始まりの日 1話
◆◆◆
――ぱちり、と目を開けた。窓から見える外は薄暗い。しかし、明るくはなっているので夜明けだと判断し、
ふと、昨日自分が
昨日と変わらないきらめきを放っていて、朱亞は安堵したように息を吐く。
寝台から抜け出し、身支度を整える。宦官の服はいつ
今日は深緑色の服にした。肌触りから上質なものだと感じる。首元に黄色緑柱石の装飾品をつけて、気合を入れるように一度ぱんっと両手で頬を叩く。
(
ちらりと窓の外を見やる。
昨日夢中になって掃除をしたが、まだまだ細かいところが残っている。とはいえ、隣の部屋にいる桜綾を起こすわけにはいかないので、静かにできることを探した。とりあえず、箪笥の上を拭いておこうかな、と考えながら近付く。
箪笥の上を拭いて、薬草の仕分けをしていないことに気付き、慌てて取りかかる。薬草を入れてもらった袋を開け、祖父から教えられたことを思い出しながら仕分けをし、ふと後宮の厨房がどこにあるのかが気になった。
あの小屋にいた人たちのことも気になる。
(気になることだらけね)
後宮にきても朱亞のやることは変わらない。いつも通りの生活をする。それだけだ。その中に桜綾の『侍女』として役目が加わるだけ。
(
朱亞は厨房を使えたらなにを作りたいかを指折り数える。清熱止咳膏はあの宿屋で渡したので、作っておきたいところだ。
そして、桜綾のためになにかを作ってみたい。彼女の美しさはきっと天性のものと己の努力の結果だ。美容に良いものを作って渡したいと考え、朱亞は「これが侍女の気持ちなのかな?」とつぶやく。
後宮で暮らすことになり眠りが浅くなっていないかも心配だ。
そろそろ桜綾を起こしても良い時間だろうと隣の部屋に向かい、扉を軽く叩く。
「
しーん。
宿屋で見た桜綾の姿を思い出し、そうっと扉に手をかける。ゆっくりと扉を開き、中の様子をうかがった。どうやら
「失礼します」
念のため声をかけてから、中に足を踏み入れた。寝台ですぅすぅと寝息を立てている桜綾の姿を見て、よく眠れているようだと表情を綻ばせる。
「胡貴妃、朝ですよ。起きてください」
彼女の肩に手を置き、ゆさゆさと揺さぶってみる。桜綾は「うーん」と朱亞の手を払いのけるように動き、眠り続けることを選んだ。
朱亞はもう一度、桜綾の肩に手を置いて起こすことを
「朝ですよ、胡貴妃! 起きてくださいっ!」
さっきよりも強めに言葉をかけると、桜綾はうっすらと目を開けてふにゃりと微笑んだ。朱亞の手首を掴み、ぐいっと引っ張り寝台に寝かせる。ぎゅっと彼女を抱きしめて、「もうちょっと……」と目を閉じてしまった。
突然のことに驚いた朱亞は目を丸くして、じたばたともがいたが、彼女の腕の中からなかなか抜け出せない。
(この細い身体のどこにそんな力が!?)
抱き枕のようにぎゅうぎゅうと抱きしめられ、困惑を隠せない朱亞。桜綾が「ん……」と言葉をもらす。そして、目を開けて朱亞のことを見ると不思議そうな表情で彼女の名を呼び、寝ぼけまなこで見つめてきた。
「はい、胡貴妃。朝ですよ」
「わたくし……?」
自分がなぜ朱亞を抱きしめているのか、ぼんやりと考え――はっとしたように起き上がる。
「ごめんなさいね、朱亞。わたくし、寝ぼけていたみたい……」
頬を赤らめ両手で顔を隠す桜綾に、朱亞は眉を下げて微笑む。起き上がってから寝台を抜けだし、桜綾に声をかけた。
「おはようございます。さあ、着替えましょう。朝ご飯も食べないと。今日が始まりの日ですから、気合を入れましょう!」
「……朝から元気ね」
「はい、侍女としてがんばります!」
楽しそうに笑う朱亞に、桜綾は表情を和らげて寝台から抜け出し、彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
「――すみません、誰かいらっしゃいますか?」
桜綾に頭を撫でられて、ほんわかと胸が温かくなった朱亞だったが部屋の外から聞こえてきた声にちらりと彼女を見た。扉を軽く叩く音も同時に聞こえ、少し考えてから扉に近付いた。
「誰ですか?」
「あの、燗流さまから頼まれてきた、
朱亞はちらっと桜綾を見た。彼女は朱亞に顔を向けてこくりとうなずいたので、そうっと扉を開く。
「初めまして、朱亞と申します。えっと、少々お待ちください」
桜綾の姿を見せないように、薄く開いた扉から挨拶をする朱亞。
ふわり、といい匂いが鼻腔をくすぐる。どうやら朝食を運んできてくれたようだ。
持ってきてくれた女性の顔を確かめる。亜麻色の髪をまとめ、藤紫の瞳でこちらを見ている。
「わかりました。ここで待ちますね」
花が綻ぶように笑う彼女に、朱亞はどきりとする。桜綾はどんな人でも一目見れば『絶世の美女』だとわかる。だが、彼女もまた美しい。素朴な美しさ――その言葉が浮かび、じっと彼女を見つめた。
整った顔をしている。しかし、化粧は最小限だ。それがまた、彼女の美しさを強調している。
「……どうしました? 私の顔になにかついていますか?」
「あ、いえっ。すみません。では、少々お待ちください」
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