蔵と仏壇

 蔵がある家ってすげえよなあ。

 建売住宅と新築マンションだらけの都市部じゃもう蔵なんて都市伝説みたいな存在だもんねえ。幾ら古民家カフェとかがレトロブームで持て囃されてるとは言え、蔵はほんと非日常になりつつあると思う。少なくとも都内近郊に住んでると、ね?

 子供の頃、この家には何度か帰省はしてたけどさ、家が薄気味悪いから兄と妹と大体家の外で遊んでたって話は前にもしたじゃん、勿論そういうわけなので庭にも井戸にも蔵にもろくに近付かなかった。なんなら時には母も一緒になって外の散歩してたし、父だけこの家に置いてレンタカーで買い物とか行った事もあるんだよな。


 多分父は家にひとりになった隙に井戸に日本酒流し込んで家の2階の髪の毛回収してたんだと思う。

 それだけならせいぜい5分から10分あれば済むもんね。父、「蔵も2階も物置状態で古くて変なものも沢山置いてある、危ないから子供は近付くなよ、掃除は来月の連休に啓二兄さんが来てやってくれるって言うから母さんも触らなくていい」って言ってた気がする。多分そうなんだと思う。多分。日記にはあんまりその辺詳しく書いてはいないんだよね。確認すると、帰省した時の日記は「無事終了」くらいしか記述が無い。そこに併記されてる怪文書っぽいのは「多分持って行った日本酒をひらがなで併記してるだけな気がする、全部じゃないけど」といちろーに言われた。言われてみればそう見える、ような気がする。おにころし!


 りゅうは「この家地味にお化け屋敷なんだよなあ」って蔵の鍵閉めながら言ってて、いちろーも無言で頷いてた。

 私も子供の頃はこの家あんまり好きじゃなかったよ、って言ったんだけど、りゅうは「今もなんだよ」って少しぶっきらぼうに言った。

 蔵の鍵はりゅうと奥さんにしかわからない場所に隠してるらしいんだけど、中の物がたまに位置が変わってたりするし蔵の2階からはたまに物音もする。田舎だからネズミとかハクビシン、タヌキとかが普通に潜り込んでるんだよ。

 それ幽霊の正体見たり枯れ尾花じゃん、って思った。

 でもりゅうは「ドアとか小窓の内側に人の手の跡がついてたりすんのは流石に気持ち悪いだろ」って。子供が勝手に中に入ると危ないから、夫婦だけで鍵の管理してる。しかもドアは兎も角蔵の窓ってめちゃめちゃ高いところに嵌ってるんだよ、誰もあんなん手が届かないだろ、って言われると返す言葉が無いわ。ごめんな。

 古い家で定期的にリフォームというか手入れはしてて、広いことは広い。

 でも家族5人で、夫婦と子供3人で暮らすにはちょっともて余す位に広い。掃除とかマジでめんどくせえ、2階とかほんとはいらねえのよ、って、りゅうは家の外から2階を見上げた。

 ほんとは4〜5人位の家族なら共働きでちょっと無理してでも都市部の広いマンション借りる方が気は楽だと思う、ってりゅうもいちろーも言ってた。こっから車で他所に通勤すんのもたまにダルい、って。

 子供は順番に巣立つだろうし、その都度の人数に合わせた家を転々としたい、身に余るひとつのでかい家に永遠に根を下ろさなきゃなんないのは結構しんどい、って。

 この家、大昔の大家族、祖父母・親・子供の三世代で住むのが当たり前、なんなら子供の数も多い、親戚も多い、その上使用人とか下働きも住み込んでて、っていう前提で作られた家だよ、土地は切り売りしたし近くにあった別宅なんかも取り壊した、蔵も実はもうひとつあったけどそれも壊した、それでも俺達だけじゃちょっと身に余る、ってりゅうは一気に言った。いちろーはずっとうんうん、ってりゅうに同意するように頷いてた。

 ほんとは皆、無意識下で井戸の呪いを終わらせたがってるんだろうな、って思った。

 ただ呪いは終わらせ方が簡単じゃない。相続と同じなんだな。負の遺産にも程がある。


 父の日記の怪文書、りゅうの手紙の怪文書、それらは全部「呪いを交わすための呪文みたいなもん」だって言ってた。

 のりと?祝詞じゃないんですかそれ?


「忌みは頭が良かったから、若い男女2人分の知能があるから、なんでも知りたがる、でも文章の合間に意味の通らない言葉を挟むと混乱する、だから記録の隙間におかしな文章を挟むようになった、って親父から聞いた」


 りゅうはそう言ったし、いちろーも「家の親父がまだ正気だった時にやっぱり同じようなことを言ってたよ」と教えてくれた。

「忌みは意味の分からない言葉を嫌う、理解出来なくて動けなくなる」

 そんなダジャレみたいなことある?!って思っちゃうけど、呪いの言葉って大体怖いけど凡人には理解出来ないし、お経も祝詞も漢字を見ればなんとなく理解は出来るけど声に出されるとなんか謎だったりするじゃん。

 言葉で撹乱する。

 なんかラップバトルみたいだな。昔からあるんだな。

 厄年の時に近所の神社で厄払い受けたけどさ、そう言えば神主が何言ってんだかよくわかんなかったんだよな。でもちゃんと意味はある。

 そういうのが我が血筋だけで独自解釈されて、呪いを封じ込める手段になってしまったんだろうか。だろうな。

「道歩いててさ、外国人にいきなり知らない言語で話し掛けられたら意味がわからなくてパニックで一時停止しちゃう事ってあるだろ。意志の疎通を阻む、それで忌みが身動きが出来なくなる、こちらの考えを、やり方を、人生を、出来るだけ相手に教えない、その分良い酒で清めてやるからそこから動くな、って事だと思う。かなり珍しいタイプの呪い封じだね」

 りゅうはそう言った。いちろーも頷いている。


「でもさあ、うちの父さんが頻繁に文字にしてたうえ口にもしてた『ひかりかみ』も無意味な言葉だったってこと?髪の毛が大量に湧いて来るのに?忌みを鎮める神様の名前でもないの?他の怪文書は兎も角としてもさあ」

 それを問うたらりゅうは口を噤んだ。

「非か理か身」

 ぼそっとそう口にしたのはいちろーだった。

 彼は落ちていた木の枝を拾って土の上に「非・理・身」の三文字を書いた。

「多分、死んだじいちゃんいるだろ、その父親か更に父親の辺り………ひいひいじいちゃん、もしかしたらその更にひとつ前かもしれない。多分忌みが生まれた頃の当主の残した言葉だな」

 いちろーは俯いたまま、懐中電灯で地面を照らした。

「非道を犯すか道理を通すか、身を捧げるか」

 りゅうがそう言った。

「道理を通せないなら悪いことすんな、悪いことしたらその責任は命で償え、って意味だってさ。俺は親父からそう聞いてる、お前らは本当に何も知らされてないんだな。おじさんはお前ら守るために盾になってたんだろうな」

 そう一気に呟いたいちろーは最後に「羨ましい」とだけ吐き捨てて先に家の中に戻ってしまった。懐中電灯を失い、視界がワントーン暗くなった。

「蔵の二階にさ、非・理・身、って達筆で書かれた書があるよ、立派な額縁に入った奴、多分この家には大事な言葉だったんだろうな」

 何それ見たかったな、って言ったら、りゅうは「見てどうすんだよ」と苦笑いを浮かべた。

「多分お前んとこのおじさんはこの言葉が好きだったんだと思う、平仮名で書けば一見『無意味な言葉』に見えるから多用してたんじゃないのか。忌みに対するめくらましは大体が無意味な言葉だよ、でもたまに意味のある言葉が混じる事はあるだろうな。喋ってるのは所詮人間だからな」

 りゅうはそう言った。

「………虫に刺されるから中に入ろう」


 意味と無意味の羅列。嫌だな。無意味ってあれじゃん、相手と意志の疎通をしないって事じゃん。言語学の崩壊じゃん。りゅうは国語教師としてそれを許せるの?

 忌みとは本当は意志の疎通をした方がいいんじゃないの?違うの?我々の家系が怖れ続けて来た忌みは本当に怖い奴らなの?ただ悪い事の責任を取って死んだだけなんじゃないの?


 ビール一本しか飲んでなかったんだけど、家の中に戻ったらなんか気持ち悪くなってきてちょっと吐いてしまった。

 りゅうの嫁さんの料理、美味しかったんだけど悪い事したな。

 酒のせいかはわかんないけど、風呂入った後からなんか耳鳴りもするし、しばらく居間の座布団枕にして横になってた。横になりながらりゅうといちろーと少しだけ話した。翌日の行程の確認もしたかったから。住職には朝九時に寺に来るように言われてて、りゅうの車にいちろー乗せて、私は友達の車でその後ろを着いて行く事になった。

 りゅうはぼそっと「お前が仲間連れて来ると思ってなかった、良い友達がいるんだな羨ましい」って呟いたのがすんげえしんどいなと思った。りゅうへの同情?とかじゃなくて、めんどくさいな、って思った。

「役所の人も来る、この界隈の土地の事とかに一番詳しい。役所の出張所にちっさい郷土資料館みたいなのが併設されてるんだけどさ、そこの人」

 それは初耳過ぎて「はあ?」って言ってしまった。これ以上登場人物が増えるなんて聞いてない。そしたらりゅうに「それはこっちのセリフだよ、カワフチさんの話とか俺はほとんど聞いた記憶が無い。うちの親父も東京にいた頃に友達がいたけどこっち戻って疎遠になってしまったって言ってたから」って言われた。りゅうの顔はちょっと悲しそうだった。

 カワフチさんの事を色々聞かれて、うちの父のバイトの話から東京駅のカフェで啓二おじさんがうちの秘密を話してしまった事までざっくりと答えた。

「なんでよそ者にそんな話したんだよ………」

 いちろーがちょっと嫌そうな顔をしていた。

 やっぱり皆、呪いを嫌ってるし、恥だと思ってる。


 終わらせちまおうぜ。

 そう思うんだけどなあ。

 伝統も感情も呪いも全て軽んじるつもりはないけど、でもいつまでも縛られて苦しむのはお前らなんだよ。解けるところは解いてしまえば良いんじゃないの?

 でもりゅうもいちろーも「今、年に1〜2回井戸に酒流し込んで、髪の毛回収して神社に渡しさえすればそれ程酷い事は起きないから続けるしかない」って言うんだよなあ。

 りゅうの住むこの家は心霊現象が起きてていちろーは病気で休職してんのに?いちろーの病気は医者にさえ掛かればそりゃ急激な悪化はないだろうけど、その原因を「血筋の呪いのせい」って思い続けるのってしんどくない?ていうか馬鹿馬鹿しくないかね。

 ウノやってた子供達と友達夫婦が子供達寝る時間だからって引き上げて来たんだけど、「カードが1枚足りねえ、なんでだ」って探し回っててちょっと嫌だった。

 これも心霊のせいなのかね。


 私と友達夫婦は仏間で寝ることになった。

 恋人でも旦那でもない男と同部屋で寝ることをぐだぐだいう人がいるかもしれんけど、友達の旦那氏は大丈夫なんだよ。なんも知らんで文句を言うなよ、これは先に言っとく。私は条件付きなら男女の友情は成立すると思ってるからな。むしろ私はこの世で兄貴と妹の旦那、及びこの友達旦那以外の男のことはそんな簡単に信用しねえからな。これは信頼と節度と各々の性格の問題だよ。

 いちろーは2階の空き部屋に通された。2階の物置にしてる例の髪の毛部屋以外は一応普通に使ってるんだってさ。りゅうが、持て余してるけど折角でかい家なんだし使えるところは使わなきゃ勿体ないだろ、まあそれでもバチバチに持て余してるけど、って吐き捨てるように言ったのはちょっとワロタ。


 なんか仏壇部屋、相変わらず気味悪いんだけど「むしろ1番安全、本当はここを子供部屋にしたいくらい安全、この部屋が1番心霊現象起きない」とりゅうといちろーに押されて結局布団敷いたよ。りゅうの子供達はド直球に「仏壇でかくて怖いからパス」って口を揃えて言ったそうなので、別の部屋をあてがってるんだって。玄関に近い部屋もまあまあ安全な方らしくてそこで寝起きさせてるって言うんだけど、子供の成長的にそろそろ一人部屋が必要になってくると思うんだよな、どうするんだろ。有り余ってる部屋を上手く使っていくしかないんじゃないのかね。

 でも仏壇怖いんだよな、何がどうとかじゃないんだけど田舎の仏壇でかいから圧迫感半端ねぇのよ。先祖が守ってくれてる概念、間違ってはいないんだろうけど子供にはなんか怖いよ、わかるよ。


 それで仏間に布団並べて寝たんだけど、安全とか言われた割に3人揃って変な夢見るし、3人揃って金縛りに合うし、真夜中に仏壇からガタガタ音が聞こえてくるし、長旅のせいで3人揃って足は吊るしクソだよクソ。ガチ事故物件じゃねえかよクソ。

 あと繰り返しになるけど本当に虫の声がうるさい。

 りゅうにもいちろーにも申し訳ないけど私はここには住めない。私はこの家の責任は一切放棄したい。それをはっきり言うためにもここに来た。

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