かわふちさん

 会って来た。

 駅で私と待ち合わせて、私が兄の家に連れて行った。

 改札出たとこで電話して合流出来た時のカワフチさんの印象は中村朱雀。こないだ母が見てた刑事ドラマに出てたので。丸顔でちょっと品の良いおじさんとおじいちゃんの狭間って感じの人。伯父さんの友達だったっていうからギリ60代かな。元気な人だよ肌ツヤが良い。

 カワフチさんは美味しいプリン持って来てくれた。ちょっと!良いデパートで!売ってる!おいしいやつだ!兄んとこの姪っ子ちゃんが喜んでたけど、兄嫁さんと姪っ子ちゃんは「色々お話があるって聞いてるから」ってプリン食べたらお出かけしちゃった。気を使わせちゃったな、でも流石女神さまやな、っておもいました。ほんとうはこんなんじゃなければ兄嫁さんとずっと映画の話で盛り上がりたいし姪っ子ちゃんとゲームしてたいわ。兄嫁さんは私の映画友達ですのよ。兄貴の顔は見飽きてる。なんせ昨日も会ってるからな。


 元々兄妹仲については友達とかに驚かれる位にはいい年こいて良好だったんですけど(たまに兄嫁さんとか妹の旦那氏には申し訳ないなと思ってしまう程度には)父が死んでから兄貴と妹に会う頻度、連絡する頻度が3割増になってるな。必要な事なので当たり前なんだが。しかし相続大変やなあ。

 よくどんな中の良い家族でも相続で揉めて険悪になるみたいな話は聞くじゃん。でも私も兄貴も妹も出来ればそれは避けたくて無意識にめちゃめちゃ頑張って踏ん張って堪えている感じはある。なんでだろ。

 私はなんとなく理由があるなら母の心労を減らしたいからというのが大きいかな。今、母に1番近いのが一緒に暮らしてる私で母と極力揉めたくない、仕事に波があって家事とウルトラの世話をかなり母に頼っているのでこれ以上の負担を掛けずに平穏に暮らしたい。だから兄貴と妹とも揉めを減らしたい、そんな感じかなあ。綺麗事なのはわかってるよ。母とも兄貴とも妹とも喧嘩する時はしちゃうし。でもわかってほしい。最終的にはウルトラの幸せのためです。はい。だからたまにここで愚痴るのは許して。

 こういう故人の後処理、正直専業主婦の存在ありきじゃないと結構めんどいなって思う時がたまにある。弁護士に会うのも銀行とか携帯電話会社とか保険会社への連絡とかマンション引き払う準備とか基本平日昼間がメインになるじゃん。父の死因、事故だから警察との対応もあったしさ。霊園の手続きもあった。今は何かとネットでの手続きとか当たり前、コロナで在宅ワークがある程度やりやすくなった事で時間の融通が利きやすくなってる時代とはいえ、それでもほんと簡単じゃない。でも前述の理由で母にはあんまり迷惑掛けたくないので兄妹で頑張ってる。まあ兄と妹が主に頑張ってて私はサポートという感じ?金と法律については主に2人に任せて私は人間関係の連絡係って言う風になってるな。

 今まで通勤に宛ててた時間を先月までは睡眠に使ってたけど今は毎日兄貴&妹からのラインチェックして、電話の履歴と留守電も常に気にしてて、手紙も書いて、ランチも優雅になんて出来なくて、母が朝に作っといてくれたおにぎり片手に常にどこかしらに電話したりメールしたりラインしてる気がする。たまにぶちぎれそうになる。

 私も兄貴も妹も会社が比較的ホワイトの部類で有給とか時間休とか半休みたいなことにそこそこ柔軟に対応してくれてる、ってのはかなり運が良い方なんだろうな。私も父の後始末対応のために今週平日一回休んで昨日、土曜出勤せざるをえなかったのよ。この1ヶ月位、休んでるようであんまり休んでる気がしないな。だから常に眠いのか?


 まあ愚痴はこれくらいにしてカワフチさんの話な。話が逸れまくった。全部愚痴よ、すまんな。上の方の文章は読み流していい。


 カワフチさんにお骨の前でお線香上げて貰った後、改めて話をした。日記も見せた。髪の毛は今日は流石に持ってきてないんだけど(正直持ち歩くのもキモいしこわい)謎の漢字が和紙に書かれてる話をしてスマホで撮った写真も見せたよ。


「あなたがたのお父上のお兄さんとはどの程度面識がありますか?2番目のお兄さんの方、啓二さんです」

 カワフチさんのその質問に、兄が答えた。

「それ程深い関係ではありませんが、ずっと年賀状でのやり取りをしていました。ただやはりこちらに住んでいるわけではなかったので会った事はそんなに無いんですよ。帰省の時も入れ違いになることが多くて、法事以外で会った事は余り無いんですよね。子供の頃に従兄弟連れて何度か家に遊びに来てくれた記憶はあるんですけど、大人になってからは全然。従兄弟達とも年賀状とお中元、お歳暮は送り合うけれどなかなか会えていません」

 啓二おじさんは大学卒業後しばらく東京で働いていたけれど、その新卒で入社した会社が数年で倒産してしまい、それを機に関西に戻ったという話は父からも母からも聞かされてた。

「私も啓二さんが関西に戻ってしまってからは少し疎遠になってしまってたんですけど、あなたがたのお父さんはずっとこちらにいたのでたまに飲みに行ったりしてたんですよ。私は今親戚の多い群馬に戻っているんですけど、私が定年退職する7〜8年前までは埼玉にいたので」

 カワフチさんが大学を卒業するに辺り洋食屋のアルバイトを辞める事になった、そして入れ違いで同じ大学に入学してくる予定だった父にそのアルバイトを紹介した。

 父が就職活動をしている時にもカワフチさんは同じ大学のOBとして相談に乗っていた。

 そして無事に父が就職してからは啓二おじさんとカワフチさんの3人で呑みに行く事もあった。

 父の日記のそれ位の時期の記述を確認すると、確かにカワフチさんと啓二おじさんの名前が何度か出て来ている。

 カワフチさんの昔話を父の日記で補完していく。この頃の話に関しては恐らくカワフチさんは嘘はついていないし大きな記憶違いもないようだ。記録、記録に勝る真実はないよ。記憶も大事だけど、記録も大事だな。わかる?

 そして啓二おじさんが関西に戻る事になった時。

 カワフチさんは啓二おじさんに呼び出された。久しぶりに父抜きで2人で話す事になった。場所は東京駅のヤエチカにある喫茶店。

「あいつをどうか頼む、出来れば必要以上に実家に近付けたくない。うちの実家は『良くない』んだ、離れていれば離れている程影響を受けなくて済む、出来れば関東の女で良い女が居れば紹介してやってくれ、それでさっさと結婚でもさせて、出来るだけ長くここに足止めさせて欲しい」

 啓二おじさんはそう言ってカワフチさんに頭を下げた。

「もう上の兄貴は駄目だ、戻れない」

 そう悔しそうに言ったそうだ。

 カワフチさんはその話を聞いて、最初は「今、ニュースとかでよく見掛けるいわゆる『毒親』家庭なのかな、と思った」んだそうだ。

 比較的穏健な家庭で育ったカワフチさんには想像もつかないような大きな家族のトラブルがあって、この兄弟は大学進学を口実に東京に逃げて来たのだろうか、と思った、と。時代背景的に、女なら兎も角男なら、進学を理由に東京に行きたい、と言えば許される事もあるだろう。しかしそうやって上京しても卒業を機に連れ戻される場合も珍しくはない。大学の4年間だけがつかの間の人生の自由。そんな人間も「いる」だろう。それなら啓二おじさんは、啓二くんは、関西に戻ってしまって平気なのだろうか、と思い、君もこのままこちらで転職活動をすればいいのではないか、とカワフチさんは説得しようとした。

「俺は兄貴を『監視』しないといけなくなった、親父にそう言われた。親父の言う事は絶対なんだ、戻らないといけない」

 カワフチさんは本当にその意味が余りに曖昧模糊としていて意味がわからず、全て正直に話して欲しい、と啓二おじさんに懇願した。カワフチさんの熱心な説得に啓二おじさんが折れ「信じてくれるかはわからないが」とぽつぽつと「実家の事情」を話し始めた。

「この後の話は本当に荒唐無稽というか、にわかには信じがたい話なんですよ、でもあなた方が知らないのなら是非聞いて欲しい」


 ごめん、長くなりそうだからここで一旦切る。今日も風呂に入りたいんだ、ちょっと待ってて。いいとこで切って悪いね。

 でもこの後の話、ほんとめちゃめちゃ過ぎて私もどうしていいかわかんないんだよ。メモは取ったけど、頭ん中整理するのに時間が掛かる。

 ごめん、待って。眠気との戦いでもある。ごめん。


 なんで父の実家の事情を私達は必要以上に知らされてなかったのか、父がぎりぎりのラインで何年も何十年もせき止めてくれていたのか、何も言わなかったのか、理由がわかった。でも本当にしんどかったんだろうな、だから離婚で完全に縁を切ろうとした。そして守ろうとしたんだ、ということがわかった。

 家族にも言えない、あの実家のやばさ。

 さいあくだよ。

 

 

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