第31話 B級グルメ
サムラの街――。
カルディア王国の北辺に位置し、背後に針葉樹の大森林を要するこの街は、麺料理で名を馳せている。
それこそ、『サムラの街と言えばサムラ麺』と言われるほどだ。
塩味系のスープに麺が入ったごくシンプルな料理なのだが、これが実に美味い。
中でも麺ロードと呼ばれる通りには数多くのサムラ麺の専門店が立ち並び、日々大勢の観光客で賑わっている。
行き交う人々は皆、観光案内所でもらった無料の店舗マップを片手に目当ての店を目指すのだ。
そしてわたし――エリン=イーシュファルトもまた、美味しいサムラ麺を食べるべくマップを詳細に読み込んだ結果、麺ロードからちょっと離れた位置にある、とある屋台へと辿り着いた。
いやいや、屋台と言って馬鹿にしてはいけない。
多くの若手料理人が屋台で修業をして開店資金を貯め、店を持つ。
この店もしかり。
椅子は屋台付属の四席に歩行者の邪魔にならないよう道路の隅にそっと置かれたテーブル四席の、都合八席のみ。
納得のいくスープができないと店を開けない希少性と少ない席数もあって、何人もの料理評論家から『若手のホープ』として絶賛を受けるもなかなか食べることができない幻の店として評価されている。
一週間前にこの街に辿り着き、毎日毎食サムラ麺の名店を食べ歩きながらこの店の存在を知ったわたしは、店主の
そして今日この日! 夕方五時の開店直後の時間を見計らって、こうして来店しているわけだ。
と、何かに気づいたか、行き交う人々を見ていた白猫のアルがポツリとつぶやいた。
「どうでもいいんだけど、今夜はずいぶんと騒がしくないか?」
「そうねぇ。さっきから馬に乗った保安官たちがひっきりなしに通り過ぎてるけど、泥棒でも出たのかしら。でもま、どうでもいいわね。今はサムラ麺に集中、集中!」
言われて見ると、何が起こっているのか、街のあちこちから怒号や
伝説のサムラ麺の店に辿り着いた。
食に集中できるよう、テーブル席も確保した。
見ろ! わたしの注文した麺はすでに茹で上がり、店主がトッピングを乗せている。
準備は全て整った。
これを完食するまで、わたしはここを一歩も動くつもりはない!!
「へぃ、お待ちどうさま。火傷しないように気をつけてな」
「来た来た!」
黒いシャツに頭にハチマキを巻いた若手の店長さんが、わたしの前に
湯気に乗って、濃厚で芳醇な香りが漂ってくる。
スープに絡みやすい、ちぢれ麺。
どれだけこの時を待ったことか。
期待のせいか、わたしの顔が知らず笑みをたたえる。
「いっただっきまぁぁぁぁぁす!!」
「……おい、エリン、何かヤバいぞ!」
白猫アルが叫んだ直後――。
ドカバキャガッシャァァァァァァァァァァァアアアアン!!
テーブルに置かれた割りばしを満面の笑みで割ったわたしの目の前で、上から降ってきた何かによってテーブルごとサムラ麺の丼が粉々に砕け散った。
「あ……あ、あ……」
あまりの出来事に、わたしは椅子に座ったまま絶句した。
目の前にあるのは無残に砕け散ったテーブルに割れた丼、そして地面にぶちまけられたサムラ麺に……黒髪イケメン。
イケメン?
埃を払いつつ立ち上がったのは、澄んだ黒い瞳と柔らかウェーブの掛かった黒髪ショートが特徴の、人懐っこそうな笑顔をしたイケメンだった。
体型は細マッチョで、年の頃は二十歳前後。
戦闘中だったのか、空色のチュニックに茶色のズボン、黒のブーツに茶色のマントに身を包み、大剣を右手に握っている。
それにしてもどこかで見た覚えがあるような気もするのだが、思い出せない。
誰かに似ている気がするんだけど……。
「おや? 美しいお嬢さん、お怪我はありませんでしたか?」
立たせようというのか、イケメンがわたしに手を差し伸べた。
……は? まずは謝罪だろ?
わたしは椅子から立ち上がると、イケメンを睨み返しながら口を開いた。
「わたしの……」
「わたしの?」
「わたしのサムラ麺を返せぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
わたしは差し出されたイケメンの手を握ると、右手をクルっと返した。
瞬きする
このまま頭から地面に叩き付ければ、受け身も取れずに大怪我をするはずだ。
ところが――。
「これは!?」
瞬間的に手首の骨でも外したか、入れ替わった上下に困惑しつつもイケメンはあっという間に空中で拘束から抜け出すと、その場に無事着地した。
そのまま、まるで猫のような身のこなしで飛びすさって距離を取る。
コンマ何秒かの間に対処したっていうの? そんな馬鹿な!!
「やるねぇ、お嬢さん……」
「あれを外した!?」
立ち上がったわたしとイケメンとが、わずか数メートルの距離で
久々に出会えた強敵の存在に肌があわ立つ。
それはイケメンも同じようで、固まった表情のままニヤリと笑う。
ところが、そんな緊張状態のわたしたちを無視して、目の前の道路に保安官たちが続々と集結してきた。
だが、通りで喧嘩をし始めそうなわたしたちを取り締まりにきたわけではないらしい。
皆、揃って夜空を見上げている。
わたしも空を見上げてみる。
「おい! あそこだ! 屋根の上! 見失うな!!」
「撃て! 撃て!」
保安官たちは懐から何かを取り出すと、一斉に屋根の上に向けた。
どうやら屋根の上に何者かがいるようだが、わたしの目はそれよりも保安官たちの装備に釘付けになった。
「ちょ!
保安官たちが一斉に撃った。
高速で光弾が飛んでいくも、屋根の上の何者かはその全てを華麗にかわしている。
とはいえそれも無理もない。
そもそも詠唱銃は魔法も弓矢も使えない役立たずが使用するアイテムだ。
簡単に言うと、任意の魔法を弾に込めて撃つことができる飛び道具なのだが、静止した
しかも、わたしたち魔法使いが状況に応じて瞬時に魔法を切り替えるのに対し、わざわざ銃に込めた弾を入れ替えないとならない
一応『ガン・マン』と呼ばれる、詠唱銃を極めちゃった人もいるにはいるらしいが、少なくともわたしはサーカスくらいでしか見たことがない。
だいたい、今どきの保安官なら魔法くらい使えるから、わざわざ詠唱銃なんて不便な武器を使う必要もない。そんなの常識だ。ならなぜここの保安官たちは銃なんて使っている?
アルが目を凝らす。
「あれは人狼だ。こんな人里に珍しいな。……ん? エリン、アイツ何か抱えているぞ?」
「あれ人だよ、アル! 女性じゃない? 気を失っている。そうか、敵が人狼だから保安官は銀の弾を込めた詠唱銃を持ってきたんだ。よし、助けるわよ!」
「お嬢さん、お先に!」
懐からピンク色の
どうやら彼の
保安官たちも屋根の上に上るルートを探して四苦八苦しているが、イケメンの身軽さに比べ、どうにももたもたしているようだ。
「あ! 待ちなさいよ! アンタとの話はまだついてないんだからね! フォルティス ベンティス(強風)!」
わたしは目の前の空間に軽く魔法陣を描きながら呪文を唱えた。
突如巻き起こった風が、わたしの黒いゴスロリ服のスカートを激しくはためかせる。
風の魔法をまとったわたしは、夜空に向かって一気に飛んだ。
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