再起動

 あなたは自宅へ帰り、入浴や明日の準備など必要なことを済ませてベッドへとダイブし、まったり、ゆっくりタイムへと突入する所でした。PCの起動待ちの間、自分のスマホでSNSチャックをしようとした時、登録だけした『Mad Satan』のアプリが目に飛び込んできた。


 一瞬の沈黙とフリーズの間が生まれ、あなたの思考回路までもがPCの起動読み込みと連動するかのように固まってしまった。


 我に返る様にPC画面の方を見る。まだ立ち上がっていなかった。あなたの感覚では数分ほどボーっとしていたかのように感じたが、実際には数秒間しか経ってはいない。『離人・現実感喪失症候群』といわれるような症状が、あなたはたまに感じることがあった。


 PCが起動しパスワードを求められてきた。あなたは入力していつものようにとりあえずYouTubeを立ち上げ、推しの動画を再生させてSNSチェックに入る。


 すると、通知バーにあの『Mad Satan』からのお知らせが入ってきて、あなたの好奇心のダメ押しをしてきた。通知を見ると



【あなたにピッタリのお相手がオンライン中です】



 と表示され、また意識せずにいつの間にか通知バーをタップしてしまっていた。瞬間、その一瞬の浮遊感の間に意図せずなんらかの操作をしていることが稀にあり、それは寝落ちしながらイイネ❤ボタンを押しているかのごとく『Mad Satan』アプリが起動に読み込みを開始し出す。


《まぁ、たしか紹介ポイントが150Pあるんだよな》


 ポイントカードの余った分を消化するかのような感覚で、あなたはまた『now loading』を待ってみることにした。


 待っている間コーヒーが飲みたくなり、台所へと立ちケトルで少量の水を沸かして、いつもと同じ割合のインスタントコーヒーを入れる。いつもあなたは砂糖なしでミルクありのコーヒーを好んでいました。


 操作が長丁場になると考えたあなたは、YouTubeで長時間のライブ配信を選択してからコーヒーを一口だけ飲み、ベッドへと戻ると『now loading』は完了し、真っ暗などこかの部屋の天井が映し出されていました。

 例の如く矢印をタップしても反応が無い。なのでまた左上のボタンマークをタップすると、


≪・・・うぅう!・・・うぅ・・・・・・≫


 と、前回との違いが場所や舞台だけでなく、音声も聞こえてきました。画面はまた大きく揺れて天井の照明などの残像を映し出し、ゆっくりと画面が。あなたは音声データがアップデートされたのか?それとも今回のプレイが自分のスマホだからか?と仕様の違いを安易に思いましたが、それにしてもまたなんだか映像と同じくリアルで生々しい声優などでは”ない”女性の声が聞こえた。


 とりあえず前回の時と同じく操作が可能な状態になったので、下部にある矢印マークをタップしていくが、画面は動くことがなくキャラクターがベッドに座り込んだまま。奥の部屋らしきソファーの背面とその奥には大き目の液晶TV、半透明な矢印部分にはよく見るとプレイキャラの膝が見えている。


 画面は自動的に、勝手に天井から足元までぐるりと映し右へ左へと動きだす。その際に見えたのがベランダのカーテンが開かれていて、外のネオンや外灯の明かりでこの場所はなんとか視認できているようだった。


 あなたは操作ができずに変だなと思い、もう一度左上のボタンを押すと


≪あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”・・・・・・≫


 画面は小刻みに上下と揺れ、痛々しい声がスピーカーから聞こえてきた。画面はベッドの一画をずっと映し、荒い呼吸音が微かに聞こえる。


「・・・な、なんなんだ?」 ≪・・・な、なに??≫


 プレイキャラとあなたの疑問の声が同時にダブった。ますます混乱し、あなたは怖くてなにも出来ずに、ただ画面を眺めることだけしか出来なくなった。


 ふと画面外上部のポイント表示の数字を確認すると、150Pだったのが100Pになっていた。この左上の過剰反応の操作には一回に付き50Pを消費するようだということが分かった。


 呼吸が落ち着いてきたのか、画面はフラフラと、その視点はまるでゾンビかのように揺れながらリビングからさらに奥へと歩いて行く。いくつかの扉が現れて、一般的なマンションの一室のような間取りが伺えたが、リビングから玄関方向だと思われる方の扉を開けて入っていくと、もう外部からの明かりが届かずに暗すぎてあなたには殆ど見えなくなりました。カメラが何とか光を取り込もうと自動でISO感度を上げることで、画面の暗所ノイズが激しくなり更に認識が難しくなっていきます。


 しかし画面は光感度を上げてなんとなくの輪郭だけは分かる範囲で、もう一つの扉をあけて中へと入って行く。どうやら洗面所のようです。鏡の前で立ち止まり、影のような輪郭だけがあなたには見え、どうやらこのキャラは自身の姿を鏡で見ようとしている風でした。


≪・・・いや、いや、なんで・・・こんな・・・いやぁぁぁぁぁ≫


 悲痛な声が聞こえてくる。その迫真な声にあなたは手が震えてスマホを持つ手に力が抜けてしまい、危うく落としそうになりました。なんとか掴んだその指には左上のボタン部分に親指が掛かり、あなたは冷や汗を感じます。


《今ここで・・・この指を離したら・・・・・・》

≪・・・やだ・・・パパ・・・ママ・・・助けて≫


 その声であなたは確信を得ました。これはと。

 なんとか助ける方法がないかと画面に話しかけようとしたその時、指を離してしまい、また


≪あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”・・・・・・≫


 画面がし激しく揺れ、鏡の影も細かな振動とは別に身体が左右へと大きく動く。そして


≪・・・バアァァァン!≫


 何か湿ったような、スイカが破裂するときのような破裂音と共に、画面は真っ暗となりアプリは強制的に閉じらた。


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