チートスキルなしでも大丈夫!? 冴えないおっさんの異世界少女転生記
かみひとえ
第1章:おっさん、異世界転生
第1話:チュートリアルとかそういう優しさはない
なあ、異世界行ってやりたいことって本当にそれか?
せっかく異世界で人生やり直しできるチャンスを与えてもらったってのに、それなのにやることがそれって悲しくないか?
どうして、生前やりたくなかった同じようなことして、他人を見下して、わざわざイヤなヤツに嫌がらせされて、現代の知識でせっかくのやり直しを焼き直しして、それでいいのか?
「……などと未練がましく供述してみたけど、オレのしょーもない現代スキルじゃ全く異世界チート無双できないし、モテもしない」
巷で話題の異世界転生をはたしたものの、チュートリアル無しでいきなりたった一人で森の中に放り出されたオレは一体どうしたらいいんだ?
オレを容赦なく取り囲むこの森は、巨大な木々が茂り、樹木の間を進むのが難しいほどの自然本来の全く手入れされていない完全な密林だった。あまりにも高い巨木に遮られた地上じゃ太陽の光が薄く、森の中は半ば暗闇に包まれている。地面は根っこや落ち葉で覆われ、ふかふかの足元は不安定で、時折根っこにつまずいたり、枯れた木の枝に引っかかったりする。それでも、裸足の足に大きなケガがないのは、この少女が森を歩き慣れている証拠かもしれない。
姿はまるで見えないけど、森の中には生命が息づき、鳥のさえずりや風のざわめきが聞こえる。樹木の間から漏れる光が、地面に幻想的な光の模様を描き、微かな光景が見え隠れする。森の中を覆う静寂は、そんな鳥の鳴き声や小さな森の住人たちの駆ける音で時折破られるだけで、再び深い静寂が戻る。
この森の静けさは悪くない。マイナスイオン的なモノがきっとどばどば出ているに違いない。そう、たまにふらっと都会から離れてガイドに連れられて遊びに来る分には、だ。無防備でぼろぼろの薄汚れた、右も左も何もわからない異世界転生者がたった一人でいるような場所では決してない。
好きにしろっていきなり放り出されるゲームもそれはそれで戸惑っちゃうんだぞ。シームレスなのはいいけど目的ぐらいは教えといてくれよ。魔王を倒しに行くとか、オレのことを大好きな妹と魔法学校に入学するとか、そういう明確な目的をさあ。
しかし、こうなってくると、地道にレベル上げをしつつ、この森を抜けて、村、あわよくば大きめの街でこの世界のことやオレ自身のことを調べる、という凄まじく地味な目的になってしまうが、まあ、これはこれで悪くないかもしれない。ふむふむ、そう考えるとなんだか結構ローグライクなRPGっぽいはじまりじゃないか。自由度の高さが半端ない。
この転生した身体と魂になんとなく刻まれているような気がする、レベル、という謎の概念。RPGゲームでは強さを示す数値だけど、この世界ではどうなのかはまだわからない。が、上げておいて損はないものだとは思う。
しかし、レベルがどうやって上がるのかはわかっていない。それこそRPGみたいに魔物を倒せばいいのか、何かを学んでいけばいいのか、肉体を強化していけばいいのか、それとも、上位の存在、カミサマとかそういうのに上げてもらえればいいのだろうか。それも調べてみる必要があるか。
ここはゲームの世界とは違う……と思う。いや、オレはゲームは確かに好きだが、最近は仕事が忙しくてめっきりやっていなかった。縁遠くなってしまったゲームの世界に今さら転生するというのもなんか違う気がするし。きっとカミサマの気まぐれパスタ的な何かだろう。
だから、オレの今までの常識は通用しない。
ここはオレの知らない世界だ。
言葉も文化もまるっきり違う海外だと思っていた方がいい。出会い頭にいきなり殴りかかられる、それぐらいの警戒度が大事だろう。まったく、クレイジーなジャーニーだぜ。
転生といっても、別にトラックに轢かれて死んだわけでもない。
仕事終わり、運よく座れた終電の座席でうとうとしていて、気付いたらここにいた。そういう意味では、転生というよりは転移の方が正しいのだろうか。本当に何の脈絡もなく突然転生したのだ、訳がわからない。あ、もしかしてドッキリ? 的な? いや、しかし……
これはどう見てもオレの身体ではない。鏡は見ていないがそう確信できる。だから、これは紛れもなくドッキリでもなんでもなく異世界への転生なのだ。
着ていたはずのヨレヨレのスーツではなく、それよりもさらにひどいボロボロの布切れだけを身に着けただけのオレの身体を改めて調べてみる。実に平凡な中肉中背の……いや、まあ、中肉中背というには、少しおなかの出始めていたはずのおっさんだったオレの身体が、なぜか小さくなっている。少年か? おなかが凹んでいるのは実に喜ばしいことだが、こんなにひょろっこい華奢な腕じゃ魔物を倒すとかそれ以前の問題だぞ。なんでムキムキになってないんだ。
髪型の選択肢が次第に狭まりつつあった白髪混じりの髪の毛は、頬に掛かる鬱陶しいそれが長い赤髪になっていると気付く。この少年は髪の毛を切らない、あるいは切れない、そういう環境にいたのか。
そして、ふと違和感に気付く、主に下腹部のさらに下の方の違和感に。反射的に右手を股の間に持っていくが。
「……あれ、待って。ウソ、これ、オレのオレが……無い?」
え、待って、これからどうやって生きて行けと? 多様性の重要性は確かにわかるが、純度100%の男として育ってきたオレが当事者になると思ったことはない。そういえば、声が高かったのは声変わり前の少年だからだと思っていたが、まさに少女の声だったのか。
今度はおそるおそる両手を胸に当ててみると、ほんの少しだが胸のふくらみがあるような気がしないでもない。巨乳ではないのか、と少し落胆しながら、ふにふにと、触れ慣れないこの柔らかな両手の平の中の感触を無意識に確かめていたが、――おっと、これ以上はいけない。
「マジか……」
しまった、オレは女の子に転生したのか!? この少年にも少女にも見える発展途上な感じだとおそらく年齢は12歳から15歳くらいか。ずいぶんと若返っちまって。いや、異世界でここまで成長してからオレの前世の意識が蘇ってきた、という可能性の方が高いか。それなら、オレはこんなところで何も持たずに何をしていたんだ? 記憶がない、あるいは、オレが目覚めたせいで上書きされたのか。……ダメか、何も思い出せない。
雑魚な魔物になっていないだけマシだが、いや、そういえば、雑魚みたいな魔物が無双するって話もあったような気がするな。だが、それはカミサマとかそんな感じのヤツにバカげた超絶スキルをもらったからこそ成せることで、オレみたいな懇切丁寧なチュートリアルもスキルも、突然現れる謎の色々教えてくれる美少女も出てこないヤツには到底無理な話だ。ねえ、ガチでそろそろ誰か何かを教えてくれ。
ちょっと頭の弱そうな女神にも会っていなければ、この世界で無双できるようなスキルもなさそうだ。というか、スキルとか異能みたいな概念があるのかもわからない。誰も何も説明してくれないんだもん。
だからといって、現在知識をひけらかして異世界で無双する! ということもどうやらできないだろう。
オレの渾身の現代知識はちょっとした雑学程度だし、医学的知識もないし、機械も得意じゃないし、経済的なことも知らんし、特段軍事オタクでもない。武術どころか喧嘩すらしてこなかったし、筋トレも大体は三日坊主で終わるから身体能力は自称中の上だ。森でのサバイバルもはたしてアニメの知識だけで可能なのかは怪しいところだ。道具もテントもなけりゃ、火も起こせるかどうか、つまり、野宿も心許ない。いや、こうして改めて思い返すと、オレの人生ってずいぶんと薄っぺらいな!
せめてワンチャン、異世界の人たちが四足歩行してるとか、数字が数えられないとか、マヨネーズ知らないとかじゃないと、このオレのうっすい知識でざまあは叶わないだろう。というか、そういう知能指数が最低レベルの異世界だったら山にこもって、史上初の異世界原始人として過ごしていた方がよっぽど気が楽だろうな。
「クソ、せめて、異世界でもスマートフォンが使える設定だったらなあ」
この弱肉強食っぽい環境に生身で放り出された今、知識こそ重要になるに違いない。完全他力本願の塊であるW○k○を頼ることができるのは強みであるはずなのに。どうしてああなった、あ、いや、違った、どうしてこうなった。
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