『少数酒場』
やましん(テンパー)
『少数酒場』 上 (全三回)
むかしは、早起きは三文の徳、とか言われたものである。
しかし、いまはこんな貨幣単位はないから、あくまで諺として、静かに残っているに過ぎない。
江戸時代の貨幣価値を現在の貨幣価値と比較するのは、専門家でもやっかいなくらい複雑怪奇だともいわれる。
ぼくの恩師はこの江戸時代の貨幣を研究していたが、それは極めて難しい世界であり、ぼくには、第一に、まず資料が読めないから、とてもではないが、近寄れるものではなかった。
いや、いまから思えば、近寄るべきだったのかもしれないが。惜しいことであった。
さて、まだ薄暗い、ある明け方のこと、ぼくはふらふらとお散歩に出ていた。
早起きというのではなくて、どうにも寝られなかったものだから、運動でもしたら、もしかしたら寝られるものかもしれないと、考えたからである。
3丁目の、広いのだけれども、自動車はめったに走らない、しかし、中央路側帯までもがある、でも、両側は特にどこかに行けるというわけでもない(遥か未来にはどこかにつながるのかもしれない。)、不可思議な通りを、ぼくは、ぼそぼそと歩いていた。
すると、身なりは良いが、かなりつかれた雰囲気の紳士さまが、路側帯に横倒しになっている。
『これは、たいへんだ。』
とおもい、まず声をかけたのである。
『もしもし、あなた。もしもし。ダイジョブですか?』
しかし、紳士は反応しない。
『救急車呼ぼう。』
そう思ったぼくは、愛用の携帯電話を、小さなバッグから取り出した。
ガラケーなどという言葉があるが、じつに、失礼な言葉だと思う。
しばらく前までは、神様のごとく崇められていたのだから。
📱💥✨✨ 🙇ハハー
人々は、それを忘れてしまったのだろうか。
ぼくが、ダイヤルボタンを押し始めた瞬間に、突如、その腕が伸びたのであった。
まさしく、『伸びた』、と思ったのである。
『まあまあ。あんさん。早まるでない。』
なんと、その疲れた紳士が、片腕にぼくの腕を掴んだまま、すでに、上半身起き上がっていた。
『心配させてすんません。眠たくなっただけよ。しかし、日の出が近いなあ。良かったよ。ありがとう。これ、お礼です。少数料理店『やまんなか』、無料招待券でし。三回利用できます。ああ、遠慮しなくてよろしい。あたしの経営する店だしてな。来るのが礼儀っちょうもんですじゃ。』
疲れた紳士は、ぴょんと起き上がり、住宅街の隙間に消えた。
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