第18話 ボウズ丸儲け
この世界に来て初めての釣り…楽しみ過ぎてなかなか寝付けない、
『遠足前の小学生か?』
と、自分でツッコむ程だった。
昨日の夕食後に暖炉の火の前でミックさんから貰った竿をセットしたのだが、
「この世界の魚ってどんなのだったっけ?お屋敷の図書室に有った図鑑で見ただけだ…」
と、作業をしながら呟く。
正直、白黒のデッサンしか知らない上にわざわざ細かい事など覚えていない…
俺の頭の中にある記憶では、淡水魚が詳しく載っていて、海水魚の記載が少ないなぁ…ぐらいの感想しか記憶に残っていない。
『多分、俺達の住んでいる国があまり海に面していないからだろうけど…』
などと考えながらも淡水魚のページを脳内から引っ張り出そうと試みながら、俺は一人で唸っている。
すると、
『マスター、記憶のアクセスはマスタールームにて可能です。』
と、ヒッキーちゃんが脳内に直接語りかけてきた。
『えっ、記憶にアクセス?』
と思いながらも、俺は瞳を閉じてマスタールームに意識を飛ばす。
マスタールームに到着すると、
「モニターを使い、検索したい記憶を指定して下さい。」
と、ヒッキーちゃんが教えてくれ、何時もは監視機能の映像を見るモニターに『淡水魚』とキーワードを入力してみる。
俺の記憶を元にしたからなのかマスタールームのメインモニター前にキーボードが有ったのは知っていたが、まさかこれを使って検索機能まで有ったとは…
と驚きながらも俺の記憶に有る全ての淡水魚の記憶の見出しがメインモニターに並ぶ…その膨大な数に、
「前世のは要らないよぉ~」
と、声を漏らす俺に、
「マスター、キーワードを追加して絞り込みが可能です。」
と、ヒッキーちゃんがアドバイスをくれたので、
『淡水魚、今世、サイラスの町周辺』
と、指定すると十種類程度の名前が並んだ。
この世界の動物や昆虫に続き、もちろんお魚も魔物なので何かしらの能力を持っている…
例えば〈マッスルトラウト〉という脳筋な名前の淡水魚は身体強化が使えて危険を感じると全力で暴れるらしく、網などの漁は漁具を駄目にするので捕獲には釣りが推奨されている。
そして、注意書きには、
『最初に暴れさせ、5分程するとスキルの反動で動けなくなる』
と有った。
正に脳筋…後先考えずに全力で暴れて、反動で動けなくなるって…
しかし、お屋敷に居る時の唯一の楽しみであった読書がこんな形で役に立つとは…
などと、興奮したのがイケなかったのかそれから目が冴えて余計に眠れなかったのだ。
そして結局、なんとか朝方に眠りについてナッツに、
「キース様、起きて下さい…朝一番が釣れると仰っていたでしょ?」
と、俺は起こされる事になってしまった。
二人で軽い朝食を済ませて、サイラスの町で買った厚手の服を着て自宅の東エリアの石垣の外にある池を目指した。
ちなみにだが、この世界の釣具は少ししなる木の枝?を加工した木の竿に、タコ糸みたいな縒り合わせた頑丈で太い糸と、かなり大きな針で、
『本当にこんなので釣れるの?』
と、心配になるクオリティである。
まぁ、相手は魔物…怪魚と言っていいサイズで、種類によっては釣ったあとでバトルになる場合もあるらしい…
釣ってから戦うって…モンスター入れるボールなんて持ってないぞ…などと思っていたのだがそんな心配をよそに数時間後には、
「やったぁ、また釣れました。
少し大き過ぎるから、コイツは解体して保存食にしましょう…自宅の池にも既に五匹入っていますし。」
と、ナッツだけが楽しそうなのだ。
そう、ナッツは朝から爆釣しているが俺は俗にいう(ボウズ)…つまり釣果ゼロなのである。
釣りの仕掛けすら出来ないナッツは俺が作った仕掛けで、すでに活きの良いマッスルトラウトを三匹と、噴水ナマズという水中から空を飛ぶ虫魔物を打ち落として食べるナマズを二匹を釣れたそばから、自宅の池へとダッシュで運び、その後も、
『この池のヌシですか?』
みたいなサイズの魚を十匹は釣っている…
「キース様、私釣りにハマってしまいそうです。」
と嬉しそうにしているのでヨシとしよう…と俺は自分に言い聞かせながら釣りを続け、昼過ぎに、
『小さいめの池だし、あまり釣りすぎても良くないな…まぁ、釣れたのはナッツだけだが…』
と諦めて帰ろうとした時に、初めて俺の竿に反応が有った。
もう、ワクワクやウキウキがダンプカー10台分ほど到着して、ザラザラザラっと俺を埋め尽くす勢いの興奮を届けてくれる…
『これ、これ、これっ!』
と、数十年ぶりになるかもしれないアタリに身震いしながら竿をあわせると、ギュンと走る糸、しなる竿、ほとばしる脳汁、溢れだす涙…数分に及ぶファイトの結果!!
2メートル級のメタリックなザリガニが釣れた…
『魚じゃないじゃないか!?』
…と、ガッカリする俺だがナッツの、
「キース様、避けて!」
との声でハッとした。
そう、ザリガニは陸に上げたぐらいではダメージを食らわない…
むしろ、怒りを覚えて俺に襲いかかってきたのだ。
よく分からないザリガニのハサミパンチ?チョップ?をくらい、俺は目の前が真っ暗になりコンテニュー画面に戻されそうになるが、ぐっと我慢して体勢を整える。
俺の武器は、大きなヤツを釣った時に使えるかな?と念のために持って来ていた何時もの槍一本であり、ソレを握り構えてザリガニに向かう。
全身鉄のように硬い鎧を身に纏ったメタリックなザリガニ相手に槍が効くか解らないが、俺は覚悟を決めて戦いを挑む。
離れた場所からナッツも助っ人に向かって来てくれて居るのは見えるが、まだ遠い…
『チクショー!俺にもボールに入った相棒の電気ネズミでも居ればな…』
と、思ってみるが…どうしようもない…
先ほどは、油断していて一撃を貰ってしまったが、所詮は陸に上がった水生生物であり、本来のスピードは出せない様子で攻撃の勢いは強いが移動の為の足は、陸上での活動はむいていないらしく移動にモタついている。
ハサミさえ気を付ければ何とかなると閃いた俺はザリガニの背後を取る為に、グルグルと回りながら尻尾の関節部分に槍を突き立てては、少し距離をとり、ヒット&アウェイでまたグルグル回る。
駆けつけたナッツも自分の槍を構えて回りだし、二人がかりで、マイムマイムでもしているかの様に尻尾やハサミ以外の足の関節部分を攻めては離れてまた回りだす。
すると、ザリガニは徐々に回転することもままならなくなり、関節部分から水色の血を流しビチビチと悪あがきをしはじめて、最後には尻尾を動かして飛び跳ねて体当たりを食らわすのか、はたまた逃げようとしているのかザリガニはバタバタとするのだが、ヤツは既に尻尾にもダメージを負っておりモゾモゾするばかりで跳び跳ねることは出来ない様だった。
俺は、ヤツの斜め後ろから頭と胴体の隙間に槍をブチこみヤケクソ気味にグルングルンとかき混ぜてやると、ザリガニはビビビっと細かい痙攣を起こしてズシンと地面に倒れて動かなくなった。
しばらくザリガニを眺めて、反応が無い事を確かめた後にようやく
『終わった…なかなかハードな戦いだった…』
との実感が湧くが、俺はかなり疲れており、はじめの一撃のダメージもあるので動きたくないとばかりにその場にヘタリこみ、そして、疲れきった俺の大事な槍は無茶な使い方に耐えられずにザリガニに刺さったまま曲がってしまって駄目になっていた。
ナッツが、ザリガニを眺めながら、
「あれ?コイツ…クレアママさんの資料に有った鋼ハサミじゃないですかね…
錆びない鉄って呼ばれている素材が取れるレア魔物の…」
と、教えてくれた。
『えっ、そうなの?』
と、驚く俺だったが、そうとなれば話は早い、
時間はまだ昼の1時前…馬車を飛ばせば売り飛ばして今日のうちに帰って来れる。
ナッツと相談してバーンを荷馬車モードで連れてきてもらい俺達はザリガニとナッツの釣った怪魚達をまとめてサイラスに売りに行く事にしたのだ。
急な出動でバーンには悪いが、ひとっ走りして貰い夕方の冒険者ギルドが込み合う前に到着出来た。
対応してくれたクレアママさんが、嬉しそうに、
「凄いの倒したね。
納入依頼が入ってたから、手続きするよ。
本当ならば、キースとナッツにこの素材で装備を整えて欲しいけどね…」
と言ってザリガニと怪魚を大金貨一枚と小金貨三枚で買い取ってくれた。
『130万円…冒険者って夢があるなぁ…』
と沁々思う俺だった。
しかし、クレアママさんのいう通りレア素材の装備にも憧れるが、今回はお買い物の予定があるのだ。
本当はナッツと何度か購入する話が出ていたが、頑張って春までお金を貯めてから買うつもりでずっと我慢していた商品で、今回予定外の臨時収入が有ったのでナッツと相談の結果、俺とナッツの1つずつ購入する事にしたのが魔石ランプだ。
『自宅の夜は暗すぎる!』
錬金術師というマジカルな職人さんが作る、魔法が使えない人にもライトの魔法が使える魔道具で魔物から取れる魔石を動力として魔石を交換して繰り返し使える優れものだ。
お屋敷にゴロゴロしていたあのランプが1つ小金貨一枚、約十万円とは…
しかし、そんなランプを2つ買っても尚はじめましての大金貨が残る。
壊れた槍を買い直しても大儲けだ!
ニルさんのお店で槍を買って、残りは貯金して帰ろうかな…
あと、ついでに藁も追加しておくかな…バーンのをかなり拝借してしまったからね。
ありがとうザリガニ君…君のおかげで魔石ランプが買えて、夜のトイレが楽に行ける様になるよ…
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