありました?」


 流石に聞き上手で、つい話しすぎてしまった。


『ありますあります。出来上がり、楽しみにしていてくださいね』


 初期から私の事を応援してくれているファンはもう知っている内容ばかりだったかもしれないけれど、詳しく話したのは初めてだったし、楽しんで貰えるんじゃないかって思う。


 莉央ちゃんには沢山話したことは内緒にしておこう。


 *****

 莉央視点


 茉莉が載っている雑誌が発売された。雑誌やSNSの写真を見せてくれて、同じように、と希望される方は多い。

 随分落ち着いたけれど、雑誌が発売されたし、またこの髪型の希望が多くなるかな。


「店長、これもう読みました?」


 やけにニヤニヤしたスタッフが、コレ、と茉莉が表紙の雑誌を見せてくる。


「読んでない。……何かあった?」

「店長と茉莉さんとの出会いが事細かに」

「茉莉め……」


 話さなくていい、って言ったのにな……


「なになに? うわ、表紙じゃん。有名になったよなー。私のことも載ってる?」

「あ、はい。身の危険を感じたそうですよ」

「あはは、逃げられたもんなー」


 話が聞こえたのか、オーナーの香織さんが話に入ってきた。


 自信をつけてもらいたくて、私に出来ることをしてみたけれど、実際に頑張ったのは茉莉。

 茉莉を私の手で輝かせたい、と思った気持ちは今も変わらないし、これからも誰にも譲りたくないと強く思う。


 2年前のあの日、1度解散をして、茉莉は家にギターを取りに帰った。誘っていないのについてきた香織さんと恵美さんを連れて、前日に路上ライブをしていた場所に行けば、少しして緊張気味の茉莉が到着した。


「茉莉ちゃん、ごめん。香織さんと恵美さんもついてきちゃった」

「「来ちゃったっ」」

「うわ、緊張します……」

「1曲目、昨日最後に歌ってた曲、リクエストしてもいい?」

「はい。私の一番お気に入りなんです」

「うん。いい曲だった」


 なんだかニヤニヤしている2人は視界に入れないようにしよう。


「え、茉莉ちゃんめちゃくちゃ上手いじゃん」

「そうなんですよ」

「これは莉央でもナンパしちゃうね」

「だから、ナンパじゃないですって」

「自信をつけさせてあげたい子が居るので協力して貰えませんか、なんて、莉央が大きくなってママ嬉しい」

「恵美さんの子供になった覚えはありませんけど。2人とも、静かにしてください」


 ギャーギャー騒いでいる私たちと、そんな私たちを見て、楽しそうに歌う茉莉。

 この日の動画が拡散されて、路上ライブを重ねる毎に徐々に固定ファンも増えていった。


 宣伝になるし、なんて言った言葉が本当になって、今では茉莉のファンの子が沢山来てくれるようになった。宣伝した訳じゃないのに、ファンの子達の情報網って凄い。


 最初の子はどうやって調べたのかな、と思ったら犯人は茉莉だった。ファンの子に聞いてみたら、同じ髪色にしたいから何色か教えて、と言ったら、分からないからここに行って、と言われたとか。毎回説明してるけど聞いてないな?



 スタッフから手渡された雑誌に掲載された茉莉は自信に満ち溢れていて、綺麗だった。


 こういう茉莉を見ると、随分遠くに行ってしまったな、と少し寂しさもあるな……


「おはようございます。莉央ちゃーん! 会いたかったー!」


 ……訂正。

 全然遠くなってなかった。


「おっと……茉莉、おはよ」

「ああ、今日も尊い……マネージャーって最高」


 勢いよくドアが開いて、茉莉が飛びついてきた。後ろにはマネージャーの水川さんも居て、なにやら浸っている。いつもの事だし、もう慣れた。


「今日はどうする?」

「今日は黒で!」

「今回は黒なんだ。長さは?」

「そのままで」

「ん。りょーかい」


 実は、人気になってからも茉莉は相変わらず私のところに来てくれていて、結構頻繁に会っていたりする。カットとかカラーの予定が無くても、通ったから、とかって寄ってくれたりする。


「莉央ちゃん、雑誌見てくれた?」

「表紙だけは。綺麗だったよ」

「え、嬉しい。髪色も評判良くて」

「それは良かった」


 嬉しそうにしてくれる茉莉は可愛い。そう思うのは私だけではないようで、水川さんはさっきから写真を撮りまくっている。きっとスタッフのSNSに載せるんだろうな。


「莉央ちゃん、今月はもう忙しくて会えないかも」

「そっか。お仕事頑張って」

「……それだけ?」


 鏡越しに睨んでくるけど、どういう返答をご希望で??


「寂しい、とかないの?? 私は寂しいのに」

「寂しいよ」

「どれくらい?」

「さぁ?」

「またそうやってはぐらかす!! でもそんな所も好き!」

「はは、ありがとう」


 茉莉が好意を持ってくれているのは気づいているけれど、流石にまずいでしょ。嬉しいけれど、軽率に応えて露見した時のリスクが大きすぎる。


「……っ、良い、凄くいい……! やっぱりこの2人、尊い……」

「真実ちゃんは相変わらずだねぇ」

「もはや趣味なので! ちなみに、香織さんはいつお休みですか? 今度ランチでもどうですか?」


 水川さんは香織さんがタイプらしく、毎回アピールをしている。この2人、結構お似合いだと思うけどな。


「ランチじゃなくて、今度家来る?」

「えっ!?」


 お? これは進展ありそうかな?


「莉央ちゃん、聞いてる!?」

「あぁ、ごめん。なんだっけ? うん。いい感じ。黒髪もよく似合ってるよ」

「ありがとう。じゃなくて、私の気持ち、気づいてるよね? 私のことどう思ってる? 私は好きだよ。もちろん、恋愛の意味で。付き合って?」

「……はい??」


 なんて?  香織さんと水川さんの会話が気になりすぎて全然聞いていなかったけど、聞き返さなければ良かったか……


「好き、って言ってもいつも流すけど、今日はちゃんと答えてもらうからね!!」

「えぇ……水川さん、おたくのアーティスト暴走してますけど。この後お任せしてもいいですか?」

「もちろんです!」


 スキャンダルとかまずいでしょ、と水川さんを見れば、大きく頷かれた。

 良かった。頼もしい。事務所的にも色々あるだろうしね。


「水川さん、止めたって無駄ですよ」

「茉莉ちゃんは間違ってます」


 お、そんなストレートに言うんだ……


「何が!?」

「岡田さんのようなタイプは、まず外堀を埋めてしまいましょう!」


 水川さん……? 何を?? そういうのって私がいないところで話すべきでは?


「外堀……」

「そうです。きっと、茉莉ちゃんの立場が、とか関係がバレた時のリスクとかを考えて、同じ気持ちだとしてもOKは貰えません。うちは恋愛には寛容ですから、例えば、インタビューで好きな人について答えてしまうのもいいかもしれませんね。岡田さんは一般の方ですので、詳細は伏せて、になりますが」

「ちょっと、水川さん!? 何焚き付けてるんですか!? 大体、同性ですけど」

「はい。うちの事務所は同性だからといって問題にはなりませんのでご安心ください」

「えー……」


 止めてもらおうと思っていたのに、真逆に進んでいる件……


「実際、茉莉ちゃんが岡田さんのことを話題にしすぎて、恋愛関連の取材依頼も入っています。受けるかどうかは茉莉ちゃん次第、という事でまだ確認はしていませんでしたが。好きな人、から岡田さんに結びつく可能性が高いですし、世間的にはまだまだ受け入れられないという方もいるのも事実です。簡単な問題では無いので、ゆっくり考えて「受ける」……早いですね」

「即答!?」


 これは、逃げ場がないやつでは……?


「莉央、頑張れ。拾ったら最後まで責任持たないとね?」

「茉莉は猫か何かですか……」


 香織さん、いい笑顔だけど楽しんでますね? 他人事だと思って……


「莉央ちゃん、迷惑をかけちゃうかもしれないけど……拾った責任、取ってくれるでしょ?」

「えぇ……茉莉まで私が拾った認識?」

「うん。暫く会えないけど、浮気しちゃだめだよ」

「ねぇ、浮気っておかしくない?」

「ふふ」


 意味深な笑顔を残し仕事に向かった茉莉を見送って、悪くないな、なんて思ってしまった私は既に手遅れかもしれない。



 本当にインタビューで好きな人がいると答えて大騒ぎになるのは遠くない未来の話。

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