遺言書と和歌山
遺言書、最後が厄介、ていうかちょっとどうすんだよ、って感じでさ。
「和歌山の実家については全て切り捨てる事。金輪際関わってはいけない。私の三人の子供とその配偶者、及び孫達については山田家(仮名)とは無関係であり、赤の他人である。昨年末に離縁した妻も同様である。和歌山関係者との全ての連絡先を排除し、無視し続ける事」
わかる、わかるんだけどさ。
でも流れてる血はどうすりゃいいんだよ。遺伝子情報のことを私は言ってる。
あと私は色々めんどうではあったけどこの四月からは戸籍上は兎も角仕事では母の旧姓名乗る事にしていて、妹は旦那さんの姓になってる。でも兄貴は苗字を完全に継いでるわけじゃん。ちょっと特殊な苗字なので名前に関しては仮名を名乗らせてくれ、触れるなよ。
まあ従兄弟たちと一切の縁を切れ、和歌山には一切近づくな、って事なんだろうけど、それくらいで完全に呪いを排除出来るのかね。
一応今現在の「最低限で抑えてる状態」で「出来るだけ諸悪の根源から距離を置いていたつもりの父」は最悪な交通事故で死んでるわけよ。どっからどう見ても不幸な死なわけ。
言っとくけど葬式の時、棺桶の顔の所開けられなかったんだからな?
遺品の服もそりゃあ無残な状態で、妹が「こんなものをずっと持っていられない、お父さんが好きだからこそ嫌な物は目に入れたくない」って言って、これは納骨の時にお寺の人にご厚意で引き取って貰ったんだよね。少しお金多めに包んでさ。燃やして貰う。あのお寺とかでよくやってる人形供養とかそういう類のイベントあるじゃん。そういう時に一緒に、処分してくれるって。
それくらい父の死は「嫌な死」だったんだよ。
もし疎遠になった従兄弟たちが、りゅうといちろーが、私達の知らない間に日本酒流す事も止めて髪の毛も放置してあの家を完全に捨ててしまったら。
そしたらうちにも何があるかわかんないじゃん。
そりゃ私はあの家に住むつもりは一切ないけどさ、それでも監視すら辞めるのは怖くない?年に1~2回の連絡すらしてはいけないのかな。それを死ぬまで続けるのは確かに億劫だから、呪いを終わらせる方法があるなら終わらせたいよ、でも知らんぷりしろっていうのはなんか不安だよ。
ここで、弁護士事務所の会議室でさ、兄貴も私も妹も、櫻井も眉間に皺寄せて黙りこくっちゃったのよ。ちなみに母は連れて来なかった。久々に孫達と会えたから、弁護士事務所近くの公園で待たせてる。
櫻井がそっと立ち上がって、ホワイトボードに一気に家系図みたいなものを描いた。いわゆる「親等」ってやつの説明図みたいなの。
「いわゆるおじさん、おばさんに当たる人が亡くなっていて、従兄弟・従姉妹しか残っていない場合、それはあなた達に取って『4親等』にあたります。法律で言えばギリギリあなた方の親族には入りません。もしあなた方がひとりっこで結婚もしておらず子供もいなくて従兄弟しか血のつながった親戚がいない、というなら兎も角、今は一応他人、と思ってしまって構いません」
そこで櫻井はちょっと歯切れが悪くなる。親等。昔現代社会の授業かなんかで習った気がするし、父の死後処理に入ってからは何度も目にした単語。
櫻井にはカワフチさんの話も、私が和歌山に行った話もしてる。
正直呪いの話なんてあんまり他人にベラベラ話す事じゃないと思うんだけどさ、櫻井は「古い伝統ある家ですと、そういう面倒ごともよくあるので。事故物件絡みの仕事も幾つかやったことがありますし、信じますよ」と言ってくれてる。事務所には立派な神棚があるしね。
遺書の最後にはこう書いてあったんだよね。
「井戸は閉めていいと思う、その話合いが終わり次第、一生あの土地には近づくな」
根拠。根拠をくれよ、って思って、頭を抱えてしまった。根拠さえあるなら今すぐ私が和歌山に乗り込んでぶっ壊して来るんだけどさ。
その時にさ、母から連絡が来てさ。孫達がもう疲れちゃったから先に帰らせていいか、って。兄嫁さんにも妹旦那氏にもタクシー代握らせるからあんたらはそれぞれ自分の車で帰りなさい、って。それで私は「母さん、ちょっとこっち来てくれないかなあ」って返事しちゃったんだよね。
母さん、10分もせずに来たよ。
それで金の事は省略して、和歌山の事で頭抱えてる、って素直に言ったのよ。遺言書も見せたし、我々3人が思ってる事も全部言った。
厳密にはもう従兄弟たちは親族ではないが切り捨てたところで呪いが一切無効になるとは思わんし、井戸潰してもいいのか、って。
母はしばらく考え込んでから「お父さんの日記にさあ、井戸の話あったよ。啓二さんが大学で建築の勉強してたって話してなかったっけ?仕事は結局建築会社の下請けで図面引く仕事について、その会社がつぶれて関西に帰っちゃったんだけどね」って言い出した。
「井戸の話とおじさんの仕事の話がどうつながるの」
妹が疲れた顔でそう母に問うと、母は「お父さんは歴史学科だったって言ってなかったっけ?それで教科書とか参考書作ってる会社の最大手に就職したんだよ、凄くない?」とか素っ頓狂な事を言い出した。
「井戸の潰し方、家の畳み方、啓二さんとお父さんでずっと研究してたんじゃないの、あなたまだ日記全部読み切ってないでしょ」
母は呆れた顔で私を見た。
「読んでるけど、文字も見づらいし確かに最近ちょっと飽きて来たのは否定しない。まだ半分も到達してないのは認める」
その時の私、めっちゃ苦虫を噛み潰したような顔してたと思う。
「和歌山に啓二さんの残した資料とかあるんじゃないの、あなた見せて貰わなかったの?」
父さんの写真と小学校の文集しか回収してねえわ。ていうかりゅうにそれしか手渡されなかったんだよな。夜遅くてめんどくて蔵の2階までは上がらなかったしなあ。
それでもふと、寺で関係者総出で話し合った時の事を思い出した。
役所の人がりゅうに何回も「本当に蔵の整理しちゃったんですか?」って聞いてたんだよね。あの集落に関する古い資料とか貴重な骨董品とかをりゅうがなんも考えずに捨てちゃったのかな、ってその時は思ってたんだけど、もしかしたら啓二おじさんの遺品に興味があったのかな?って。それこそ井戸に関する資料とか。
りゅうは身内の前ではちょっと口が悪くなる事もあるけど基本糞真面目な教師でさ、正直勝手にガンガン古い物を捨てるとは思えないんだよね。流石に農具とか手に余るものは処分するなり寄贈するなりしてたっぽいけど、役所の人は「一度立ち会わせてくださいって言ってますよね?」ってちょっと泣きそうな顔をしてたんだよ。
意を決して「今この場でりゅうに電話していい?いいですよね?」って全員に許可を取って、りゅうに電話した。りゅうは文芸部の顧問だけど文化祭期間でもなければ土曜は早く帰れるって言ってたし、絶対出るだろ、って思って。
「おいりゅうたろう、おまえなんか私に隠してんだろ」
私の第一声にその場の全員が汚物を見るような顔になったけど、電話の向こうのりゅうは『………蔵の2階は見なくていいって言ったのお前だろ』って呆れた声を返して来た。スマホをスピーカーにしてテーブルの真ん中に置いた。
『ほんとお前らはずるいんだよ、遠く離れたところから口出ししやがって。こっちがどんだけしんどいか、お前らにはわかんないんだよ』
喧嘩するために電話したつもりはないんだけど、最初に喧嘩売ったの私だな。
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