機嫌
約1ヶ月ぶりに会ったりゅうはなんか機嫌が悪かったよ。
まあ前回の時、早朝に起きてお寺で朝ごはん頂いてそのままりゅうに挨拶も電話もせずあの町を出て行ったからな。
そんで車飛ばして大阪でしこたま遊んで帰ったからさ。LINEも既読無視しちゃったしね。
でも今日は兄貴がいるからかその手前、ちょっと大人しいようには見えた。多分私だけだったらばちぎれてたろうな。
りゅうは兄貴に手土産渡されてペコペコ頭下げてて、その後ちらっと私の方を見て、めっちゃなんか言いたそうだけど苦虫噛み潰したような顔というか、なんか言いたいこと我慢してるような感じ。ずーっと口がへの字になっている。
「11時位にアダチさんが業者の人連れて来る、神主もそれに合わせて来るって」
りゅうは煎餅の入った紙袋を奥さんに渡すと、視線だけこちらに向けて早口でそう言った。
住職は少し遅れて来るって。多分妹も11時には間に合わないって連絡があった。
3人同時に腕時計を見る。
今は10時前。
「埋める前に1度井戸の中に入ってみたいんだけど」
りゅうにそう言うと、汚物を見るような目を向けて来た。でも兄貴と2人でごねてみたら折れて、蔵から「これ、防災用の」って言いながらライト付きのヘルメットと安い軍手を持って来てくれた。なんだよ怒ってる割に優しいじゃん。
「これ以上この井戸で人が死なれると俺に迷惑なんだよ」
ですよね。ごめんな。確かにここはお前の家なのに好き勝手騒いで。でももう呪いとかに一族で振り回されたくないし原因究明はとことんやっておいた方がいいじゃん。親の遺産の後始末は徹底的にやりたいんだよ、私も兄貴も。これはめちゃめちゃオタクな母方の血筋なんだと思うよ、ごめんな。
あらかじめ買っておいたGoProを首からぶら下げて、兄貴が腰にロープ括り付けてくれて、2人で井戸の前で指差し確認してたらりゅうの子供に「おねえちゃん今更ユーチューバーにでもなんの?」って真剣に聞かれて不覚にもワロタ。
でももうすぐ夏だしおもろい映像が撮れたらどっかの心霊番組にでも提供しようかな、って答えたら、今はテレビなんかよりオカルト系ユーチューバーにDMとかする方がバズるんじゃないの、だってさ。まあ、違いないな。考えとくよ。ていうかこないだから思ってたけどりゅうの息子、YouTube見過ぎなんだよ、注意しとけよ。
井戸の直径は意外に広い。ちなみにリングの影響か、井戸ってなんとなく円形のイメージあったんだけどここは四角。ポンプで水だけ引き揚げるようなのは関東でも見たことがある。母方の祖父母が若い頃は普通に其の辺の井戸使ってたってさ。
少し覗き込めば内側に足掛けるハシゴ?階段?みたいなのがあるし、人が降りられる程度のサイズではあるんだけど、ふくよかな成人男性だとちょっと狭く感じるかもな、位の感じ。
昔々、どれくらい昔かわからない位昔。
最初にこの地域にこの井戸を作った時から何度か改修はされてて、最後に手を入れたのは戦後らしい。これはアダチさんの資料による。戦後と言っても戦争終わって直ぐ、っていうわけじゃなくて、多分父とかおじさんが生まれてから少し経ってからかな?恐らく70年代から80年代の前半位。まあ家の歴史からすればまあまあ最近っちゃ最近か。でも元号は2回変わってるんだぜ。
まあここは私に任せとけよ。
一応高校までは水泳やってたんすよ。これでも。
井戸の縁に座って下を見下ろすと結構深いのがわかった。
でもその奥深くからなんとなく変な匂いがする。
死体の腐った匂いってこんなんなのかな。
小動物の死体とかももしかしたら落ちてるのかも。
もう井戸としては使ってないから定期的なメンテナンスとかどぶさらいみたいな事は全然してない、んだと思う。
ていうかこの前のアダチさんの態度とか見た上で思ったんだけど、りゅうも、おじさんたちも、この家に外の誰かを入れる事を少し避けてたのかもしれない。
りゅうに直接聞いたら怒られそうだけど、あんまり外との関わりをしたくないようには感じる。家屋のメンテナンスはともかく、蔵の中身とか使わなくなったわけありの井戸とか、余り外の人間に触られたくない気持ち。
それはまあわからなくはないよ。
「………下の方にガス溜まってたりしないかな」
不意に気になってそう漏らしたら「一応3日前に役所立ち会いで業者に検査はしてもらった」って。仕事が早い。
ガスマスクも持って来ればよかったかな、って後悔したけど、とりあえず手ぬぐいで口元覆って、変な匂い、音がしたら早く引き返す、って言って、私はハシゴに足を掛けた。
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