後宮 7話

「息抜きできるところって、大事ですね」

「そうよ。……それに、後宮ではよく聞く話よ。毒殺って」

「よ、よくあるのですか……?」


 朱亞シュアが顔を青ざめた。てっきり、ただ女性たちが普通に暮らしているだけかと、と心の中でつぶやきながら桜綾ヨウリンの様子を眺める。


「ええ。だからわたくしは後宮に行きたくなかったの。まぁ、こうして来ちゃったのだから、前向きに考えないといけないのだけど」


 両肩を上げる桜綾は、慰めるように朱亞の頭を撫でる。彼女は自分が毒殺される可能性があると考えながらも、後宮入りを決めたのか、と思わず朱亞は彼女を見つめた。


「……怖くなった?」

「いえ。みんな仲良く暮らせたらいいのになって、思いました」

「そうね。それが一番なのだけど……、ここは後宮。いろいろなことを想定しておかないとね」

「はい!」


 元気よく返事をした朱亞を見て、桜綾は再び彼女の頭を撫でた。妹がいたらこんな感じかしら、と思考しながら彼女を撫でていると、彼女はくすぐったそうに「ふふふ」と笑っている。


「あ、掃除が中途半端でした!」

「こちらに付き合わせてごめんなさいね。やっぱりわたくしも手伝いましょうか?」

「いいえ、大丈夫です。掃除を終わらせてきますね」


 すくっと立ち上がりぐっと両手の拳を握って、桜綾に明るい声色で伝えると、ぱたぱたと足音を立てて隣の部屋に戻った。


 中途半端に終えていた掃除を再開し、満足するくらい掃除をするとぐぅ、とお腹の虫が鳴いて空腹であることを自覚する。


「……お腹空いた!」


 掃除に夢中で気付いてなかったが、すっかり日が暮れていた。集中するとこんなものだよね、と身体を解すように両手を組んでぐーっと柔軟をしてから、額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。


「そういえば、ここでのご飯ってどうすれば良いんだろう……?」


 朱亞がぽつりとつぶやくと、扉を叩く音が聞こえた。


「朱亞、そろそろご飯にしましょう」

「はーい」


 三角巾を取り、すぐに扉まで向かう。


 扉を開けると、桜綾が部屋の中に入ってきた。そして部屋の中を見て、「きれいになったわね」と感心したように言葉をこぼした。


「食事はどうしますか?」

「いろいろ買ってきてあるから、それを食べましょう」

「……いつの間に……」


 朱亞が驚いたように目を丸くすると、桜綾はくすくすと笑いながら彼女の手を取り、歩きだす。桜綾の部屋に入り、荷物を解いて買ったものを取りだして、床に並べる。


「なにもないから、ここで食べちゃいましょう」

「はい」


 後宮で桜綾と一緒に食べる。ふたりきりで食べるというのが、なんだか久しぶりのような気がした。


 お腹が空いていたので、ぱくぱくと食べる朱亞。桜綾もきれいな所作で食べていた。ふたりともお腹いっぱいになるまで食べて、後片付けをしていると、突然扉が開かれる。


「なんだ、もう食べてしまったのか」

「こ、皇帝陛下?」

「なぜ、ここに……?」

「返事をもらったからな」


 ひらひらと桜綾の書いた手紙を振る飛龍フェイロン。彼は中に入ると寝台に座った。


 優雅な動きで足を組むと、朱亞と桜綾を交互に見て、「燗流カンルーに会っただろう?」と問いかける。


「はい」

「……あの方は、本当に宦官なのですか?」

「鋭いところをつくな、そなたは」


 飛龍は目元を細めて、桜綾を見た。


 しんと静まり返った部屋の中、静寂だけが続き、彼がなにを言うのかを待ち続けていると、飛龍は少し考えるように顎に手をかけて口を開く。


「男であって男ではない……といった話を聞いたことは?」

「いいえ」

「知識としてだけ」


 前者が桜綾で、後者が朱亞の言葉だった。飛龍は少し意外そうに朱亞を見る。彼女の知識をすべて聞いてみたい気がしたが、いったいどのくらいの時間がかかるのやら、と肩をすくめた。


「燗流は男性のように見えるが、女性と交わり子をすことができない。……あいつが幼い頃、高い熱を出したことがあってな。余はそのときに気付いた。前王はそんな燗流を嫌い、妃を冷遇した結果が」

「毒殺……?」


 重々しく、飛龍がうなずく。朱亞はきゅっと拳を握り視線を落とす。


「後宮は現在、皇太后陛下が管理されているのですか?」

「ああ、そうなるな。母は世に早く子を為してほしいらしい」

「燗流さんのお母さんって、どんな人だったんでしょうね」


 桜綾が飛龍に問いかけると、彼は首を縦に振ってから答える。そんな中、朱亞がぽつりと言葉をこぼす、毒殺された話した燗流の表情を思い浮かべた。


「美しい人だったぞ。燗流が生まれるまでは、前王は入り浸っていたらしい」

「もしかして、それが原因で……?」

「そうかもしれんな」


 朱亞はゆっくりと深呼吸を繰り返して、自分の気持ちを落ち着かせる。


 燗流は背も高く、見た目は完璧に男性だ。


 だが『男であって男ではない』と飛龍は口にした。以前、祖父からそんな話を聞いたことがある。


「だから燗流さんは、歩き方に特徴がないのでしょうか?」

「恐らくな。他の宦官はちょこちょこと歩いているから、観察してみればいい」

「観察……」


 いつか自分が宦官のふりをしなければいけなくなったときに、役に立つかもしれないと考えながらも、そんな日が来るのだろうかと首を捻った。


 燗流が連絡役になるのなら、わざわざ朱亞が宦官のふりをして後宮の外に出ていくことが必要なのだろうかと悩んでいると、桜綾が朱亞の目の間で手を振る。まるで、見えているかどうかを確かめるように。


貴妃きひ?」

「黙り込んでいるから、見えていないかと思ったわ」

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