第124話 ニンファの町の年の瀬


今年は珍しく年末に雪が積もった…と言っても1センチ程度で特に雪かきも要らない。


しかし、難民をテント村から仮とはいえ屋内への移動が間に合って良かった…

今朝もヒッキーちゃんとベッキーさんがジャルダン村とニンファの町で住民と相談をして、1日100ヒッキーポイントの範囲内で敷地内転移を使って住民のやり取りを段取りしてくれている。


ジャルダン村からは大工チームがやってきたり、ニンファの町から石鹸チームへ助っ人がアルバイトに向かったりしている。


少し特殊なのはニンファの町で冒険者を目指しているチームを日替わりで村へと移動させて闘技場を使いレベル上げを行う取り組みが始まっているのだ。


相談の結果、冒険者を目指す参加者の倒した獲物の1/3は販売機能でポイントに変換しジャルダン村への旅費や施設代金代わりにとなり、残りはニンファの町の共有財産扱いとして納入される肉や素材をジーグ様が買い取る名目で、肉は食堂や加工工房に卸され、魔物の素材などは鍛冶屋や革細工工房などに卸され、参加者には春迄に冒険者として働き始めれるだけの装備をジーグ様がニンファの工房から整える約束となった。


なお参加者には当日、お昼ご飯の提供のみで、お金は発生しない…あくまで装備を現物支給するのが報酬になる。


しかし、冒険者志望の住民はレベルも上り装備も充実するし、町の工房にもお金が入り住民の食糧も手に入るし最後には装備も整った冒険者がニンファの町としても手に入るというモノである。


ついでにヒッキーポイントも狩った獲物の一部納入で販売機能を使いプラスになるので全方位利益があり、ヒッキーちゃんとベッキーさんに労いの具現化商品が増える程度の大変さで十分な成果が上がっている。


春になれば各自がナナムルの冒険者ギルドで冒険者をしてお金を稼ぎ、ニンファの町で装備を新調したり、遠征用の荷馬車を購入したりしてくれるだろうし、なんならいざという時の戦力にもなる。


まぁ、スタンピードやグリフォンなんて来ないのが一番…などと思いながら俺は現在、ニンファの町をシーナさんと散歩しながらパトロールをしている。


ニンファの町は湖が近く寒さや風が村より厳しい気がする…

雪で足元が悪いとか、寒いからなどと理由を付けながら、二人で手を繋ぎ各所を見て回ると外気の寒さが気にならないほど、住人の視線が孫でも見るかの様に生暖かい…

少し恥ずかしくはあるがシーナさんとの時間は大事である。


『もう、うっすら積もった雪が溶ける程のラブラブデートを見せつけてやる!』


とばかりに堂々と町を歩いていると、「奥方様~」や「シーナ様~」と皆がシーナさんに手を振る。


これは何故かというと、先日の狩り大会で冬眠していると思われていた〈四つ腕熊〉という通信交換した怪力自慢のポケモンっぽい気持ち悪い腕の配置の熊魔物から、狩りに参加していた住民を華麗に助けたのが原因でありニンファの町でシーナさんは精霊ポジションのベッキーさんと並び人気者なのだ。


シーナさんは手を振り返しながら、


「少し恥ずかしいですね…」


と、呟きキュッっと繋いだ手を強く握る…

今までというか前世から、浮いた話にあまり免疫の無い俺はこういった些細な事が一番ドキドキしてしまう様だ。


鏡が無いので解らないが、この寒さで顔から湯気が出ていないか心配になる程に俺は顔全体に熱を感じながらひたすら歩いた…

気がつけば町の一番外側の農業エリアの養殖池まで来ていて、そこではナッツが住民達と作業をしていて、そこには村よりも大きな養殖池が五つあり、一つはつり大会の獲物や、その後に釣られた魚が生かしてあり、そこから魚を選別して村のマッスルトラウトの様にタイプの違う魚を飼育する計画のようだ。


しかも、ナッツは懲りだすと何処までも行くタイプなので、ヒッキーちゃんに色々検索してもらい、前世の知識などから人工受精を試している様である。


様々な魚が生かしてある養殖池から釣り上げたスプリンタートラウトのお腹を搾りながら、


「こいつは2番の池に入れましょう」


などと楽しそうに掛け合わせを行っている。


『この寒いのに水仕事をして、なぜあんなにも笑顔なのか?』


と思いつつ俺は作業をしているナッツ達に、


「お疲れ、寒くないの?」


と思わず聞いたのだが相棒は、


「村のマッスルトラウトは一段落してトータスさんに任せましたが、ここのスプリンタートラウトはこれからです。

もう、竿がへし折れる程の強い個体を目指して筋肉質なヤツを選別しています」


と、教えてくれた。


ナッツは好きに本気だからな…

住民の話では、五つの池の一つ目は鎧ゴイと、湖で釣れた魚の生け簀にして、他の三つの池でスプリンタートラウトの養殖をするのだそうだ。


そして、

最後の一つは俺が釣り上げた胴長エビがスクスクと育っているらしい。


鱗を素材として剥いだ鎧ゴイの緑がかった食欲の湧かない身をすり潰してエビの池に撒くと、池の底からウニョウニョとエビとは思えない長い生物がすり身に群がる。


実に気持ち悪く、シーナさんと繋いだ手にギュッと一瞬彼女が力を入れたのを感じた俺は、


『彼女も怖かったのだろう…』


と、自分で釣っておいてナンだが、

ロッソさんが、「旨いヤツです。」と太鼓判を押したエビだし俺も馬鹿みたいに長いエビフライが食べたいから養殖して貰っているが…彼らはなぜもっと普通の見た目では無いのだろうか?とウナウナとウネるエビを眺めながら俺は、


「シーナさん帰りましょうか?」


と心配するがシーナさんは、


「キース様…あの卵を抱えた一匹からこれだけの数になるんですね…」


と、少しあのウナウナした生物に目が馴れたのか彼女は池を見つめて感心していた。


俺が


「ちょっと怖いぐらいの数がいましたね…」


と言うと、すり身を与えていた養殖場担当の住民が、


「胴長エビの子供は他の魚魔物のエサになり数を減らしますが、養殖池ならば食べられる心配も無くてスクスク育ってくれるみたいです。

初めての養殖で不安でしたが、牧場をやっていた経験が生かせて良かったです。」


と言っていた。


後でジーグ様に聞いたのだが、彼は馬牧場を営んでいたが戦争で兵士が押し入り馬を全て略奪されたらしい…しかもソイツらは、


「ザムドール王国軍だ!」


と敵国を名乗って馬を奪って行ったらしいが、まだそんなに攻め込まれてない時点で、いきなり村を敵国の兵士が襲って来るとも考え難いし強奪に入った人間が所属を伝えるか?…普通…とも思うってしまう。


まぁ、何にせよ彼〈タタップ〉さん家族はその日、全てを失いナナムルまで逃げて来たそうだ。


なんだか火事場泥棒的な馬泥棒…軍務卿一派がやりそうな手口だな…と思うが、証拠も無いので仕方ない。


しかし、一時は全てを失い落ち込んでいたタタップさんは現在、ニンファの町の牧場関係の取り纏めをしてくれているらしく、養殖場も「魚牧場です」といって管理をしてくれているのだそうだ。


本当に、戦争なんて止めて頑張る人が報われる様になって欲しいよ…

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