井の中の蛙は大河を知るかもしれない

海上 諦亥

第1話

1章ー白川櫻は変わっている

「暑いな…早く入ろう」

時刻は5時、既に日が傾き始めているのにも関わらず蒸し暑い。バレーのクラブが週2であるが、それ以外は図書館で最近気に入っているマンガの単行本やラノベを少し読み帰宅する。という高校生らしくはないような習慣な気もする。

 勿論、部活も無く塾もなく友達も少な目、それもあって自由気ままな高校生活をスタート出来たことも要因ではある。別に友達が居ないわけではない、決して。

今日は続きが気になっていたマンガを読んでいたのだのだが、あと数十分すれば暗くなる。夕飯の支度もあるし、そろそろ帰ろうかと腰をあげると、隣のテーブルに同じクラスの白川櫻が居た。


「白川も来るんだ。ここ。」

白川は珍しそうな顔でチラっとこちらを向いた。

「私もここで本読むの好きだから、坪井はもう帰るの?」

この白川櫻は割りと地味な方で、特段美人と噂される方ではない。

「読み終わったからそろそろ帰ろうかなって。デートでもする?」

茶化すと少し困ったような顔をしたが、満更でもなさそうな気もする。

「は!?…坪井君はそんなこと言うんだ…。まぁお年頃だもんねぇ。私もそろそろ帰るし、それならデートしようか。」と向こうも荷物をまとめ出す。


ふと漫画や小説と言えば、白川と初めて会話した時の事を考えていた。俺の聞いた彼女の第一声はというと


「白川櫻です、人間観察や人の考えている事や行動を見るのが好きです。よろしくお願いします。」だった。


ちょっと暗めの女の子が(誰でもな気もするが)現実での自己紹介で、人間観察が好きだ。なんて言えば若干浮きそうなセリフだ。予想通り、周りからは「おぉ」だの失笑などが聞こえてきた。俺はそんなもの分かったとしてもどうにもならんし、なんなら分かってないから失笑紛いの事をされてるんだろうな。彼女の高校生活は茨の道かもしれない。などと考えながら、出身、趣味、など俺の当たり障りない自己紹介が終える。すると茶髪の性格の明るそうな近くの席の奴が挨拶してくれた。


俺も当たり障りない会話をしていたこともあり、その世辞で彼女の事なんて頭の片隅に追いやられる程度だった。その後休み時間に提出物の不備で席を外した際に、近くの席同士いくつかのグループができ始めていた。グループを作るタイミングを逃してしまったかもなと思っていると、自分の席に着いたタイミングで白川が絡まれていた。

「ねぇねぇ、あの自己紹介おもろいね~人間観察の何が好き?ねぇ白川ちゃん俺の考えてる事分かる?何でしょ~。」

絡まれている時の反応は多分不機嫌だ。俺でも良い気はしないとは思う。お前多分怒らせてる。あと雰囲気悪いしやめて欲しい。嵐が去った後のように静まり返った教室で、一人席に座る彼女は何だか酷く小さく見えてしまった。後ろではコソコソと何かが聞こえてきた。こういう時行動をしないのが正解ではあるし、絶対に動かない方が間違いなく今後のためだ。でも余りにも利己的か?。


「…あ、あー、し、白川さん、何読んでんの?」

結局のところ数秒悩んだ結果、そいつの隣に立ち手に持っていた本を話題の種にした。我ながら話題提供が単調だと思ったが、幾分か教室の雰囲気が和らいだ気がするので許してほしい。


「…これ、知ってる?。ココの楽しい冒険。」

知ってるシリーズ物だ。ネーミングに似合わずゴリゴリの戦闘漫画である。

「それ俺も読んでるよ。でもアクションは意外だな、てっきり哲学書か何かと思った。」

「クラスでそんなの読まないよ。これキャラも良いしカッコイイよね。」

「え、何々?それ有名なやつなの、俺知らないな~。なんだお前らもうデキてんのか!」

「読んでる漫画が同じなだけじゃん。」

「ほんとかね~トイレ行ってこよ。」

そもそも誰のせいでこうなったと思ってる、二度とこんなの御免だ。やっぱり柄じゃないし、こういうカースト上位しか経験無さそうな奴は苦手だ。


「坪井君ありがとう。あーいうの苦手だから。」

「別にいいよ、俺にも絡んできてめんどくなったら、そのときは頼むよ。」

「こういうの最後まで見るのが責任ってもんじゃないの?」

若干気まずいマズいワードな並びな気がするのでここら辺にしとこう。

「…冗談だけど。てか名前よく覚えてたね。」

「クラス通信見てたから。なんとなく。」

俺なんかそれこそ印象に残らない奴は物の数秒で忘れる気がするし、付近の席の生徒でさえ怪しい。

「そのなんとなくは、俺にはない何となくかな。」

さっきからジロジロと視線を感じる。気になるなら自分で話せ。百聞はなんとやら。

と、俺は思うのだけれど…。にしても、こんな冗談通じなさそうな奴が漫画読んでるのは、ちょっと意外。


「これ俺好きなんだよなー。発刊当初から追いかけてて、この作画と見開きページの決め台詞いいよね。」

すると目を輝かせて、水を得た魚のように一瞬で元気になったのがすぐに分かった

「そう!これ面白いよね、これこれああいう…」と、話に花を咲かせる手前で丁度チャイムがなる。

「白川も結構追いかけてる感じなんだ、話はまた後で、担任来たし。」

 我ながら初日から危ない橋を渡る真似は良くない。運が悪ければ2人纏めてカースト最底辺確定だ。冷静に考えれば危なすぎる行動や異性である事を加味しても、そこまでリスクまで背負う必要性は無かった。単純に運が良くしつこく絡まれなかっただけだ。


教師からは明日からの予定と今後の日程についての説明があり、残り時間は配布物や教科書の確認などで放課後となった。

「ねぇ、さっき話してたけど白川さんってどんな人だった?」と、女子2人。

やっぱり来た。男子ならテキトーに言っても問題ないが、女子なら敵に回すと厄介だ。それに分からなくはない。失礼な話だが、一般的に女性は群れないと死ぬ生き物だと思っているし、コミュニティは必要であるのは俺でも分かる。

しかし生憎そういう意味では先程自己紹介を見た通りで、一般的なコミュニティに適合できるか怪しい気もしたけども。


「まぁ変わった奴だとは思うけど悪い人じゃないと思うよ。」

「そうなんだ~まぁ癖強そうだよね。でも勇気あるね坪井君。あのタイミングでよく喋り続けらるね。」

「席近くて特には何も考えてなかったから。」

「坪井と白川さん仲いいの?」

「別に同じ中学とかでもないからね。あれが初会話。」


「え!お前やっぱり白川さんと仲いいの?お前白川さん助けた的な?うわ早速デキてんなら言えよ~?あ、狙ってんの?」

いつの間に隣にいたんだ。結構めんどくさいなコイツ。誰のせいでこうなってんだ。周りも白い目で見てるし一言くらい言っても何も言われないとは思うけど。

「人の話は最後まで聞いてくれ。 別に俺が好きな漫画読んでたから話しただk」

「絶対噓だな。おいこいつらデキてるって!」

「そんなことないって」

イライラを抑えにっこり笑顔を貼り付ける。俺は優等生を維持して平和に高校生活を満喫したいだけなんだ。我慢だ俺。

「なぁそれより白川さん面白くね。なに言ったらこっち向くかな。」

まだやるか、コイツはたとえ誰であっても人をイライラさせる奴みたいだな。

「池上、マジでお前モテないだろ。」

こいつが座っていた入学式の机に貼ってあるシールには池上元とあった。

後ろの席で話を聞いていた女子二人が吹き出す。

「確かに池上君は坪井君と違ってデリカシーっていうか、そういうの全く無さそうだよね。ノンデリってんでしょ?そういうの。」

「あーそれそれ!絶対カレシにしたくない!松ちゃんいいこと言うね。」

見る側はかなり愉快で思わず俺も吹き出した。

「な、なんだよお前ら初対面なのに!…俺だってデリカシーくらいあるわ!」

「ほぼ初対面なのにって、さっきのあんたのクソダル絡みにそのまんま言いたいわ!」

ド正論、あの子とは仲良くできそうだ。松島さんと黒川さんか。池上はぐうの音も出ず、なんだよとうなだれるだけだ。

と、まぁそれからというもの、白川と話をするようになった。勿論、松島さんと黒川さんとも仲良くさせて貰っている。当の彼女は正直少し変わった奴だと思うが、俺は喋っていて変に合わせる必要やストレスが無いと思うし、非常に楽で助かる。

それにしても池上は悪意を持ってダル絡みしているタイプなのか、天然で人をイラつかせる天才なのかどちらなのだろう。


 「…ねぇ、ちょっと聞いてる?坪井君って帰るのどっち?」

「あーごめん、俺は甲西園から近いかな。」

「わりと近いね、私歩きだから時間かかるけど大丈夫?」

最初は大層な顔してた割には随分乗る気なんだな

「大丈夫、別に急ぎの用事はないし。」


特に話すのは好きな音楽や映画、アニメなど、基本的に趣味が似ている事もあり、話が合うし価値観も合う。出来れば男子にもこういう友人が欲しかったが、見たところは居なさそうだ。だからといって男子との交流おざなりにするわけにも行かない。だがストレスが掛かるし面白くもない話が多い。


「いきなりだけど、俺は正直に言ってこのクラスに馴染めてるのか分からないんだよね。」

「意外だね、坪井君は、満足とまでは行かないけど普通に馴染んでると思った。男子とも女子とも喋れるし。松島さんと黒川さんとか仲良さそうだし。」

「まぁ確かに話すは話すけどね、でも俺は別に特定のグループにいるわけではないし。なんか話の雰囲気に合わせるの、めんどいなって。」

「そういや話の雰囲気とか言ったけど、感受性みたいなの高め?」

「人並みよりちょっとくらいだと思うけど」

「元からなの?気になるから、良かったらどんな風に感じるかみたいなの聞かせてよ」

「少し長くなるけど。」…ってコイツやっぱり興味がある話になると分かりやすいな、まぁそういう分かりやすいってのも、悪気がない事の裏返しと捉えると、一概に悪いとは言いにくいんだけど。


「一人っ子で親戚も多くて集まりとかも多いし、年少期から親の仕事の影響で会話は大人が多いこともあって、勘の良さは人の行動を見て機嫌を取って何となくぺこぺことしている内に何となく感じてきただけ。所詮は普通の人間だから、普通にハズレる事もザラにあるし、それこそ多分想像してる小説とかマンガとかの異能みたいに便利なものなんかじゃないよ。」

白川は深く追及こそしなかったが、俺はと言うと何だか昔は面倒だったなぁとは思った。

「…もしかしなくても、聞かない方がよかったよね。」

珍しく気を効かせた白川の言葉が何となく申し訳なさそうだった

「大丈夫って、もう前の事だし。それにそのおかげで不躾な池上みたいにならずに済んだと思えばね。あ、折角だし時間あるなら少し駅に寄っていこうか」

「さらっと池上君に飛び火したね。まぁ否定できないけど。というか坪井君はこうやって女子をナンパするのか」

すると白川はうって変わってニヤっとした。

全く酷い冗談だな、まだ高校生も1年だぞ。ナンパされ癖でも付いてんのか。

「勘弁してくれ、ナンパじゃないし友達だろ。それより肉まんでも買う?暑いけど。」

「ふーん、まぁそういう事にしとくよ。晩御飯もあるし、坪井君と半分するなら。」

「なら、気を使わせたお詫びに俺が出すよ、といっても俺が稼いだわけじゃないけど」

「そんな稼いだとかは良いよ、気持ちで。」

じゃあお言葉に甘えてというわけで、代金は俺が払い二人で半分に割って食べる。


「そういや、白川は連絡ツール持ってる?」

「うん、メアドとLI◯Eもってる。」

なんだかホントにナンパしてるみたいじゃないか

「その、まぁ…はい。」QRコードを出す。

「ん?何?」

コイツ絶対分かってやっている。

「とりあえずLINE登録しといて。」

白川は勝ち誇ったように

「いいよ。 坪井君は意外とシャイボーイなのかな?あれれ?」

したり顔で頷いている。白川は実はかなり強かなんじゃないか?

「シャイじゃない。それこそ何だかナンパみたいじゃないかとね。」

「ふふふ、分かってたけど。でも普通にクラスLI○Eから引っ張れば良かったのに。」

「まぁそれもそうだけど。なんか勝手に登録するのもなと思って」

「何それ、別に教室でも喋らないわけじゃないのに。」

「言われてみれば確かにそうか。」

学校でその笑顔と雰囲気で喋ったら、それこそ普通にもっと友達できるだろう。


「…ねぇ、何か今失礼なこと考えたでしょ?」

うーん、何でこういう時は妙に勘が鋭いんだか。

「いえ、なんにも。」

「…そゆことにしとくよ。それじゃ帰ろうか」

冷ややかな白川の目線はとりあえず置いといて

「そうだな、とりあえず帰ろうか。暇あればLI○Eテキトーに返信してて。それじゃあ、気を付けて。」


 5月中旬 蛙は自分の保身と勇気を天秤にかけた

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