蒼天のグリモワール 〜最強のプリンセス・エリン〜

雪月風花

第1話 美少女降臨

「ねぇ、まだぁ? ボクもう飽きたよぉ」


 それは猫だった。

 ただしリアルなそれではなく、どちらかというとぬいぐるみだ。

 雪のように真っ白な毛色で背中に小さな天使の羽を生やし、二足歩行をするヤンチャそうな顔つきの猫。

 身長は五十センチといったところか。

 それが銀行のカウンターに座って、つまらなさそうに足をプラプラさせている。


「驚いた。コイツは本物のドラフマー金貨だ。しかもかなり状態がいい。お嬢さん、これ、どうやって入手したんですか?」


 目の前の金貨に夢中で見えないのか、鑑定用ルーペを右目にかけコインをチェックしていた若手の銀行員が、猫をガン無視でカウンターの向こうから興奮気味に話しかけてくる。


 わたしはそっと右手の人差し指を立てると、猫に向かって『静かに』とジェスチャーをして銀行員の質問に答えた。


「別に? 普通に自分の貯金箱から持ってきただけよ。で? 換金できるの? できないの?」

 

 わたしはカウンターに置いた、金貨の入った革袋をトントンと叩いた。

 途端にさっきまでの興奮がどこへやら、若い銀行員が困り顔になって、後ろのモジャモジャ髪の行員をチラ見する。


 奥で何やら事務作業をしていたモジャ髪――鳥の巣かってくらい髪の毛がモジャモジャしている四十絡みの中年行員が仕方なさそうにやってきて、若い行員の隣に座った。


「お嬢さん。コイツはドラフマー金貨といってざっと五百年前、何とかって失われた天空の王国が下界との交易で使っていたとされる硬貨なんですよ。いわゆる古銭扱いなんですが、とにかく希少で、今の相場なら一枚で家が買えます。この革袋に百枚は入っているようだが、こんな小さな町の銀行では一枚換金しただけで金庫が空になっちまう。分かるでしょう?」


 言いたいことはごもっとも。でも、はいそうですかと引くわけにもいかないのよ。


「換金できる大きな銀行がある街まで行くには、また駅馬車に乗って移動しなきゃいけないんでしょ? わたし、ここまで乗ってきた駅馬車さんにお代を待ってもらっているのよ。銀行なら換金できるはずって言われてここに来たのに」

「なるほど。そいつは困りましたね……。あ、じゃあこうしましょう! うちで口座を……」

「ならその金は俺たちが有効活用させてもらうぜ。よこしな」

 

 銀行員の言葉を遮るように、不意に後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこにはわたしより年上――二十歳前後の男たちが七、八人ほど立っていた。

 皆揃って剥き身の短剣を持っている。


 後ろの方にいるチンピラの一人に見覚えがある。

 駅馬車で同乗していたうちの一人だ。


 実はわたし、この町まで駅馬車に乗ってきたんだけど、御者さんにドラフマー金貨での支払いを断られたのよ。

 一枚で家が買えるとなれば、そりゃお釣りも払えないもんね。


 だが、困り顔の美少女――わたしのことだ――を可哀想に思ったのか、御者さんが銀行での換金を教えてくれたのだ。この辺りを流しているから運賃はお金が用意できたらでいいよって言ってくれてね?

 どうやらそのやりとりを見られていたらしい。


 ギャラギャラギャラギャラーーーー。


 油が切れているのか、天井からけたたましい音を立てて鉄格子が降りてきて、あっという間にカウンターを完全隔離してしまった。

 入り口の扉前はもちろん、窓にまで鉄格子が降りてきたので、誰も出て行くことができない。

 だが、その割にはチンピラたちに慌てる様子がない。

 脱出用の何らかの手段でも有しているのだろうか。


 ロビーには他に何人も客がいるが、皆、何が起こったかと目を丸くしている。

 カウンターを見ると、先ほどの行員たちが鉄格子越しに焦り笑いをしつつ、わたしに向かって両手を合わせてゴメンねポーズを取っている。


「ちょっとあなたたち! 客を強盗に差し出すスタイルって職業倫理的にどうなのよ!」


 怒ってカウンターに詰め寄ったが、鉄格子はカウンターの手前に降りてきたものだからこちらからは手出しもできないし、更には金貨の入った革袋も取れなくなってしまっている。

 一緒に鉄格子の向こう側に行った白猫が、のんきにあくびをする。


「わたしのお金! ネコババしたら許さないわよ!」

「ご心配なく。今の内に金貨を鑑定して正確な金額を出しておきますので、その間にそっちの強盗さんたちのお相手をお願いします」

「なに勝手なことを……」


 銀行員の事なかれ主義に呆れながら、わたしは改めてチンピラの方に振り返った。

 途端に下卑げびた笑いが起きる。


「おっほー、こりゃまたとんでもないべっぴんさんだな。大金と美少女と、両方いっぺんに手に入るとは、今日はとんでもない幸運日ラッキーデーだぜ。なぁ!」


 リーダーの問いかけに、後ろの有象無象うぞうむぞうどもが笑って同調する。

 とはいえだ。わたしは賞賛の声には慣れている。

 だってわたし、超絶的に美しいんだもの。 


 宝石のように澄んだあおい瞳に切れ長の目。まつげは長く、天然でクルックルにカールし、鼻筋はすっきり通って、唇はさくらんぼのように赤くつやつやとしている。

 肌は全身きめ細やかで、光り輝く銀色の髪をロングのツインテールにまとめ、黒を基調にしたゴスロリ服に身を包んだ完璧美少女――それがわたしだ。


 お城にいたときは国中の人々を心酔させるほど熱い視線を浴びていたわたしだけあって、こんな下々の国の取るに足らないチンピラたちをもとりこにしてしまったようだ。

 あぁ、何て罪つくりなんだろう、わたしの美貌は。

 

 わたしは一番手前に立つリーダーらしき男の前に行くと、ニッコリと微笑んだ。

 美少女の絶品の微笑みに、赤毛のリーダーの顔がだらしなくゆるむ。

 次の瞬間、わたしの右拳が深々とリーダーの腹に吸い込まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る