蒼天のグリモワール 〜最強のプリンセス・エリン〜

雪月風花

第1話 美少女降臨

「だーかーらー。このわたしが偽物なんか持ち込むわけないじゃない。そんなに熱心に見たって結果は変わらないわよ」


 わたし――エリン=イーシュファルトは軽く息を吐くと、カウンターに置いた金貨の入った革袋をトントンと叩いた。

 ため息だってつきたくもなる。

 わたしの担当をしている若手の銀行員が、かれこれ三十分も鑑定に時間を費やしているのだから。


「ねぇエリン、まだぁ? ボクもう飽きたよぉ」


 と、カウンターにふんぞり返って座った白い物体が伸びをしながら聞いてきた。

 白い生き物――それは猫だった。

 ただしリアルなそれではなく、どちらかというとぬいぐるみだ。


 雪のように真っ白な毛色で背中に小さな天使の羽を生やし、二足歩行をするヤンチャそうな顔つきの猫。

 身長は五十センチといったところか。

 それが銀行のカウンターに座って、つまらなさそうに足をプラプラさせている。


 鑑定用ルーペを右目にかけ、熱心にコインをチェックしていた若手の銀行員が、カウンターの向こうでようやく顔を上げた。


「いや驚いた。確かにこれは本物のドラフマー金貨ですね。しかもかなり状態がいい。お嬢さん、これ、どうやって入手したんですか?」


 鑑定結果に興奮しているのか、銀行員の鼻がふんすか広がっている。

 だが、その話しぶりを見るに、すぐ目の前に座っている猫にまるで気づいていないようだ。


 とはいえ、見えないのも当然。

 魔法生物であるこの猫は、一般人には見えない。声も聞こえない。

 その存在を認識することができるのは、わたしのような資格を持つ者だけだ。


 そっと右手の人差し指を立て、猫に向かって静かに、とジェスチャーをしたわたしは、次いで銀行員の質問に答えた。


「別に? 普通に自分の貯金箱から持ってきただけよ。で? 換金できるの? できないの?」

 

 途端にさっきまでの興奮がどこへやら、若い銀行員が困り顔になって、後ろのモジャモジャ髪の行員をチラ見する。


 奥で何やら事務作業をしていたモジャ髪――鳥の巣かってくらい髪の毛がモジャモジャしている四十がらみの中年行員が仕方なさそうにやってくると、若い行員の隣に座った。


「お嬢さん。コイツはドラフマー金貨といって、ざっと五百年前、何とかって失われた天空の王国が下界との交易で使っていたとされる硬貨なんですよ。いわゆる古銭扱いなんですが、とにかく希少で、今の相場なら一枚で家が買えます。この革袋に百枚は入っているようですが、こんな小さな町の銀行では一枚換金しただけで金庫が空になっちまう。分かるでしょう?」


 言いたいことはごもっとも。でも、はいそうですかと引くわけにもいかないのよ。


「換金できる大きな銀行がある街まで行くには、また駅馬車に乗って移動しなきゃいけないんでしょ? わたし、ここまで乗ってきた駅馬車さんにお代を待ってもらっているのよ。銀行なら換金できるはずって言われてここに来たのに」

「なるほど。そいつは困りましたね……。あ、じゃあこうしましょう! うちで口座を……」

「ならその金は俺たちが有効活用させてもらうぜ。よこしな」

 

 銀行員の言葉を遮るように、不意に後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこにはわたしより年上――二十歳前後の男たちが七、八人ほど立っていた。

 その手に持ったき身の短剣がにぶく光る。


 あいつ……。


 後ろの方にいるチンピラの一人に見覚えがあった。

 駅馬車で同乗していたうちの一人だ。


 実を言うとわたし、この町までくるのにちょうど通りかかった駅馬車に乗せてもらったんだけど、いざ御者さんにお金を払おうと思って金貨を出したら、案の定断られたのよ。

 一枚で家が買えるとなれば、そりゃお釣りも払えないもんね。


 だが、困り顔の美少女――わたしのことだ――を可哀想に思ったのか、銀行での換金を教えてくれたのだ。この辺りを流しているから運賃はお金が用意できたらでいいよって言ってくれてね?

 どうやらそのやりとりを見られていたらしい。


 ギャラギャラギャラギャラーーーー。


 油が切れているのか、天井からけたたましい音を立てて鉄格子が降りてきて、あっという間にカウンターを完全隔離してしまった。

 入り口の扉前はもちろん、窓にまで鉄格子が降りてきたので、誰も出て行くことができない。

 だが、その割にはチンピラたちに慌てる様子がない。

 脱出用の何らかの手段でも有しているのだろうか。


 ロビーには他に何人も客がいるが、皆、何が起こったかと目を丸くしている。

 カウンターを見ると、先ほどの行員たちが鉄格子越しに焦り笑いをしつつ、わたしに向かって両手を合わせてゴメンねポーズを取っている。


「ちょっとあなたたち! 客を強盗に差し出すスタイルって職業倫理的にどうなのよ!」


 怒ってカウンターに詰め寄ったが、鉄格子はカウンターの手前に降りてきたものだからこちらからは手出しもできないし、更には金貨の入った革袋も取れなくなってしまっている。

 一緒に鉄格子の向こう側に行った白猫が、ケタケタ笑っている。


「わたしのお金! ネコババしたら許さないわよ!」

「ご心配なく。今の内に金貨を鑑定して正確な金額を出しておきますので、その間にそっちの強盗さんたちのお相手をお願いします」

「なに勝手なことを……」


 銀行員の事なかれ主義に呆れながら、わたしは改めてチンピラの方に振り返った。

 途端に下卑げびた笑いが起きる。


「おっほー、こりゃまたとんでもないべっぴんさんだな。大金と美少女と、両方いっぺんに手に入るとは、今日はとんでもない幸運日ラッキーデーだぜ。なぁ!」


 リーダーの問いかけに、後ろの有象無象うぞうむぞうどもが笑って同調する。

 とはいえだ。わたしは賞賛の声には慣れている。

 だってわたし、超絶的に美しいんだもの。 


 宝石のように澄んだあおい瞳に切れ長の目。まつげは長く、天然でクルックルにカールし、鼻筋はすっきり通って、唇はさくらんぼのように赤くつやつやとしている。

 肌は全身きめ細やかで、光り輝く銀色の髪をロングのツインテールにまとめ、黒を基調にしたゴスロリ服に身を包んだ完璧美少女――それがわたしだ。


 お城にいたときは国中の人々を心酔させるほど熱い視線を浴びていたわたしだけあって、こんな下々の国の取るに足らないチンピラたちをもとりこにしてしまったようだ。

 あぁ、何て罪つくりなんだろう、わたしの美貌は。

 

 わたしは一番手前に立つリーダーらしき男の前に行くと、ニッコリと微笑んだ。

 美少女の絶品の微笑みに、赤毛のリーダーの顔がだらしなくゆるむ。

 次の瞬間、わたしの右拳が深々とリーダーの腹に吸い込まれた。

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