ep5.鬼と末裔とたわわと犬と

■後神暦 2649年 / 秋の月 / 天の日 pm 09:50


――貿易都市ツーク 繁華街


 アリアの手を掴んだ男に次々と矢が飛んでくる。

 反対側の肩、腕、脚、あっという間に三か所を射貫いた。


 脚に矢を受けて、尻もちをついた男の股すれすれに矢が地面に刺さる。

 これには堪らず男は悲鳴を上げた。


 うん、あれは怖い。もう少しズレていたら……なんて想像したくもない。


 どこからともなく飛んでくる矢。射貫かれた男の叫び。

 パニックになった野次馬たちもクモの子を散らしたように逃げ出す。



「言ったじゃろ? オルヴィムが居れば万が一もあり得んと」


 ひらりひらりと人の波を避けながら近寄ってきたレンが言う。


「矢を射ったのってオルヴィムさん……?」


「うむ、”的に当てる”ことに関してあ奴に比肩しうる者はいない」


「レンでも?」


「足元にも及ばんな」


 すごいじゃん、バケモノじゃん。

 って、それどこじゃない、騒ぎを起こしたんだ、さっさと逃げた方がいい。


「アリア、ここから離れよう!」


「うん! あの女もどっかいったし! あ~スッキリした!」


 オレたちは歓楽街を駆け抜けた。

 相変わらずオルヴィムさんは姿を消したままだったけれど、アリアとレンには気配でついて来ていると判るらしい。


 オレだけ判らないってなんか悲しいな……



――同日 アリアの家


「オル兄ちゃん、女を見る目なさ過ぎ~、おばーちゃんに言っちゃお~」


「止めてよ……ボクだって傷ついてるんだからね?」


 拗ねるオルヴィムさんが片方の頬を膨らませ、アリアがそれを突いてからかう。

 本当の兄妹のような二人を、オレとレンは少し離れたところに座って眺めていた。



「仲良いな、歓楽街でもオルヴィムさんの為にすっごいキレてたしさ」


「んあ? いやいや、アリアはオルヴィムを好いておる。

あれくらいは普通じゃろ」


「え? そうなの……? 全然わかんなかった……」


「お前さん、鈍いとか言われてこなかったか……?」


「フッ……言われる相手もいなかったぜ……」


 本当のことだけど、言ってて悲しくなってきた。


 でもそうかぁ、アリアがオルヴィムさんをねぇ……

 人の恋を遠くから眺めるのはなんか良いな、と思うオレは性格が曲がっているだろうか。



「あれ? でもさ、レンは知ってたなら修羅場になる前にオルヴィムさんを説得すれば良かったんじゃないか?」


「お前さん、莫迦か? どう説くんじゃ、『アリアがオルヴィムお前さんを好いとるから、あの女は止めとけ』なんて言えるワケないじゃろ」


「はい、ご尤もです……」


「うむ、分かれば良い、カカカ。

それにな、ワエはそこまで心配はしておらんかったよ」


 酒に口をつけてレンは柔らかに笑う。


「もちろん、オルヴィムが傷つかなくて済むならその方が良い。

しかしな、例えあの女に騙され傷ついたとしても、取り返しがつかないモノでなければ、それはいずれあ奴の糧に成る」


「そうなの?」


「そうじゃ。そしてもしオルヴィムが傷ついたら、アリアはきっと寄り添って奴を癒すじゃろうな」


 じゃれ合う二人を眺めるレンの表情は変わらず柔らかだけど、どこか寂しそうだ。



「レン、どうかしたのか?」


「ん? いいや、どうもせんよ。ただ、『美しい』なと思ったんじゃ。

アリアを見てみろ、日の光のような笑顔は目を奪う、なんだか妬けてしまうな」


「へぇ、レンもそんな風に思う時があるんだ。

でもさ、レンだって陶器に向き合ってるときなんか目を離せないくらい綺麗だよ」


「なっ……!? う、うむ、そう、職人とは、そういう、もんじゃ」


 なんで言葉が途切れ途切れなんだ……?


 レンは酒を一気に飲み干し、そっぽを向いてしまった。

 ここ数日で見慣れてきた狐耳をぴょこぴょこ動かし、呑むペースを上げていく。



「ちょ……大丈夫か? いくらなんでも呑み過ぎじゃないか?」


「いいんじゃ、気にするな。ワエは大丈夫、大丈夫なんじゃ」


 何か悪いことを言ってしまっただろうか……

 陶芸に関することを軽々に口にするべきではなかったのかもしれない。

 別の事を褒めよう、今からでも修正は間に合うはずだ。そう思い話題を少し戻す。



「それにしても、『傷がいずれ糧に成る』って経験豊富な大人って感じだよな! 

レンも昔そんなことがあったのか?」


 ぴたりと酒を煽るレンの手が止まった。


「…………で……んじゃ……」


 ぼそりと呟き、レンはこちらを向いてくれたが、今度はうつむいてる。

 また……やっちまった……のか……?



「ご、ごめん、聞き取れなかった」


「恋物語で読んだんじゃ……」


 暖かいはずの部屋が急に寒くなった気がした。



「……うん、良いよな、恋物語」


 そう言うのが精一杯だった。



 天井を見つめるオレは「もっとフォローしてっ!」と、誰かに叱られた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る