第206話 ダンジョンの産声
俺とナッツが連れて来られた地下には日中だというのに薄暗い幾つかの牢獄に百人近い人間が詰め込まれていた…
「大人しくしておけ」
と、兵士に言われてようやく縄から解放されたが、すぐに檻に放り込まれた俺達を見て、
「兄上…」
と、久しぶりに会う弟がヒドイ顔で絶望の表情を浮かべている。
顔の形が変わるほど殴られたであろうマイアを見て、怒りが込み上げるが、ぐっと堪えて兵士が鍵を閉めて地下から出て行くのを待って俺はアザだらけの弟に、
「大丈夫だったか?」
と聞いたのだが、マイアは死んだ魚の様な目をしたまま泣き出してしまった…
ガルバルドさんが命をかけて危険を知らせに向かったのに、俺が捕まったということは、すでにシルフィード王国はあの非道な実の父の手に…と考えたのだろう…
「すみません兄上…ごめんよガルバルド…」
と、膝から崩れ落ちる弟にナッツが、
「マイア様、ガルバルドさんは見事にお役目を果たされ、軍務卿の悪事と、国王陛下を待ち構える罠は無事に知らされました。」
というと、マイアは、
「では、何故に兄上が!」
とナッツに問うので俺が、
「あぁ、それは自分から投降してきた」
というとマイアは勿論、牢にいる他の方々も驚いていた。
マイア以外の方々は、軍の偉いさん方で軍務卿の悪事を知り離反しようとしたが捕まり、人質として自軍の兵士を軍務卿の良いように使われている方々らしい…
彼らも、国王陛下と辺境伯の派閥などで作るシルフィード王国軍に期待していたらしいが、聖人の俺が捕縛ではなく投降してきた事に落胆していた。
マイアが悲しそうに、
「兄上は、軍務卿派閥に…」
と呟くので、俺は、
「馬鹿を言うな!
お兄ちゃんはマイアにそんな風に思われたなんてショックだよ」
と拗ねてみせると、マイアが
「では何故!!」
と少し怒ってしまった様で、俺にしがみつき目を見つめたまま俺の両肩を揺する…目線が同じになった弟に
『大きくなったな…』
と感じつつ俺は、
「決まっている…俺はこの上にいる奴らを懲らしめに来たんだ…
よく頑張ったな。
あとはお兄ちゃんに任せろ!」
と言って牢獄の床に手を置いて、俺は、
「ダンジョン指定!」
と叫んだ…
ヒッキーちゃんのイタズラっぽい笑顔やボッチ君の恥ずかしそうな笑顔が頭に過り、勝手に涙が流れ出すが、端から見れば床に手をついて叫んだだけのイタイ奴である。
特に何も起こらないまま約一分ほど…仲間の犠牲に涙を流す俺を可哀想な子を見る目で見ている牢獄の皆さんに、俺は違った涙が溢れそうになり、マイアは流石に我慢が出来なかった様で、
「兄上…もう止めて下さい…兄上は悪くないです!
だから、だから…!!」
と、更に俺の可哀想な感じを加速させる。
もう、ハートが軋む音が聞こえる俺に、
「マスター、ダンジョンの指定が完了しました。」
との抑揚のない声の報告と共に投影クリスタルっぽいモノが俺の傍らに現れる。
マイアは、
「兄上…これは?」
と聞くので、俺は、
「俺のスキルだよ」
とだけ言って俺は牢獄の中から反撃を開始するのだった。
俺は、
「今からこの街を私の支配下に置きますので、ご協力を…
マイア、ナッツ、頼りにしているよ」
と周りの方々に言ってからクリスタルに向かい、
「街の外壁より大きくダンジョンの範囲に指定出来る?」
と聞くと、クリスタルからは、
「イエス、ダンジョンポイントから考えても問題有りません。」
との返事に俺は、
「では、地上の街がすっぽり入る大きさの階層を生成して地上と入れ替えれる?」
と聞くと、クリスタルは
「階層の変更だけならば問題ありせん、しかし、細かい設定にはマスタールームでの作業を推奨いたします」
と、無機質な声が答えてくれたので、いざ作業に入ろうとするが、マイアが、
「兄上、こ、これは…」
と質問してくるので、俺は、マイアに、
「お兄ちゃんを信じなさい!」
と言ってからクリスタルに
「何階層まで作れそう?」
と聞くと、クリスタルは、
「生成だけならば20階層まで街の大きさで作れます」
と、言ったので俺は、
「では、5階層まで作って三階層と地上を交換して、この地下牢は2階層にあと、とりあえず階層の階段はまだ着けないで…」
というと、クリスタルは
「詳細設定はマスタールームでお願いします」
と、何とも機械的な答を返すので、
「もう、融通が聞かないなぁ!では先にマスタールームを作ってよ!」
というと、
「すでにマスタールームは生成済みです。
ダンジョン内転移でマスタールームに移動されますか?」
と聞いてくる…
いま思えばヒッキーちゃんはここまで気の使えない事は無かったのに…などと思いながらも、ナッツに、
「ちょっと行ってくる。」
と言ってから、少しイライラしながら、
「転移よろしく!」
というと次の瞬間にフワリと、初期の自宅警備スキルのマスタールームと同じ配置の小部屋に移動していた。
本当に自宅警備スキルはダンジョンを作る為の練習用のスキルなのだな…と感じながらマスタールームの椅子座り、モニターを見ると、
「はじめましてマスター」
と、先ほどの機械音声では無い女性の声で挨拶を受けた。
ヒッキーちゃんではないその声に違和感を覚えながらも俺は、
「これからヨロシク…君の事は何て呼べば?」
と聞くと、彼女は、
「私は、このダンジョンのコアですので、マスターのお好きな名前でお呼びください」
と言ってきた。
俺が、
「じゃぁ、後で良い名前をシーナさんとつけるから、今は仮で〈コア〉って呼ぶね。
では、現状を報告して!」
と、指示を出すと、コアは、
「現在地表を含めたこの一帯をダンジョンとして生成する準備が出来ております。
このマスタールームは、最下層の更に下に生成される設定でありますので現在は仮として街の地下に位置しております。
ダンジョンポイントは現在約十八万ポイントございますので、
そのポイントの中で、ダンジョンの階層の追加や入れ替えは勿論、気候や魔物など階層毎に環境の設定などが可能です。
ダンジョンポイントとしては、内部に居る人間が1人につき1ポイントと、ダンジョン内で命を落としたモノ全てのレベルに応じて追加で数ポイント加算されます」
と報告してくれた。
ほとんど自宅警備スキルの感覚でイケるかな?
多分ヒッキーちゃんからの報告で聞いたポイントから考えると、1ヒッキーポイントが10ダンジョンポイント換算っぽいので、人数制限なくポイントが入るが、1人から入るポイントが少なくなったみたいだ。
とりあえず、地上の敵からポイントが入るまでは、ヒッキーちゃんがかき集めてくれた十八万ダンジョンポイントで戦うしかないと理解した俺は、
「コア、今のダンジョンってどうなってるか教えて」
というと、
「はい、マスターがはじめに指定した場所を中心にした半径500メートルの広さのまま、地下に異空間を作れる状態です、
地表から第1階層へと繋ぐ階段の設置をする前に、ダンジョン内の環境を設定することを提案します。」
と教えてくれたので、俺は、
「ひとまず、地表の町を全部下の階層にブチ込めるかな?」
と質問すると、コアは、
「可能です。
1階層の範囲を拡大し、地上の建物も全てダンジョンに取り込めます。
ただし高い建物も有りますので、転移先を何階層か連結させるか、階層そのものの高さを拡張する必要がございます。」
というので、俺が、
「だったら、早速、5階層まで生成して三階層を拡張して、地表と総取り替えしたらポイントはどれぐらいかかる?」
と、質問するとコアは
「10万ダンジョンポイント程で可能です。
上下に繋がる階段の設置は如何いたしましょう?」
と聞くので、俺は、
「今は要らない、むしろ隔離空間にしておいて。」
と指示すると、
「環境を特殊な環境にしな限りは10万ダンジョンポイントで可能です」
と報告してくれた。
俺は慣れた手つきで、モニタで作業を開始しようとするが、ふと、ジャガイモみたいになった弟の顔が過り、
「ねぇ、コア、フルポーションって出せる?」
と聞くと、コアは、
「ダンジョンポイントで交換可能です。」
と答えるので、
「一本お願い!」
と指示すると、俺の前に宝箱があらわれた。
俺はコアに、
「宝箱は要らないよ…」
というと、
「マスター、申し訳ありません、そういう仕様なもので…」
と彼女が申し訳無さそうに答えるので、
「ゴメン、別に怒ってる訳ではないんだ…」
と言って、宝箱を開けてフルポーションをポケットにしまい、俺は壁生成の様にダンジョンをモニターで設定すると実際に必要となるダンジョンポイントが表示される。
地上の街を第1階層に設定して、第3階層の閉鎖階層と交換する予定でとりあえず5階層までの空間を生成すると、
地鳴りの様な音がなり響き、モニターには各階層の監視カメラの映像が映り、この街が完全に俺の支配下に入った事が解った。
地上ではワラワラと動き回る兵士達が確認出来る…
しかし、すぐに地鳴りは鳴り止み、各地を確認する兵士が見え、まぁとりあえず、この状態なら作業が続けられるかな?と思っていると、ナッツが
「来ました。」
と短い報告をくれた。
ダンジョン内転移で牢獄に戻り、見張りの兵士に俺は、
「何ですか今の…」
と泣きついて見せると、兵士は、
「やはりタダのヘタレか…ほとんど揺れもしない地震で…噂の聖人も聞いて呆れるぜ!」
と言って牢獄を見舞わして帰って行った。
ナッツが、
「キース様、首尾は?」
と聞いて来たので、俺は、
「もう大体終わったかな…」
と言いながらマイアにポーションを渡して、
「飲んで、ポーションだよ。」
というと、弟がポーションをのむと、みるみる回復する顔に周りの方々が、
「聖都で作られる霊薬では!…」
と驚いているが、俺は気にせずに視界の端に見えるデジタル時計の様な文字を見ながら、
『これも自宅防衛スキルと同じか…』
と思いながら、
「夕方6時か…皆お腹空いてない?」
と言うと、元通りの顔になった弟が申し訳無さそうに、
「兄上…ここでの食事は…その…昼の一度だけでして…」
と報告してくれた。
「馬鹿野郎!それじゃあ昼過ぎに来た俺とナッツは飯抜きかよ…」
と、あのテカテカ達の食い物の並んだテーブルを思い出して怒りがこみ上げてきた俺は、
「はい、皆さん!先にご飯にしますので」
と言って再びマスタールームに転移して、街をそっくり地下のエリアと交換した後に、コアの提案で強制転移の罠をダンジョンポイントで作り、2階層のだだっ広いだけの空間へとご招待する為に、マスタールームから地下牢獄の方々の足元に配置してゆく。
数人単位で消える人間に残された人々は恐怖と不安でざわつくが、すぐに自分の順番が来て、あっという間に2階層へと飛ばされて行ったのだった。
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