ep3.末裔、危機一髪
■後神暦 2649年 / 夏の月 / 地の日 pm 08:00
――『ワスレナグサ』 客間
一人用の机を挟んでカーマイン会長と向かい合う。
本当に人生とは奇妙なものだ。
聖女の家系に産まれ、冤罪で国から逃れ、普通に暮らしていれば一生会うことのない大商会の会長と
まぁこれからするのは、全然楽しい話じゃないだろうけど……
横領に逃亡も追加なら、いつ戻ってこれるか分からない。
もしかしたらもう一生……
でも……楽しかったなぁ……もっとここで暮らしたかったなぁ……
「本題を話す前に幾つか質問させてください」
「はい、なんでしょうカーマイン会長」
この質問に拒否なんてできない。
精一杯の抵抗のつもりで、カーマインの名前を出した。
『オレだってアンタを知ってるんだぞ』と、そんな小さな抵抗。
「フフ、やっぱり知っていましたか。
でもシノで良いですよ、仰々しい敬称もいりません。
”さん”付けとかで気軽に呼んでください」
「…………」
こちらの嫌味もサラッと躱されたようで悔しさがこみ上げる。
「では教えてください。どうして名前を偽ったんですか?」
「貴方がオレのことを知ってると思ったからです。
街ではオレの手配書が回ってるんじゃないですか?」
「捕まりたくなかったんですね」
「もちろんです。捕まればここでの生活が終わってしまいます。
オレは無実ですし、この宿でレンとの暮らしを続けたかった。
でも、もしも国の誰かがこの宿までオレを捕まえに来たら、抵抗するつもりはありませんでした。レンに迷惑はかけたくない、本当です」
少しだけシノさんの表情が緩んだ気がした。
まぁどの道もう詰んでるんだ、この際、思ったことを話そう。
「オレは聖女の子孫です。
血に囚われて、これまでまともな人間関係は築けませんでした。
でも違ったんです、レンが教えてくれた、聖女の血ではなくオレを見てくれる人もいるんだって。だから、そんな人と離れたくなかったんです」
「なるほど。では次の質問です、レンは怖いですか?」
まただ……アリアといい、シノさんといい、なんでそんなことを聞くんだ?
誰に何度聞かれても答えが変わることなんてないぞ。
「怖くありません、まったく」
「微塵も?」
「微塵もです」
「…………フフ……アハハ、そうですか!」
調子が狂ったように笑うシノさんだったけれど、その顔は本当に嬉しそうだ。
もしもこれが嘘なら、オレはこの世の全てを信じられなくなると思う。
「あぁ~ごめんなさい。
そうですかそうですか、それほどレンを想ってくれてるんですね」
「はい、レンはオレにとって大切な友人です」
「……ん? 友人?」
「はい、かけがえのない友人です」
何かマズいことを言ってしまったのか……?
シノさんの顔が右半分が笑顔で、左半分が困惑顔になってる……
と言うか、よくそんな器用な表情ができるな。
「んんっ! ま、まぁ、きっとピュアなんでしょうね。
分かりました、では本題です。
結論から言いますが、アレクくんの冤罪は晴れてますよ」
「はぇ?」
だってそうだろう? 証拠が捏造されて牢にぶち込まれたんだぞ?
しかもそこから逃げ出したのに、どうやったら無実が証明されるんだ?
「詳しく教えてあげられませんが、『猫の目』は暗闇でも良く視えるものなんですよ」
「全然わからないんですけど……」
「言えれば良いんですけどね、ごめんなさい。
でも冤罪だったと認められたのはカーマインの名に誓って真実です、手配書も回っていません。実は今回はレンにと言うよりはキミに会いに来たんですよ、アレクくん」
「……そうでしたか、ちょっと安心しました。
オレが逃げたことで、父はいいとして、母に迷惑がかからないか心配してたんです」
母さんはただでさえオレを産んで肩身が狭そうだったからな。
犯罪者の親のレッテルを貼られなく良かった。
シノさんは穏やかに続ける。
「それで、どうしますか? 街に戻ることもできますが」
「戻りませんよ、オレはここに居たいんですから」
そんなこと聞かなくても分かってるはずだ。
きっとこれは、形式的に聞かれただけ。
オレだって自分の言葉を反すつもりはない。
「ええ、ええ、それで良いです。さて……」
シノさんは視線をオレから外し、ちらりとオレの肩越しの何かを見た。
ただ、ほんの一瞬確認しただけで、視線はすぐに戻り話は続く。
「少し……レンの話をしましょうか。
本当はあの子から話すべきなんでしょうけど、きっと難しいでしょうし」
「レンの話……ですか」
「そう、あの子の実家のこと……もしかしたら家名すら言ってないじゃないですか?」
「え? レンってカーマインの一族じゃないんですか……?」
だってシノさんのことをおじ様って……
理解が追いつかないオレに「まぁ話を聞こうよ」と、誰かが言った気がした。
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