獅子は「にゃあ」と鳴く。

汐月 キツネ

例えるなら、猫。

 春。


 寒さから暖かさに変わりそうでなかなか変わってくれないこの季節は真新しい制服やスーツを見かけるようになる。


 特に高校一年生は成長することを前提に少し大きめな制服を着ている者もいるせいか、その子供の事を知らなくても雰囲気で「新入生」なんだなと察する事も出来た。


 慣れない道に慣れない服、浮つくような、緊張するような高校生の一日目。


 そんな集団の中に物憂げでクールな表情を浮かべた少年が一人、注目を浴びていた。

 中性的で整った顔立ち、身長は少し低いが成長の余地がある。

 横断歩道の待ち時間、同じクラスになるかもしれない少年少女達がちらりと、目に入ったらつい追ってしまう程の綺麗さがあった。


「……、ねぇあれ」

「同じ一年生だよね、同じクラスにならないかな?」


 女子達の声に、少年こと高倉玲音たかくられおんは口元が緩まないように気を引き締めた。

 大成功だと、第一印象はバッチリだと内心浮つく事を抑える。


 玲音は高校デビューに向けて、第一印象は格好いいと思わせられるように頑張りたいと大学生の姉に頼み込み、外見を作りこんだ。


 筋トレは勿論、勉学にも手は抜かない事を条件に姉と、何故か途中から割り込んできた母は厳しく少年を『教育』し、黙っていれば物憂げなイケメンになれる事を証明したのだ。


(決まった、だがこれは一歩目に過ぎない、誰かに憧れて貰えるような恰好いい大人を目指すにはここで甘えちゃいけない!)


 心の中のドヤ顔がちょっとずつ出てきたが押さえつけ、横断歩道を歩きながら周囲の声に耳を傾ける。


「あのめっちゃ可愛い子、同じクラスだといいなぁ」

「ねー」


 そんなに可愛い女子がいるのかと玲音は少し周りを見渡すが注目を浴びてそうな子は見つけられなかった、というよりは身長のせいで身近な子しか見えなかった。

 ならば話している女子達の近くに行けば見えるかもしれないと人込みから避けるふりをしてちょっとずつ近づく。


「やっぱ可愛いよね」

「聞こえるからやめなって」


 好奇心を抑えきれず、思い切って話をしている女子の方を見ると、目が合ってしまった。


「あ」

「ほら、聞こえてたじゃん」


 玲音は何事もないようなフリで、クールに、ちょっと足早に歩きだす。


(いや、俺の事かよ! なんで!?)


 確かに玲音は容姿に恵まれていた。

 『恰好いい』という言葉どおり整ってはいる顔立ちだが身長と体つきのせいでどうしても『可愛い』という言葉出てきてしまう。


 例えるなら、可愛い猫の動画についた「この猫さん、キリっとしててカッコイイですね」というコメントのように。


 シークレットインソールによりなんとか160cmの背伸びした少年玲音は、姉と母親の熱心な教育により「可愛い」の化身にされていた事に気づくのは教室に着いてからだった。

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