聖女の力

ep1.鬼の女将の大立ち回り

■後神暦 2649年 / 秋の月 / 空の日 pm 03:00


――貿易都市ツーク近郊の街道


「もっとゆっくりしなくて良かったのか?」


「良いんじゃ、宿のこともあるしな」


 ツークから出て街道を歩きながらの何気ない話。

 オレたちは元々の目的だった『刀』を新調し、その日のうちにツークを発った。



「でもさ、この刀って凄い良いモノなんだよな? オレが持っていいの?」


「うむ、それはその昔、『オルコの夜叉姫やしゃひめ』と謳われた御仁ごじんが晩年に振るった刀の影打かげうちじゃな。オルヴィムめ、とんでもないものを隠しておったのぅ」


「影打って?」


「神に捧げる刀は同じものを何本か打つんじゃよ。

その中で一番出来の良いモノを真打、それ以外を影打と呼ぶ。

夜叉姫殿は人じゃが、それほどの想いで贈られたんじゃろうな。

姐様もお詫びと言っておったし……」


「へぇ、でもなんで姐様の話が出てくんの?」


「夜叉姫殿の刀を叩き折ったのが姐様だからじゃ」


「嘘だろ……? いつの時代の話……?」


 どこまでが本当で、どこからが冗談なんだ……

 でもまぁ、レンが『姐様』の話をするときは嬉しそうだから良いか。


 すっかりと見慣れた狐の尻尾がゆらゆらと揺れている。上機嫌な証拠だ。



「カカカ! とにかくだ、名刀には違いないんじゃ。

刀に見合う男になれるよう精進するん――……!!!?」


「え? おわっ!?」


 突然レンに突き飛ばされ草むらを転げる。


「おいレン! どうし――」


 ――!?


 体を起こしてレンを見ると肩を押さえている。

 矢だ、きっとオレを庇ってくれたんだ。

 対峙しているのは、さっきまでオレたちの後ろにいた三人の男。


 フードを被ってるけど、一人は魔人族、残りは狼人族……か?


「レン! 大丈夫か!?」


「あぁ。それよりも……

お前たち、背後にいたときは殺気を感じなかったぞ……何者じゃ?」


 矢を引き抜いてレンが凄む。


「言う必要はない」


「はんっ! 大方おおかた、アレクを狙った後ろ暗い者どもじゃろ!?」


 言うが早いか、レンは足場を創る魔法、『天駆』で跳ね上がった。

 更に空中で地面に向けて跳び、勢いをつけてかかとを振り下ろす。


 ぐしゃりと鈍い音と共にオレたちを襲った野盗(?)の頭が潰れる。

 比喩ではない、本当に弾けた柘榴ざくろみたいなんだ。


 すげぇ……牙獣がじゅうのとき以上だ……

 素手で人を殺せる力……これがレンの本気なのか……



 あっという間の出来事に唖然としたが、まだまだレンは止まらない。

 流れるように隣の男へ向かって跳び、すれ違い様に首裏を蹴りつける。

 今度は骨が折れたのだろう、首が変な角度で反っている……


 そして裾の埃を払い、最後の一人をひと睨み。


「ヒィィ、来るな!! バケモノ!!」


「襲いかかって来ておいて、その言い草はなん…――ッ」


 一歩踏み出すレンが突然に膝から崩れた。

 それを見て、心底怯えていた魔人族の男は一転、今度は気味悪く嗤う。



「はは…………くはは……ようやく効いてきたか? 

普通なら動くことも出来ずに死ぬ毒なのにな、大したものだ」


 急な出来事で何が起こったか分からなかった。

 それでも弓を引いた男が、距離を詰めずにレンにトドメを差そうとしているのは分かる。


 そんなこと、させるワケにいかない!!

 気づけば自然とさやを男へ投げつけ、奴に向かって全速力で走っていた。


 目の前で人が死ぬところを見るなんて初めてだ。

 ましてや、殺し合いなんてしたことない。

 でも、不思議と今は恐怖を感じなかった。


 情けない、いつもオレはレンに守られてばかり。

 でも今は、今だけはオレが守るんだ……!!


 刀を構えて走るなか、レンの言葉が頭を過る。



 ――いいか? 二の太刀がないお前さんは仕留めそこなえば終わりじゃ。


 わかってる。


 ――だから恐れるな、間合いまで一気に駆けろ。


 あぁ、任せてくれ。


 ――そして、相手より疾く振り下ろす。必要なのはその一念のみ。


 疾く、疾く、疾く……!!


「あぁぁぁぁああぁぁあぁっ!!!!」


 オレの刀は男が弓を捨て、剣を構える前に届いた。

 ――……が、片腕を斬り落とすに留まった。


 くそっ……足りなかった……


 血しぶきが舞うなか、苦悶と怒りを湛えた男が剣を抜くのが見えた。


 反撃を覚悟して反射的に目を瞑る。

 しかし、聴こえてきたのは剣が風を切る音ではなく……――


「――……うむ、よくやった……」


 守りたかったレンの声。


 目を開けたオレが見たのは、レンの拳が男の顔にめり込む光景だった。

 きっと天駆で体ごと飛びこんできたんだ、恐らく男は生きてはいない。



「はは……結局守られちゃったな……」


「カカカ、ワエは守ってもらったと……思って……おるよ…………」


「レンっ!?」


 立ち上がってすぐに糸が切れた人形のようにレンが倒れる。

 毒が効かなかったワケじゃない、最後の力を振り絞ったんだ。

 姿


 バカ野郎!! バカ野郎!! オレは何をしている!? 

 少し考えれば分かったことだろうが!! それなのに安心しやがって!!


 くそっ! 後悔は後だ! とにかく走れ、街に戻るんだ!

 医者、薬師、何でも良い、解毒できる奴を一刻も早く探せ!!


 レンを背負って走った、息が切れようがお構いなしに。

 必死に脚を動かして、無我夢中で来た道を引き返したんだ。



 ――疾く、疾く、疾く……!!



 街道の先を見据えるオレに「急いで!」と、誰かの焦った声が聞こえた気がした。

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