第59話 新たな貴族の新たな家族
貴族になってしまった…
ユーノス辺境伯様は俺を準男爵にした上でこの村を正式に辺境伯領の村と認めて下さる事になった。
と言っても何が変わるわけでも無いが…今まで通りに俺は楽しくここを開拓するのが当面のお仕事になる。
名前だけの辺境伯様の傘下の下っぱ貴族の位置付けでジョルジュ様の子分的な扱いらしい。
まぁ、戦争に駆り出されたり面倒なパーティーに出なくてもいいみたいだから了解したのだが…その代わりにホワイトソースを使ったレシピとパンのレシピの管理を辺境伯様預かりにして、辺境伯様はパーティーで他家に自慢が出来て、レシピを知っている料理人は辺境伯様の指示のもと領地の料理人の指導を行う役職につき厚待遇で雇われるという事になった。
パーティーで使われた俺が教えた知らない料理を覚えたり、使いたい領地に対して辺境伯領の料理人を教師として派遣したり、レシピ使用料を他の貴族達から辺境伯名義で集めて辺境伯様の手柄にして、なんと使用料は俺のお小遣いとして村の開発に回せるという辺境伯様も料理人もウチの村も全方位お得な体制が出来上がった。
俺は別に目立ちたくないし、辺境伯様が貴族社会で目立ってくれた方が恩恵がありそうだし、なんと言っても使用料が丸々ウチに頂けるのならば尚更文句は無い。
アリア様は俺の手を包み込む様に握り、
「キース君、貴方がナルガ子爵と事を構えるとしても全面的に協力するつもりでした。
でも、それを選ばずに未来に目を向けてくれた事を嬉しく思います。
もう、貴方は私達の家族も同然…
親友のパトリシアが貴方に出来なかった分まで私は貴方の幸せの為に努力を惜しみませんわ…」
と言ってくれた。
俺はこの世界で家族からの暖かい言葉すら正面から受けた事がなく、このアリア様の言葉がとても嬉しかった。
『よし、それならば俺も出来る限りの事で答えよう!!』
と決めて、まずは折角こんな領地の端の端まで来て下さった皆様を全力でもてなす事から始めた。
大き過ぎてベーコンにしても余ったシールドボアの肉をその脂身から取り出したラードで揚げたトンカツとウチの村特製の金型を使って焼いた食パンに、
サイラスの町で買ってきた香辛料や市販の調味料にビネガーやフルーツ等も使い、甘酸っぱいソースを作り千切りの生野菜と挟んだカツサンドと、残り少ないワインを皆さんをもてなす為にと、気合いを入れて昼食に並べたのが悪かったらしく辺境伯様とジョルジュ様は無言で頷きあった後に、何やらヒソヒソと二人で話はじめている。
『なんかヤっちゃいましたか?…』
と俺がヒヤヒヤしていると、アリア様がお土産のキャラメルの購入を希望され、内緒話をしていた二人もとりあえず村の特産品の爆買いを開始してくれていた。
辺境伯様ご夫婦は勿論だが、何故かジョルジュ様まで沢山買ってくれたのだが、買い占める様な勢いの買い物が終わると二人に帰りの馬車に俺とナッツも乗せられてドナドナされる事になってしまった。
残された村の皆にジョルジュ様が、
「すまん、手続きはすぐに終わるのだが、その他の取り決めに2~3日はかかるが、キース準男爵をお借りする」
と言っていたので泊まりがけの強制連行らしい…
そして、村を出て馬車に揺られる俺達の前には辺境伯様夫妻が座っている。
辺境伯様が、
「ここならば、人目も気にしなくて良いのでお互いに腹を割って話そうではないか…」
と切り出すのだが、俺はこれから始まる尋問が怖い…
「正直なところキース準男爵は、あのような新たな手法の料理を幾つ知っているのだ?」
と、聞かれたので、
「既存の料理を全て知っている訳では無く、新しいかどうか解らない物がありますので正確な数は…」
と、俺が返事をすると、
「では、知識の有る者を準男爵につければ新たな料理だけ書き記せるな…うん、うん」
と頷きながら一人で何か納得された様子の辺境伯様は、
「よし、料理人を一人と、文官職を一人をそなたの村…う~む…名前が無いのは不便だな…キース準男爵よ先に村の名前を決めてしまいなさい。」
と、次々に話題が進んでいく…
「名前と言われましても…」
と悩みながら俺はチラリと相棒を見るが、
『さぁ、どうぞ』
と云わんばかりに笑顔でコクリと頷くだけのナッツ…
困り果てた俺は苦し紛れに、
「アリア様、村の名付け親になって頂けませんか?」
と言ってみると、アリア様は、
「まぁ、嬉しい!
親友の忘れ形見の領地の名前…つまり、キース準男爵は私の送った家名を名乗ってくれるのね…良い名前を考えなくちゃ!」
と、喜んでくれた。
『あぁ、ぽっと出の貴族は領地の名前が家名になるのね…』
と理解し、俺はアリア様にお任せすることにした。
辺境伯様は嬉しいそうにしているアリア様を優しく眺めた後、
「キース準男爵は…」
と話し始めたので、
「辺境伯様…その準男爵って、その…こそばゆいので、キースと呼び捨てにして頂けないでしょうか?」
と頼んでみたら、辺境伯様は嬉しそうに、
「では、キース!私の事はパパとでも呼ぶか?」
と冗談を言っている。
名前を考えていたはずのアリア様が、
「旦那さま…残念ですね。
もう一人娘が居れば名付け親では無くて義理の親になれましたのに…」
と言って、辺境伯様まで、
「よし、次男のジーグの長女は何歳になったかのぅ?」
と言い出す始末…アリア様は、
「義理の祖父母ですか…仕方ないですね…ノルンを紹介しましょう!
一度ナナムルに戻って、ジーグにも相談しませんと…
キース君、ウチのノルンは可愛いから気に入ると思うわよ。
まだ入学前なのに文字の読み書きを覚えた才女と先日家庭教師の…」
と、言っているのだが気になるワードが有った…
この世界の入学は七歳の夏前…先日家庭教師に誉められた、入学前の才女は…どう見積もっても幼女なのである。
レディとしての自覚が芽生えてるかもしれないが…しっかり七歳…バッチリ犯罪…
見た目は青年、中身は初老の俺には越すに越せない…ではなくて、越えてはイケないラインなのである!
なので俺は思わず、
「入学前の令嬢は…そのぉ…」
とやんわり断ると、辺境伯様は、
「あと10年もすれば問題無かろう?それとも、ウチの孫娘が嫌だと?」
と、訳の解らない圧をかける…
『名前は解らないが何かしらのハラスメントに認定されますよ…』
と、うんざりする俺は、
「まだ、逢ったことが無いノルン嬢を好きも嫌いもないですし、ノルン嬢の方がこんな年の離れた者との縁談が有ったらしいと噂が流れただけで学園生活に支障が出ますよ…
お二人は既に私を貴族としてくれた(父上)とその貴族としての家名を与えて下さる(母上)ですので、可愛い姪っ子とも言えるノルン嬢に嫌われる提案は無しでお願いします」
と言って何とかこの場を切り抜けた…
『まだ見ぬノルン嬢よ…巻き込みかけた…許してほしい』
と俺が心の中で詫びていると、改めて辺境伯様が、
「して、キースはあのような料理をどこで?」
と聞いてくる…
『いやぁ…聞かれちゃった…どうしよう?』
と困っていると、ナッツが、
「前世の異世界の記憶らしいですよ」
と、それはそれはアッサリとゲロしやがった…
口をあんぐり開けて驚く俺と、同じくあんぐりとしている辺境伯様だが、二人の驚いている理由は全く違う…
しかし、同じようなアホ面の二人を見たアリア様が、
「ふふっ、本当の親子みたい…」
と笑っている。
俺はこの隙にナッツの袖をクイクイッと引っ張り文句を言ってやろうとするが、ナッツは、
「親身になってくれる家族に隠し事も無いでしょ?
むしろ、辺境伯様にお話しして下手に広まらない様に守ってもらった方が安全ですよ。
キース様がウッカリ知らない世界の知識を持った人間と他の貴族の方々にバレるよりは辺境伯様の影に隠れさせてもらって下さいませ」
と言っている…それを聞いた辺境伯様は、
「いや、驚きはしたが…むしろ納得したというか…キースよ、なかなか切れ者の腹心を持っておるな。
たしかに、私を隠れ蓑にすれば良い!
倅の自由を守る為なら頑張れそうだ」
と、頼られた事を喜んでくれている様だった。
俺は一言、
「ナッツは腹心ではなくて、最高の相棒ですユーノス様」
と告げて、家族とも呼べる人々に囲まれる喜びを噛み締めていた。
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